第7話

 どれだけ内臓をかき乱しても、見られるのはずっと健康体のそれだけであった。少年のカルテを確認しても、基礎疾患はなく、アレルギーや持病もない。


 その他さまざまな検査をしたものの、得られた結果はすべて陰性だった。司法解剖した医者は、もしやこの少年は生きているのではと疑ったほどである。


 しかし少年の肺も心臓も、確実に機能を停止していた。


 死因不明の病。異常な点は、上半身を食い荒らすような紫色の発疹だけであり、それも何が原因で発症したのか分からない。



 解剖医が亡くなったのはそれから五日ほどである。


 少年と同じ症状だった。発熱、嘔吐、そして紫色の発疹を全身に浮かび上がらせ、最後にはうめき声一つとしてあげずに死んでいた。


 司法解剖をしても、またしても何の異常もない。


 後は同じことの繰り返しであった。少年に関わった者をはじめ、その症状は国中で報告され、今やそれによって亡くなった国民も少なくなかった。


 次々と亡くなっていく国民を前に、国の権力を持つ者はなすすべがない。



「……でもそれは、当然と言えば当然なんだ。本当は病気なんかじゃなく、呪いなのだから」


 ディジャールは淡々として言った。


「呪いをかけたのはイファニオンだ。だから私たちはあの国を滅ぼしに行く」


 平然としたように言う彼に、静かな空気が漂う。


 まるで冗談でも言っているかのような口調である。しかしその表情は本気のそれであった。


「何が目的なんだ」


 今まで黙っていたソリバが口を開いた。ディジャールはその方に顔を向ける。


「わざわざこの宮殿に乗り込んでまで、何をしに来た。まさかこの国を襲っているのが呪いであると、教えにきたのか」


「……相変わらずだね」


 ディジャールは微笑んだ。分かっているじゃないか、とでも言いたげな顔である。彼の傍らで立っているアフラムが、苛立たしそうに腕を組んでいた。


「協力者を求めに来たんだよ」


「協力者……」


「そう。さすがに私たち二人だけで一国を滅ぼそうとするのは大変だから、さ」


 ディジャールが言うには、こうだった。


 イファニオンを滅ぼすには並大抵のことではかなわない。あそこは魔法大国であり、普通に考えれば、魔法使い2人だけで倒せるような敵ではなかった。


 だからクリミズイ王国で生き残っている衛兵を何名か協力者として同行させ、イファニオンの打倒を図るのだ。という。


「信じられるわけがない」


「ああ、別に信じなくてもいいさ。ただ我々に同行してくれるだけで良い」


「分からんな」


 今まで黙っていたバナ王が口を開く。皆が一斉に玉座の方へ目を向けた。


「二人では不可能だが数名増やせば可能だと。貴様はそう言ったな」


「ええ、陛下」


 ディジャールは過去の罪などなかったかのように、平然として敬礼をして見せた。恭しいその態度は、かつての左大臣としての姿と変わらない。


「何故数人の協力者が用意できただけで、一国の滅亡が可能になると言うのだ」


「それはごもっともなご意見でございます。ですが、その策は申し上げられません」


「何故だ」


 彼は敬礼の姿勢を崩さないまま、ニヒルな笑みを浮かべて周囲に視線を巡らす。


「どこかにイファニオンの間者が紛れているかもしれない」


 玉座の間がざわめき、人々は互いを疑うかのように目を合わせた。そのざわめきを満足そうに聞きながら、彼は飄々と続ける。


「まぁ、良いのです。私は過ちを犯した身……。信用できないと言われても仕方がありません」


 ディジャールは「ただ」と、もったいつけるようにして、重々しく呟くように言った。


「私はこの国を救いたい」

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