第33話

 ソリバが宿を抜け出した時からもう数分が経過していたが、そのころにはすでに工房の近くまで来ていた。


 夜のドワネスフは肌寒く、冷たい風が茶色いローブをはためかせる。隙間から体を撫でる冷気は水のように体温を奪っていった。昼夜の寒暖差がひどい地域であるから、夜には冬のような寒気が周囲を覆うのだ。


 彼はフードを目深に被って、眼鏡の冷たいフレームを持ち上げる。銀でできたその素材はパキッというような音を立てて耳に収まり、刺すような冷たさを与えた。


 工房の周囲は静かなものである。もっとも路地裏であるから人通りは少ないし、こんな真夜中に外を出歩くような変わり者はそうそういない。




 静かな路地裏を越えて、物音を立てないように工房の中へ忍び込む。建付けの悪い扉は一度大きく揺れてからすんなりと開いた。鍵がかかっていないのは昼の内に確認済みだった。


 ソリバは工房内に入ると、すぐに真新しい棚のところへ向かった。古びた鉄の匂いに不似合いなもので、棚の上には、昼間に目撃した様々な形をした兵器と、鉄の玉がいくつか並んでいる。それを確認すると、ソリバは奥の小屋の方へと目を向けた。


 恐らく、ラニが生活をしているのは小屋の方なのだろう。小さいながらも必要な家具が揃っていたし、外には井戸も設置されていた。そう目途をつけ、彼は工房の裏口を開ける。








 その時であった。


 扉が開くと同時に背後から悪寒を感じた。本能的に咄嗟に体をよじると、裏口の扉がひとりでに閉まり、そこにズバッと矢が刺さった。


 ソリバは振り返ると、目の前に大きな鉄球が迫っていることに気づき、身をかがませる。鉄球は人間の頭ほどの大きさをしており、曲線を描いてソリバの頭上を飛んで、頑丈な工房の壁を凹ませていた。


 それだけにはとどまらず、足元の床に矢が刺さり、咄嗟に手をかけた工具棚からは大量の五寸釘が降り注ぎ、黒い油が床を滑らせ、挙句の果てには矢の嵐が降りかかった。


 彼はそれを全てギリギリで躱し、滑りやすい油にも気を留めず、かすり傷一つとしてつけずに回避しきった。時間差でかけられた一本の矢も、脳天に刺さる寸前で叩き折ってしまった。


 周囲がようやく静かになり、ソリバが警戒心をむき出しにして目を走らせていた時である。


「あれ、旅人さん……。なんで生きてるの?」


 裏口の扉が外から開き、懐中電灯を持ったラニが不思議そうにソリバを見上げる。


「おかしいな。罠はちゃんと発動したのに……。まあいいけどさ」


 ラニは昼間のおどおどとした様子と違い、毅然とした態度を取っていた。年齢に合わないませたような仕草で、ソリバを小屋へと手招く。



「どうせ今日の兵器のことでしょ? 話は聞いてあげるよ」




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