「愛する彼を手に入れるには犯罪に手を染めても仕方ないよね?」と、拉致監禁を企むヤンデレな幼馴染みちゃん。大変残念ですが、計画は全部失敗します。だって、ポンコツだもん。でもその努力は必ず報われる。

平日黒髪お姉さん

※【短編版】【逆輸入版】

「お父さん……お母さん……ご、ごめんなさいなのです」


 あたし、赤月アカリは今日犯罪者になります。


 今まで育ててくれてありがとうございましたなのです。


「あううー。でも、これも仕方がないことなのですー。あううー」


 愛する彼——黒葉リュウくんの心を奪うためには。

 頭も良くてスポーツも万能で、更にはクラスの人気者である幼馴染みくんを攻略するには。


 あたしみたいな魅力度が低い女の子には、拉致監禁しか残っていないのですよ。


「愛しの彼を手に入れるには犯罪に手を染めるのも仕方ないよね?」


 どうしてこんな結論に至ったのか。少しだけ説明します。


***


 春休みが終わり、遂に始まる新たな学園生活。

 あたしは、二年生に無事進級し、浮き浮き気分。


 思い返せば。

 高校一年生のクラス分けでは苦渋を舐めさせられました。


『あううぅー!? どうしてリュウくんと同じクラスではないのですかぁー。これは絶対におかしいのですぅー!!』


 校門前に張り出されたクラス分けを見て、涙を流したもの。


 しかし、今年は違う。今年はもう見なくても分かる。

 絶対に愛しのリュウくんと同じクラスなことぐらい。


「ふっふっふ、流石はりっちゃん先生。良い手駒になるです」


 事前に元担任を脅迫して、リュウくんと同じクラスにするようにと何度も言ってた甲斐があったです。


 これも、キャキャウフフな学園生活を手に入れるため。

 いや、リュウくんの心を奪って……彼女に、もうお嫁さんになるために。


「こっからはあたしのターンなのです! 待ってろ、青春!」


 二年生の春休み明け。

 りゅうくんと同じクラスになれば、輝かしい青春がある。

 そう思い込んでいた時期が、あたしにもありました。

 確実に、新入生よりもキラキラ瞳を輝かせたと自信がある。


 しかし。そのしかしだ。


 二年生になってから早一ヶ月。

 ゴールデンウィークも終わってしまったのに。


 それなのに、どうしてーどうして……。


 神様はあたしには微笑んでくれないのですかぁぁ。


 リュウくんはクラスの中心人物。明るい性格で周りと直ぐに溶けこんでたし。そう言えば、昔からリュウくんはそうだった。とっても輝いてて。あたしとは、全然違うタイプの人。


 そ、それでも……少しぐらい。ほんの少しでいい。

 あたしも一緒に居たい。リュウくんともっと一緒に。

 リュウくんが笑う横に居て、一緒に笑ってみたい。

 昔みたいに。リュウくんの側で笑いたいのです。


 だから、あたしは作戦を実行することにしました。

 もしかしたら嫌われてしまうかもしれないけど。

 それでもいい。リュウくんが振り向いてくれるなら。


 というわけで、あたしは拉致監禁して、愛する彼を手に入れることにしました。


***


「ジャジャーン。これでもう準備万端なのですよー!」


 五月中旬の放課後。

 あたしは、空き教室に居ました。帰宅部なので、真っ先に家に帰ってもいいのですが、本日だけは違います。


 手元にあるのは、ロープ。ホームセンターで980円。

 これを使って、りゅうくんを縛り上げるのみ。

 一度、縛ったらなかなか解けないと、ネットに書いてたです。


 悪質過ぎるのは重々承知。それでも、あたしは欲しい。

 リュウくんの愛情が。リュウくんの愛が。

 そのためには、多少の犠牲は付き物。あたしの好感度とか。


「あとは……来てくれるのを待つだけです」


 あたしは抜かりのない完璧な女の子。

 朝からリュウくんの下駄箱に挑戦状を入れて置きました。


『お前の大切なものを奪った。返して欲しければ、放課後旧校舎の生徒指導室へ来い! by怪盗DX (午後五時までには来てください。今日はお母さんから買い物の手伝いを頼まれています。早めに来てくれると助かります)』


 絶対に来るはず。

 あとはリュウくんが入ってきた瞬間、あたしが彼に飛びつき、目隠しをして、縄で縛って、ガムテープでお口をチャックすれば作戦大成功なのです。その後は、あたしの家にお持ち帰りして……あううー、ニヤケが止まらないのですよー。


