推しに「昔から好きでした」とDMで告白された件。 ―でも俺はぜったい付き合わない―【仮題】

伽花かをる

推しに告白された件


【昔からずっと好きでした。わたしと付き合ってください】



 花冷えする五月頃。

 突然、推しからそのようなDMを送られた。



【人違いです】

【違います。クロバナ様】



 俺は一介のリスナーだ。当然そんな告白文を貰う理由がないわけで、そう返信したら、数分も経たないうちに送り返された。


 クロバナ。俺がSNSで使用しているハンドルネームだ。

 本名は早乙女真守。

 重度のVtuberオタクである事以外に悲しいくらい語る特徴のない、ごく平凡な大学生。


 対してその告白文の送り主は、俺の推し。

 活動名『微忘ルナ』。

 彼女はいわゆる『Vtuber』だ。近年流行りだした新たな配信形態。2Dアバターを活用して、二次元のキャラクターを演じる配信者。

 彼女は企業やグループに所属していない。つまり『個人勢』。

 主な活動内容はゲーム配信と雑談配信。


 微忘ルナからDMを貰ったこと。それはとくに驚くことではない。

 彼女は律儀な性格かつ、自由気ままに活動できる個人勢だから、俺のような常連リスナー相手に『配信に来てくれてありがとう!』みたいな感謝メッセージをよく送っていた。夕食の話題みたいな軽い雑談をむこうから振ってくれる事もある。――だからこそ、神妙な雰囲気を纏うこのDMはなにかがおかしい。異常事態だと感じた。

 動揺で迷う指先で、俺は返信する。



【えっと。ルナちゃん、どうしたの。もしかしてガチ恋営業的なやつだったり?】

【営業じゃありません】

【じゃあ、なにかの企画? ドッキリ的な】

【違います】

【じゃあ、どうして……】

【言葉通りです。わたしは、あなたを……。クロバナ様のことをひとりの男性としてお慕いしています】

【……え、ええと】

【それで。告白の返事は】

【そ、そう言われても】



 うーん。どうしたものか。

 推しに熱烈な告白を受けているこの状況。本来なら毛を逆立たせて、よっしゃあ、と全身で喜びを表現すべきなんだろうが……なんというか……現実感がなくて喜べない。

 一旦頭を冷やすためにスマホの電源を切った。液晶に映る俺は、眉間に皺を寄せていた。

 ダメだ。考えてもわからん。



【……ごめんルナちゃん。急にそう言われても、正直困るというか】



 熟考の末、素直にいまの内心を告げた。

 返信に時間が空く。既読がついた数分後、彼女から返信がくる。



【どうしてですか? クロバナ様は、わたしのガチ恋勢でしたよね】

【そ、そう言われても……】



 たしかに俺は、微忘ルナをガチ恋レベルで推している。でも、空想の存在に向ける恋慕と、可愛いクラスメイトに向ける恋慕は違う。少なくとも俺のガチ恋は、女神様を仰ぐような偶像崇拝に近いものだ。

 強いて一言で理由を纏めるなら――



【だって俺たち、Vtuberとリスナーの関係じゃん】



 簡潔に理由を述べた。

 Vtuberとリスナーは付き合えない。

 液晶一枚分、果てしない距離で分かたれているから。

 拒否した理由を伝えると、彼女はふたたび返信に時間を置いた。そして数十分後。



【わかりました。つまりVtuberとリスナーの関係じゃなければ、いいんですね】



 彼女はそう返信した。意味がわからず俺は首を傾げた。

 またしばらく時間が置かれたが今度は数分程度。【開いてください】同時に怪しげなリンクが送られた。言われるがままにリンク先を開いた。そこにあったのは――。



【……地図?】



 しかも俺の地元。奈幌市のとある場所を指し示している地図だった。



【クロバナ様は奈幌市在中でしたよね】

【そうだけど】



 以前、地震が起きた際にSNSで所在地を呟いた。

 彼女がそれを知っていてもおかしくない。



【実はわたしもそうなんです】

【えっ?】

【だから次の週末。そこで会いましょう】



 彼女は有無を言わせない調子でそう言った。

 同じ地域に住んでいたことも驚くべきことだけど、それ以上に俺は、次の発信に驚いた。



【えっ。いきなり言われても】と困惑を示した。しかし彼女は聞く耳を持たず【詳細の日程は――】と、一方的に送信を続けた。長い文章が続いた後【当日お待ちしています】と締めた。怒涛の展開に頭が追いつかない。俺は【そんなこといきなり決められても困る】と送信した。既読はつくがスルーされた。

 その日以降。夕陽が落ちるたび。時計の針が巡るたび。次の週末、彼女が指定した場所に行くかどうか葛藤を重ねた。絡まった糸の如く胸中にある二つの気持ち。リアルの推しを一目見たい好奇心と、その裏側に潜む不安感。



「やっぱ、会いたくないなぁ」



 好奇心は猫をも殺す。

 俺がなにより優先するのは微忘ルナの推し活だ。リアルの推しに会って、それでもし「なんかイメージと違う」と一瞬でも感じてしまえば、俺はもう二度と純粋な気持ちで彼女を応援できないかもしれない。



「でも、一方的とはいえ約束しちゃったし……。会わないとダメかなぁ」



 約束を無視したら、ルナちゃんはきっと悲しむ。

 気まずい関係になりブロックされるかも。――それは嫌だ。ぜったいに。

 考えれば考えるほど袋小路。『どちらのリスク』を選ぶかじっくり悩んだ。



「……よし。会おう」



 葛藤の末にそう決断した。

 大丈夫。デビュー時からずっと一途に、熱心に、彼女を推し続けてきたんだ。仮に、清楚系なかわいい女性じゃなくてアラサー女性でも……なんならアラフィフ女性でも……俺のこの想いはまったく濁らないさ。

 ――ていうか、そもそもの話。

 明日会う女の子は、微忘ルナじゃない。

 あくまで微忘ルナの中身。役者さんだ。つまり実質別人。俺の推しじゃない。



「そろそろ寝るか」



 決断してきっぱりと切り替えて、明日寝坊しないように早めに布団に入る。悩みすぎて昨日まで不眠症気味だったけど、きっぱりと決断した後はぐっすりと快眠できた。


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