第4話 ハカセの奇妙な愛情

「ハカセ、私と取引をしないか?」

悪魔が突然囁いた。悪魔は全身黒ずくめ、妖しいオーラを見に纏い、ハカセの前に佇んでいた。


「もし私に死後の魂を捧げるのなら、お前は美しい乙女を手に入れて、栄光の全てを手に入れるだろう」


ハカセは研究者である。その生涯を研究に捧げ、それ以外の物事は全て些細な埒外であった。

研究結果以外に興味はなかった。


「研究の成果が実るならば応じてもいい」


ハカセは答えた。美しい乙女と栄光については余り気にした風ではなかった。


「よしならば契約書にサインしろ。そう、ここに。拇印も押せ。そうだ、それでいい。

よし、じゃあ日曜日に駅の前で11時に集合だ。

契約したからには約束を守ろう」


それより早く研究を何とかしてくれないかなと思ったハカセだったが、契約しちゃったからなあと律儀に応じる事にした。

良くも悪くも契約を遵守するタイプの性格。実験の際も注意事項を丁寧に守り計画通りに行う。

研究者向きの性格だった。だがそれ以外はてんでダメで、私生活、特に家事に沢山時間を取られがちで実力に見合った成果はまだ得ていない。


果たして当日駅前11時。着飾ってどこから見ても流麗な美女としか形容しようのない女性がハカセに手を振っていた。流石のハカセも頬を赤らめる。


「やあ、時間通りだな」

「あっ!」


よく見るといつもよりかなり流行りを取り入れてヘアセットもメイクもしっかりしているが悪魔だった。


「悪魔め、美しい乙女を紹介してくれるんじゃなかったのか」

「ふふふ、美しい乙女には違いないだろう?ハカセ、顔が真っ赤だぞ君」

「ぐぬぬぬぬ」


騙された気がしたが確かに美しい乙女だったので、ハカセはそのまま悪魔と遊びに行く事にした。最近出来た図書館を少し散歩して、ブックカフェに寄ってお茶して、お互いが読む本について語り合った。

悪魔は契約したからなのか、かなりハカセが好きそうなデートコースを選んでいて、ハカセは普通に楽しく過ごしてしまったのだった。


「ふぅー!普通にたのしーい!」

「そうだろうそうだろう」


解散してハカセは家路につく。ところが悪魔も同じ方向だったみたいで、いつまでも二人は一緒に歩くのだった。


「悪魔、君、結構僕の家の近所に住んでるんだな。どこら辺に住んでるんだ?」

「いいから、いいから」


適当に誤魔化す悪魔を怪訝に思いつつも、ハカセは自分の安アパートのドアの前まで来た。悪魔はまだ隣にいる。


「まさか、入ってくるのか?」

「契約、したからね笑」


悪魔はにっこり笑ってそう言った。ハカセは律儀なので契約と言われると逆らえなかった。つい悪魔を自宅に引き入れてしまう。そしてこれが破滅の引き金となった。



「…………お腹が、はち切れそうだ」

「よく食べたなあ。お腹ぱんぱんじゃないか。まあお気に召して良かったよ」


いかなる魔法か、冷蔵庫の中身を適当に漁って悪魔が料理すると美味しいご飯が沢山出てきた。

一人暮らしのハカセの家には気の利いた調味料などなかったのだが、小分けのスパイスだのなんだのが悪魔の鞄から次から次へとポロポロ出てきて、そのまま美味しい料理になってしまった。

う〜と苦しそうなハカセをよそに、悪魔はそのまま洗濯機を回し、ハカセのよれよれの白衣やシャツにアイロンをかけて行った。

凄まじく手際良く家事がこなされていき、ハカセが苦心して何時間もかける家事がどんどんなくなっていく。


「悪魔、一つ聞きたいのだが」

「布団は二人で使おう」


ハカセは困った。確かに美人だが悪魔だ。

安いオンボロアパートには薄っぺらい煎餅というよりスライスチーズみたいな布団が一つ。

二人で布団に入る。なんだかウエハースみたいだ。ハカセは思った。


「どうしたらいい」


ハカセは素直な性格だった。

悪魔は困った顔をして、少し考えてから言った。


「電気を消してくれないか。後は契約に含まれているから問題ない」


次の日、ハカセは寝坊した。大欠伸しながら起きると、おにぎりと卵焼きとソーセージがちゃぶ台に並んでいた。

昨日の事を思い出しながらぼうっと目の前の朝食を眺める。握り立てのおにぎりの柔らかい湯気。卵焼きとソーセージの匂い。


「何も考えずに食べなさい」


フライパンを洗いながら悪魔が命じた。ハカセは何も考えずに食べて、うまい。とポツリと言った。もう悪魔の手の上と言えるだろう。

こうしてまた一人素朴な男が悪魔に魂を売ったのだった。

結局ハカセは悪魔がアイロンをかけてくれた綺麗なシャツを着て、洗ってもらった綺麗な白衣を持って研究室に出掛けた。


それからしばらく、ハカセは研究に没頭した。

悪魔はいつまで経っても家から出て行かなかった。ハカセが居ない時はスーパーでパートで働いているらしい。

研究に没頭しているからその辺はよくわからない。没頭し続けると沢山論文が出来上がって、沢山評価され、沢山質問された。質問に答えていたら、大学に呼び出されて沢山の学生の前で質問に答えろという。

ハカセは悪魔に相談した。


「どう思う?」

「研究の成果も出てるしやったらいいんじゃない?明日から教授って呼ぶね」


悪魔はお祝いにと豪華な夕食を作ってくれた。

悪魔でも呪いじゃなくて祝う事あるんだな。そうハカセが呟くと悪魔はけらけら笑って誕生日じゃないけど、とケーキに蝋燭をさしたのだった。


それから少し年月が経つ。悪魔が二人に増えた。


「この方が効率よくハカセを幸せにできると思って」


そう言って悪魔は小さい悪魔をハカセに渡した。

悪魔は悪魔だけあって頭に毛が少なく、何だかふにゃふにゃですぐにお腹が空いて沢山泣いた。

ハカセを苦しめる為にか、母乳かミルクしか飲まないのだった。

ハカセは苦しめられた。他の家事は悪魔に任せっきりだが小さい悪魔が泣くと粉ミルクをあげずにはいられなかったからだ。

しかも身につけている紙のパンツのようなものを脱がすと、たまにおしっこをかけられるのだ。あまりに危険な悪魔なので、ハカセは一日一回は小さい悪魔をお湯につけて清めるのだった。そして保湿クリームもたっぷり塗るのだった。


悪魔が増えて手狭になった。ハカセは研究から特許を取得しており(申請他は悪魔がやった)、収入も安定していたので家を建てて引越した。

二人で寝れる大きいベッド。

ベッドは2台買えたのだが、悪魔は自分の布団に今日も潜り込んでいた。


不思議なことに、今も美しい、いや昔より美しいように見える悪魔を眺めながらハカセは言った。


「時よ止まれ。お前は美しい」

「ふふふ、君がそれを言うのも久しぶりだな。悪いけど、入籍したから私の苗字は悪魔じゃなくて葉加瀬だぞ。君と同じ、な?」


旧姓悪魔さんはにっこり笑って葉加瀬くんの少し薄くなった頭を優しく撫でた。

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俺と悪魔の話 エドワード・うー @riseroarrevolt

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