「むふふふふふ……我ながら、完璧なアイディア。アカリちゃんは天才なのかもしれないのです」


 自画自賛しつつも、時計を確認します。

 放課後になったとは言え、まだリュウくんが来る気配はなし。

 五時までに来てくれないと、お母さんに怒られちゃう。


「むっ……でもまだまだ時間に余裕があるのです」


 暫し、時間が経ってもまだ来る気配はない。

 パチンと手を叩いて、あたしは名案を思いつきます。


「ここは一つ。縄を早く縛る練習をするですっ!」


 一応、数ヶ月に渡り、縄を縛る練習をしていたのですよ。

 ぬいぐるみさんが可哀想だったけど、これも愛の試練。

 必要な犠牲です……ごめんなさい、クマゴロウ。


 ——五分後——


「とりあえずキツく縛れたのです、むふふふ。次は本当に取れないのか、確認なのです」


「むむー目が見えてしまうと解き目が分かってしまうのです。目隠しをして挑戦してみるのです」


——それから二分後——


「な、何も見えないのです。流石は目隠し。これなら流石のリュウくんでも解けない、むふふふふ。遂にリュウくんがあたしのものになる日が来たのですよ」


 って、あれ? あれれなのですよ。必死に力を入れても縄が解けないのです。


 おまけに目隠しをしているので……何も見えないっ!?


 ——それから?分後——


「うえええええぇぇーん。助けてくださいなのですー。あたしが悪かったのですー。神様……ごめんなさいです」


「完全に縄が解けなくなっちゃったのですー。それに真っ暗で怖いのですー。助けてくださいなのですー」


 自業自得。その通りである。バチが当たったのだ。

 幼馴染みを自分のものにしよおうと思ったから。

 人気者である、リュウくんを独り占めしようと思ったから。


 だから——こんな目に遭うのだ。

 視界は真っ暗闇。誰かに助けを叫んだところで、旧校舎。誰も使用していないので不可能。


「あうう……あ、あたしはこのまま一生目隠し状態。挙げ句の果てには縄で縛られたまま一生を終えるのですー。あああああああ、そんなの嫌なのですーっ!」


 しかし、幾ら叫んだとしても助けは来ない。

 それにも関わらず、あたしの頭にはリュウくんが浮かぶのだ。

 本当に都合が良い女だ、あたしは。

 リュウくんに酷いことをしようと企んでいたのに、こんなときに真っ先に思いつくのが——リュウくんだなんて。


「……リ、リュウくん助けてくださいなのです……あうう」


 あたしの涙が床へと落ちた瞬間。


 ガラガラと教室が開く音がした。


「あ、アカリ! だ、大丈夫か!」


 リュウくんの声。この世界で一番好きな人の声。

 この後の出来事はあんまり覚えていない。


 あたしが泣きじゃくってる間に、目隠しと縄を解いてもらったのだ。好きな人の前で、鼻水を垂らして、おまけに泣き顔を晒す。もう本当に最悪。それでも自業自得だ。


「あ、アカリ……ごめん。僕が巻き込んじゃったみたいで」


 安心させようと、リュウくんがあたしを抱きしめてくれた。

 ギュっと強く抱き寄せられると、胸の中がポカポカする。

 でも——胸の中には多少の罪悪感もありまして。


「悪いのはあたしなのですー。リュウくんーリュウくんー」


 全て自分が悪い。

 正直に話そうと思う度に、涙が出てきてしまう。


「ごめんね……寂しい思いをさせて。ごめん、もっと早く助けに来られなくて」


「違うのです。全部、あたしが悪いのですー」


「アカリは悪くない。悪いのは全部、怪盗DXだよ!!」


「ふぇ?」


「実はさ、僕の下駄箱に怪盗DXと名乗る人物から手紙が入っていてさ」


「ご、ごめんなさいー。本当にごめんなさいなのですー」


「アカリが謝る必要はないんだよ。ほら、もう泣かないで」


 『怪盗DX』だと正体を明かすことはなかった。

 逆に、りゅうくんにはいっぱい抱きしめてもらいました。


 あたしって……本当に悪い子です。

 本当に迷惑をかけてごめんなさい。とても反省してます。


 で、でも神様はあたしに少しだけ微笑んでくれました。


「リュウくん……大好きです……」


***


 怪盗DXが現れ、久々にりゅうくんと会話した翌日。

 気分上々で昨晩は眠れずに寝不足です。目蓋がとろーんとするものの、抵抗することなく、あたしは机に突っ伏します。


「席替えをしますー」


 担任のりっちゃん先生が教卓前でそう宣言しました。

 すると、教室内は阿鼻叫喚で埋め尽くされます。

 席替えが嫌なのでしょうか。


「先生ーもうこのままで良くね?」


 気怠そうな声を出して、後ろ座席の男子生徒の一人が言いました。自分が良い位置に座っているからこそ、こんなことを言えるのでしょう。他の人の気持ちも考えて欲しいものです。


「ごめんねー。ちょっと一部生徒から要望があってね」


 りっちゃん先生は頬を掻きつつ、あたしの方を向いてウインクしてきました。そう、その一部生徒とはあたしのことです。


 もう毎日のようにりっちゃんに「席替えはいつするんですかー?」と聞きましたからねー。ちょっとウザがられてしまいました、てへっ。


 どうしてそんなに席替えをしたいのか?


