第34話

「あれの名前は銃。太古の時代に作られたものを再現したものだよ」


 小屋の中は暖炉に火が付いており、暖かかった。机の上に乗ったホットミルクはまだ湯気を立ち昇らせている。この時間にソリバが来ることを予想していたかのように、ラニは部屋の準備を一通り済ませていたようだった。


「太古の時代のものは、今のよりもっと性能が高かったみたいだけどね。でも現代の技術でできる再現は、ここが限界」


 ラニは話しながら、対角線上に座らせたソリバの前にお茶を差し出す。彼はすぐに口をつけなかった。



「警戒しなくてもよくない? あの罠は盗難防止用のやつなんだよ。それに偶然、旅人さんが引っ掛かっただけ」


「……勝手に入って悪かった」


「いいよ、別に。あの罠が発動したのは初めてだったしさ」


 ソリバは緑色をしたお茶に目を向ける。白い湯気が顔にかかり、眼鏡が少し曇った。ラニがお茶を作るところを観察していたが、何かを混入させたような素振りはなかった。


 それでも彼は警戒を解かず、器に手を伸ばすことすらもしない。



「……で、話は戻るけど。君たちは……いや、あのディジャールって人は、僕の銃を欲しがっているんだよね。なんで?」



 まるで大人のように冷静に話すラニに、彼は猜疑心を持っていた。昼間のような子供らしさはなく、その端々に出る単語から、明らかに高度な知性を漂わせている。もしかすると、それはソリバをも凌駕するものなのかもしれない。ラニの問いに、ソリバは沈黙で返した。


「ふぅん……。まあいいけど。でも旅人さんはそれを止めたいんだよね。だからここに来た。違う?」


 その丸い茶色の目には不釣り合いの、鋭い眼光が宿っている。ある程度は見透かされているのだとソリバは悟り、観念して真実を打ち明けた。


「そうだ。あれがあのような兵器を持てば厄介なことになる」


「そうなの。まあ僕から見ても、あの人は結構ヤバそうな雰囲気だけどさ。何ていうか、掴みどころがない感じ。だから僕も迷っているんだよね」


 ラニはホットミルクを口にし、ゆっくりと背もたれに身を預ける。ほっと息を吐いている様子はまさしく子供であり、よもや兵器売買の話の最中だとは思えない。


「でも売ってもいいと思ってるよ、僕は。ただし、売れるのは一丁だけ。実践で使い物になるのは一丁しかないんだ。金額はそうだな、5700ドル(85万円ほど)が妥当かな」


「本気なのか」


「うん。もしくは誰かの臓器か、肉体の一部か、希少金属か、新しい学説のデータとか? よく勘違いされるんだけど、僕は職人じゃなくて、研究者なんだよね」


 そういうことではない、とソリバは言いかけて、それをラニが、分かっているとでも言いたげに遮る。



「ディジャールって人に渡すなってことでしょ。でもさ、あの人がもしも僕が望む以上の何かを対価に出してきた場合、僕は即座に交渉に乗るよ。だって僕は学者だもん。それをさせたくないなら、それより先に旅人さんが何かを提示してくれないと」




 ソリバは自身の体を見下ろした。持ち物はこれといってほとんどない。金銭もある程度ならば持ち合わせているが、到底5700ドルなど払えない。彼にあるものと言えば、腰に差している宝剣と、高い運動能力、そして忠誠心だけだった。


 今まで、無駄なものはすべて捨て去ってきた。その結果がこれであった。


 そう思うと、あのイファニオン人である彼らが、少しうらやましくも感じる。今ここで話をしているのが魔法使いであったなら、魔法の秘密やら、超次元的な技術を使って、何か対価を払うことができたであろう。本物の金を作って渡すことだって、レアメタルを製造することだって、または非人道的なことだって可能なはずだ。それに比べてソリバは、何の価値も生み出すことができなかった。


「うーん、ごめん。意地悪だったよね。見た感じ、旅人さんって何も持ってなさそうだし」


 子供のあどけない声で言われると、余計にその言葉が重くのしかかる。それは常に感じている劣等感、子供の頃から比較され続けてきたそれへの絶望に近かった。


 自らが幼いころからずっとアフラムに対して抱いていた嫉妬心が、まだ胸の奥でくすぶっている。




——せめて、俺にイファニオンの血が入ってさえすれば。







「……血?」


「うん?」


「……そうだ、血ならば」


 ソリバは顔を上げ、真面目な顔でラニに詰め寄った。


「臓器でも良いなら、血液でも良いのか」


 面食らったラニは、意外そうに眼を見開き、頬を指で掻く。


「え、まあ、別にいいけど……。でも結構な量になっちゃうよ」


「どのくらいだ」


「待って、計算するから……。ええと……2リットル丁度だね」


 ラニは素早く暗算し、自身で言った量に自分で驚いた。


「あは、残念。そんなに抜き取ったら死んじゃうね」


 苦笑するラニだが、ソリバは平然として首を振った。


「いや、致死量じゃない。それくらいならば平気だ」


「え? いやいや……。だって通説では、成人男性の出血致死量は2リットルじゃない。それもある程度体重がある人じゃないと、それ以下でも死んじゃうし」


「俺の体重から計算すると、致死量は2.5リットルだ。兵役に就いている者は、定期的に診断される」


「……旅人さん、クリミズイ王国の人なんだ」


 何故分かる、とソリバは言った。ラニは笑みを浮かべたまま、ホットミルクを傾けた。


「定期的な健康診断に加えて、自分の出血致死量まで分かるなんて、あの国以外ありえないでしょ」

 

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