第2話 屑石《チャクル》

 チャクルの番が来るのは、いつも一番最後だ。それも、ほかの子たちのように褒めていただけることはなく、カランクラル様はチャクルを見下ろして首を傾げられるのだ。


「お前はやはり、成長が遅い。私の魔力ギュチを拒むかのようだ」

「も、申し訳ございません……」


 カランクラル様は、責めている訳ではない。純粋に不思議に思われているだけのようで──だからこそ、より辛くて悲しい。肩を流れる御髪おぐしの艶やかさに、ただ見蕩れることができたら良かったのに。


 ほかの玉胎晶精ターシュ・ラヒムたちの嘲笑も、ちくちくとチャクルに突き刺さる。


「チャクルに御方様の御力は、もったいないです!」

屑石チャクルに務まるのは、庭に敷く砂利くらいでは?」


 みんな、あわよくばチャクルの分の魔力ギュチたまわりたいのだ。その分より美しく大きく石を育てて、カランクラル様のとして捧げたいのだ。

 それは、青玉イルディスの深い青でも紅玉クルムズの燃える赤でも、何なら左右で色を違えても、闇の御方の美貌を惹き立てるだろう。御目を損なわれた主のご尊顔を復活させるのが自分の石であったなら、おかしくなるほどの歓喜に満たされるだろう。競争相手を蹴落したいのは、当たり前だ。


(でも、みんな寄ってたかって……)


 屑石の身で口答えなんてできなかった。できるのは、縋るような目でカランクラル様を見上げることだけだ。闇の御方が、たかだか小魔ペリの小娘を慮る必要はまったくないのだけれど──


「かつて、お前のように成長が遅い子がいたが、見事な石を育てたものだった。何が起きるか、分からないものだから──」


 カランクラル様の端正な口元が苦笑に綻んだ、かと思うと、その指先がチャクルの額に触れて、魔力ギュチが注がれる。ほかの綺麗な子のように抱き締めたり口づけたりはしてもらえなくても、身に余る光栄だった。


(私の水晶が、綺麗に育ってくれますように。我が君様の御力を秘めた、守り石になってくれますように……!)


 美しい御方の魔力ギュチが体内を巡ると、芳醇な美酒に酔うような感覚がある。さほど美しくも貴重でもない屑石には過ぎた恩寵なのに、チャクルの石の成長が遅いのは本当に不思議で、申し訳ないことだった。

 胸もとを押さえて俯くチャクルには構わず、カランクラル様は玉胎晶精ターシュ・ラヒムたちを見渡した。


「皆の健やかな健康を願っている。また、宮殿の外には出ぬように。──災厄フェラケトは、いつまた襲って来るから分からないのだから」


 災厄フェラケト──カランクラル様の御目を損なった、悪しき魔神シェイタンのことだ。確かに、闇の御方が新たなを育てようとしていると知られたら、邪魔しに来るかもしれない。


(我が君様に石を捧げられずに砕かれるなんて……!)


 無為に命を散らせることは、抱く石の貴賤に関わらず、玉胎晶精ターシュ・ラヒムがもっとも恐れること。だからチャクルもほかの子たちも、カランクラル様の御言葉に心から頷いた。


      * * *


 災厄フェラケトを招かぬよう、主の言いつけに背かぬよう、チャクルは闇の御方の宮殿を出ることはない。けれど、ほかの子たちと一緒に過ごすということでも、ない。絢爛な貴石を抱えた子たちは、屑石には優しくないのだ。


(お庭にも綺麗なものがいっぱいあるから良いもん……!)


 美しいものを見て育った玉胎晶精ターシュ・ラヒムは美しい石を育てる、という。


 迷信かもしれないけど、できることがあるならやっておきたいのが小魔ペリの心というものだ。だからほかの子たちは、宮殿内に数多ある宝飾品を眺めては、我も続け、と思うのだ。

 ううん、続いてはいけないかもしれない。調度やら彫刻やら、宮殿を彩る宝石の多くは、カランクラル様のになれなかった玉胎晶精ターシュ・ラヒムの石だから。あの御方ほどの魔神シェイタンに相応しい石を生もうと思ったら、か弱い小魔ペリにとっては生涯に一度の大仕事になるのだ。

 だからより正確には、宮殿を彩る宝石よりもずっともっと美しく、と念じているのだろう、みんな。


(宝石も綺麗だけど……太陽の光、花弁、噴水の飛沫──どれも素敵じゃない?)


 混ぜてもらえない屑石チャクルの、負け惜しみなのかもしれないけれど。胸に嵌って心臓と一体化した水晶の欠片を撫でながら、チャクルは思う。一秒ごとに色も形も変える自然のものたちは、宝石が放つ光に劣らず美しい。


(私が見たものが私の石に宿って、我が君様に使っていただけたら……!)


 カランクラル様のは高望みだとしても、衣装の裾やくつの爪先の飾りで良い。何なら誰かに揶揄されたように、庭の砂利石として踏まれるだけでも。チャクルが綺麗だと思ったもので、あの御方の神々しさを、ほんの少しだけでも増すことができたなら。それだけで、彼女は幸せだろうに。


      * * *


 チャクルの日々は、概ねそんな風だった。カランクラル様に見蕩れ、ほかの子の囁きに傷ついては花や風や水に癒されて──平和で、変わり映えのしない。


 けれど、災厄フェラケトは不意に訪れるものなのだ。彼女はある日、そう突きつけられることになる。

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