屑石の乙女は金剛石を抱く

悠井すみれ

第1話 玉胎晶精《ターシュ・ラヒム》

 玉胎晶精ターシュ・ラヒムは、地上に数多いる魔性イブリスの種族の中でももっともか弱い小魔ペリのひとつ。いっぽうで、もっとも美しい種のひとつでもある。


 玉胎晶精ターシュ・ラヒムは、その名の通りに体内で宝石を育むことができる。真珠貝が真珠を宿すのにも似ているけれど、玉胎晶精ターシュ・ラヒムが宿す宝石は小指の先ほどの小さなものとは限らない。

 魔力ギュチを注げば注ぐだけ、玉胎晶精ターシュ・ラヒムが宿す宝石は育つのだ。玉胎晶精ターシュ・ラヒムの数を揃えた上で適切な管理を行えば、煉瓦レンガのように同じ大きさの宝石塊を量産することもできる。人も魔神シェイタンも、そうやって絢爛な宮殿や神殿を造っては己の権勢を誇示するものだ。

 とある国の玉座の間は、見上げるほどの紅玉の列柱で支えられているとか。それぞれが繋ぎ目のない一塊の巨大な紅玉から掘り出された列柱は、もちろん、同じ数の玉胎晶精ターシュ・ラヒムが生み出した。自身の何倍も何十倍もの質量を抱えた彼ら彼女は、最後には身動き取れなくなっていただろう。石材ならぬする時には、命を摘まれただろう。けれど、誰も恐れたり嘆いたりはしなかったはずだ。


 玉胎晶精ターシュ・ラヒムにとっては、より美しくより大きな宝石を生み出すことが何よりの喜びであり誇りなのだから。

 ほとんどの玉胎晶精ターシュ・ラヒムは人の王侯や力ある魔神シェイタンに庇護されて生きる。主の望む色や形や大きさの宝石を育んで、尊ばれるのを喜びとする。狩られ食われて終わることが多い小魔ペリの中では、幸福な種族と言えるだろう。


      * * *


 玉胎晶精ターシュ・ラヒムの中でも、自分はもっとも幸せなひとりである、とチャクルは思っていた。彼女の顔かたちは並みの人間の少女ていど、抱く宝石も、屑石チャクルの名の通りにありふれた水晶でしかないのだけれど。


 玉胎晶精ターシュ・ラヒムの中でも厳然とした序列はあって、貴石を身体にとどめておける者、さらに大きく育てることができる者は希少だった。チャクルだって、金剛石とは言わずとも、できることなら紅玉や青玉、緑柱石を宿したかった。


(でも、石の種類よりも、魔力ギュチの質のほうが大事なはずだし……!)


 玉胎晶精ターシュ・ラヒムの宝石が尊ばれるのは、その大きさだけが理由ではない。宝石を育てるために注がれた魔力ギュチは、生み出された後もその石に残り続ける。そして、建物や武具や宝飾を彩ると同時に、守護し力を与える魔具にもなる。宝石の質を高める道に終わりはなくて、貴石を宿せる玉胎晶精ターシュ・ラヒムを集めた後は、いかに混じりけのない、かつ強力な魔力ギュチを注いでいくか、という話になっていく。


 チャクルが幸せなのは、魔神シェイタンの中でも強く美しい闇の王、カランクラル様に養われているから。そして、闇の御方の純黒の魔力ギュチだけを注がれているから。彼女が生み出す石は、愛する主を飾るためだけに使われるだろう。それ以上の喜び、それ以上の名誉などあるだろうか?


      * * *


 青玉のイルディス、紅玉のクルムズ、翡翠のイェシュル──宿した貴石と同じく美しい仲間たちの後ろに並んで、今日もチャクルは闇の御方カランクラル様から魔力ギュチを賜るのを待っている。


「ますます青が深くなったね、イルディス」

「クルムズの石は炎のようだ」

「イェシュル、なんと澄んだ翠だろう」


 ひとりずつお褒めの御言葉を囁かれて、綺麗な子たちはくすぐったそうにくすくすと笑っている。魔力ギュチを注ぐのも、頬や首筋に口づけたり、抱き上げて唇に触れたりと、濃密な触れ方でとても羨ましい。


(ああ、いつ見てもお美しい……)


 彼女の番が来るのを待ちながら、チャクルは主の姿にうっとりと見蕩れる。


 闇の御方の御名に相応しく、背に流れる御髪おぐしは夜を絹糸に紡いだような艶やかな黒。いっぽうで肌は白く透き通って、太陽を浴びたことがないかのよう。貴石たちの成長ぶりに綻ぶ唇、細い顎の線、しなやかな首筋──何もかもが、美しい。  

 ただ──カランクラル様の御顔の上半分は闇に包まれている。目隠しや仮面をしているということではなく、文字通り、そこだけ夜の帳が降りたように黒く暗く、何も見えないのだ。純黒の魔力ギュチを操る御方がその御力を一点にこごらせるとそうなる、らしい。


 カランクラル様は、以前、敵対する魔神シェイタンに両の御目を損なわれたのだ。この御方が後れを取るなんて、どれほど強大な相手だったのだろう。それとも、よほど卑怯な騙し討ちでもされたのだろうか。カランクラル様の宮殿では、その憎い魔神シェイタンのことを、嫌悪と怖れを込めて大敵デュスマンとか災厄フェラケトとか呼んでいる。


 人間とは違うから、たとえ眼球が失われてもカランクラル様が不自由することはない。とはいえ、誇り高く美しい御方が傷を晒すことを良しとするはずがない。そして、魔力ギュチによって負わされた傷は癒えにくい。損なわれてしまった美貌を、かつてと同じく輝かせるには──例えば、ご自身の魔力ギュチをたっぷりと注いだ魔石を、義眼として嵌め込めば良い。


 チャクルたちは皆、カランクラル様のとなる宝石を生み出すために養われているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る