第8話
アフラムにはその一言で、もう勝負がついたように見えた。
そして先ほどから感じている薄気味悪い雰囲気を直接触れないように、礼服のマントで体を覆いたい衝動に駆られていた。
クリミズイ王国の住人に、魔法を使える者は少ない。この王国だけに限らず、世界的に見て、魔法を使える者はごく少数の限られた者だけだ。
だからこそ、この玉座の間がたった一人の魔法使いごときに支配されているのだろう。
アフラムは、先ほどからジワリとにじみ出てくるような力を感じていた。ディジャールが使っている、マインドコントロールの類の魔法である。
洗脳、までとは言わずとも、それは交渉に効果的である。人の無意識下で意志の操作をし、少しだけその話を信用させることが出来た。
アフラムとディジャールが出会ったときも、そんな力を使っていた。魔法使いであるアフラムにはそれがすぐに分かったが、魔法使いが存在するはずがないクリミズイ王国の人間には、彼が恐ろしく人使いの上手い者であると感嘆したことであろう。
そしてアフラムはすぐに実感した。彼も自らと同様、イファニオンの出身であるということを。
魔法大国、イファニオン。先天的に魔法が使えるようになったその民族は自在に不可思議な力を使い、独自の政治を行うことに成功させていた。
奇しくも、クリミズイ王国の王の側近がイファニオン人であったということである。ある意味としては、イファニオンによる侵攻がすでに及んでいたのかもしれない。
アフラムは玉座を睨む。この玉座の間にいる人間には関わらないよう意識していたが、そこにだけはどうしても視線が行ってしまっていた。
バナ王は三年前と比べて少し老いたように見える。黒い髭には所々に白い毛が混じり、顔の皮膚に皺が寄っていた。眉間の立て皺は深々と刻み込まれており、もはやもう消えることはないのではと思われるほどだ。
相当に苦労をしたらしい。顔色は悪く、目の下に黒い影が落ちている。
頼りにしていた左大臣と右大臣が一度にいなくなったのだ。民衆の不安や政治の立て直しなど、その苦労は一通りではないことであろう。
(……ざまあみろ)
アフラムはそう思い、知らぬ間に終わっていた話を聞き流しながら、玉座の間を後にした。
バナ王の重い視線を背中に感じる。アフラムは振り返ることはなかった。
国境を超えるまではまだ少しかかるようであった。薄汚れた住宅街を、アフラム一行は静かに歩いている。
礼服は宮殿に置いていき、今は代わりに旅人の身に着けるローブを身に纏っている。アフラムとディジャールはローブのフードで顔を隠し、国境まで一言もしゃべらずに歩くらしかった。
彼らの後ろには、鋭い目をしたソリバと、その部下の衛兵が一人だけついてきていた。結局、玉座の間で得られたのはそれだけであるようだ。
しかし、ディジャールはフードの中でひそかにほくそ笑んでいた。それをちらと横目に見たアフラムが、再び不機嫌そうに眉を寄せる。
(これで良かったのか)
アフラムの声がディジャールの脳内に響く。神通力と呼ばれる魔法であった。アフラムは依然として口を閉ざしたまま、荒廃した街並みを見るともなく見つめている。
(上々じゃないか)
ディジャールも神通力で返事をする。アフラムとは対照的な、上機嫌そうな声色である。
(しかしまさか衛兵隊長自ら志願してくるとは思わなかったけどね。真面目なあいつらしいけれど)
フードの中で、彼は後ろの方を気にかける。背後ではソリバと衛兵が大人しくついてきているようであった。小声で何か指示を出しているように思えたが、あえてディジャールは放置しておいた。何を企んでいようとも、今は直接的に手を出すことはないだろうと読んでいたからだ。
(……随分豪華な非常食じゃないか)
ディジャールは胸の内にそう言い、国境に向けて足を進め続ける。
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