第23話
「……じゃあ、この短刀を一つ貰おうか」
「ありがとうごぜえます! そいじゃ、代金が……」
ディジャールが店主の長いセールストークに耳を傾け、ようやく購入したのは、黒い短刀であった。ドワネスフ産の質の良い黒曜石が使用された、本職人によって作られたものである。代金は到底安いとは言えないが、外国人への売買が禁止されている現状で、ドワネスフ産のものが買えるということだけでも運の良いことであった。
「へい、まいど!」
支払いを済ませ、短刀を手に取る。黒光りした刀身が美しく、まさに職人技と言えるほどの鋭さと強度を誇っていた。柄の部分も、持ちやすくなる工夫が凝らされており、細部にまでこだわって作られたものであると予想される。
(良い買い物をしたな)
そう思い、店を後にしようと扉に手を掛けた。力を入れて、戸が少し開きかけた、その瞬間だった。
ディジャールの背後からけたたましい爆発音が鳴り響く。店の奥からのようであった。いや、正確には店の外からであるようだ。
何か硬い破片のようなものが壁にぶつかった音が聞こえる。爆発というよりは、暴発に近しいものなのだろう。
「あンの野郎、またやりやがった!」
店主が舌打ち混じりにそうぼやく。
「あの爆発は一体?」
ディジャールが聞く前にソリバが訪ねる。店主は苛立たし気に足を踏み鳴らしながら、店の奥の様子を見ていた。
「うちの裏にある工房で修行している坊主だよ。変な野郎でなぁ、基礎の修行しねえで怪しいモンばかり拵えてんだ。そのたんびに失敗して、何かしら壊してんだよ、ったく」
「怪しいもの、?」
「ああ、なんでも、新しい兵器だとかって言ってよ。魔法に負けないような強力なモン作ってやるって、アイツ聞きやしねえんだ。この間、とうとう師匠から破門食らったって噂だが」
兵器、という言葉にディジャールは興味を示す。
修行中の身と言えど、ドワネスフの工作人であることには変わりない。先ほどに見た店の品でも、弟子の作品はかなり質が良かった。
もしや、魔法に代わる新たな力の誕生がすぐそこにあるのではないか。この国の産業革命はいつだって前時代を覆すようなものだった。この瞬間がその時ではないとは、断言できない。
「工房を訪ねることは可能で?」
ディジャールが店主にそう言うと、店主は怪訝そうな顔を見せ、首を振る。
「あそこはやめとけ。ろくなモンがねえよ。見たこともねえ部品と意味の分からねえ設計図ばかりだ。おまけに爆発も多い。危ないぜ」
「工房を訪ねることは出来るということですね?」
「ああ、まあ、そりゃそうだが……」
店主が何か言いかけるが、それを無視して、ディジャールが扉を押し開ける。外に出ると、何かが焦げたような匂いが鼻をかすめた。足元には、何かの黒い破片がぽろぽろと転がっている。
「確か、場所は店の裏の方だったね」
「おい、まだどこか行くつもりか」
店の裏へまわろうと足を進めるディジャールに、ソリバが鋭く言葉を発する。
「工房の方、行ってみたいと思わない?」
「微塵も。第一、必要ないだろう」
「そう? 新しい兵器がありそうなんだから、少し覗くぐらい許してよ」
「怪しすぎるだろう。あそこに使えるものがあるとは考えにくい」
ソリバは大空に伸びる茶色の煙を眺めながら言った。
「なければないでいい。少しでも勝率を上げたいだけだ。まだ時間は大丈夫、でしょ?」
ソリバが自身の懐中時計を確認する。まだ三十分には猶予があった。
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