 りゅうくんと隣の席になれるからなのです!


「じゃあ、あとはサナちゃん。お願いね!」


 パチンと手を叩いた後、りっちゃん先生は学級委員のサナちゃんへと声を掛けました。


「はい。分かりました。りっちゃん先生」


「サナちゃんー。先生のことはりっちゃんじゃなくて、りつこ先生って……」


「それでは今から席替えをするわ。クジでいいかしら?」


「って……全然話を聞いていない」


 りっちゃん先生は肩を落として「わたしって教師に向いてないのかしら……もしかしてわたしって生徒に舐められているのかしら……」と言いながら教室を出て行った。あとで、慰めに行くです。先生、何気に落ち込むタイプだし。今までの恩を返さねば。


 席替えは、学生にとって一、二を争うイベント。

 誰もが少しでも良い席に座るため、本気になります。

 基本的に、あたしたちのクラスではクジで決めるのですが。


「一緒の席がいいね」とか「隣同士になったら最高だよな」「俺、お前と過ごした一ヶ月楽しかったよ」「俺とお前の縁の切れ目は、席替え次第だな」などなど。


 そんな生徒たちの声を聞きつつ、あたしも気合いが入ります。


 ぜ、絶対にりゅうくんの隣の席になるのです!


 隣の席になれば……隣の席になれば……むふふふふ。考えただけでニヤケが治らないのです。それにヨダレも……むふふ。


 ただ、油断は禁物。席替えしても隣同士になれるとは限りません。

 あたしは気を引き締めて、小さな声ではっきりと呟きます。


「りゅうくんの隣の席は誰にも譲らないのですー」


 それから十分後。生徒たちの興奮は頂点に達し、「実は俺、キミのことが好きだったんだ」と告白する人まで現れました。


 結果は残念なことに振られちゃいましたが。

 席替えの魔力は恐ろしい。高鳴る気持ちは分かりますが、衝動的に行動するのは良い判断ではありません。


「よしっ、くじができたわよ。それじゃあ、右側の人からね」


 サナちゃんが教室内を歩き回り、一人一人にくじを引かせます。自分の順番が来るのが、待ち遠しくて溜まりません。


「次は兄さんの番よ」


 サナちゃんに急かされて、りゅうくんがくじを引きます。

 サナちゃんとりゅうくんは、美男美女で有名な双子兄妹。

 あたしの良き相談相手であり、大親友でもあります。


「りゅういちー。お前、番号は?」


 流石はクラスの人気者。他の人たちが気になるわけです。

 しかし、本人はそんなことを全く知らない様子で。


「9番だったよー」と爽やかな笑顔で、りゅうくんは答えます。


 なるほど……9番ですか、ふむふむ。

 では、3番を引けば……あたしはりゅうくんの隣に。


 几帳面なサナちゃんが作るくじには法則があります。

 窓側の席から順に1、2、3という感じ。


 現在のクラスメイトは36人。だから、六×六の配置。

 つまり、りゅうくんが引いた9の数字は、窓から2番目の、前から3列目ということなのです。


「次はアカリの番。間違って二枚引かないようにね」

「あの……3番ってもう出たです?」

「多分まだ出てなかったけど、ど、どうして?」

「べ、別に何でもないのですーっ!」


 3番はまだ出ていない。ならば、チャンスがある。

 絶対に引く。ここで引いて、りゅうくんの隣になるんだ。


「何だかアカリちゃん。物凄く気合い入ってるわねー」


「……そ、そんなことはないのですー」


 口ではそう言いつつも、あたしは超絶本気。


 来い、あたしのゴットハンドと心の中で必殺技を叫び、綺麗に畳まれた紙を一枚引きます。


「じゃあ、次の人引いてー」


 サナちゃんが立ち去った後、次の人の元へと向かいます。

 さっさと見ればいいものの、あたしはまだ見れない。

 深呼吸をし、好きな人と隣の席になるおまじないをしてから見ないと願いは届かない。


 神様、お願いします。あたしとりゅうくんを隣同士に——。


「あ、俺。3番だったわ。え、お前は?」


 前座席の男子生徒が呟き、隣の男子に訊ねています。

 頭の中は真っ白。もう何も考えられません。

 一人で隠れて見ようと思っていたのに。おまじないを唱えてから確認しようと思っていたのに。


 そ、それなのに……先にネタバレされちゃいました。


「あううぅー。また失敗しちゃったのですぅー、あううー」


 全員のくじ引きが終了。

 教卓へとサナちゃんが戻った後、大きな声で言いました。


「それじゃあ、机動かしてー。隣のクラスは授業中だから、ゆっくりね」


 クラスメイトが机を動かす中、あたしも自分のくじを見てみます。番号は12。一番後ろの席なので、席替えは成功。

 けれど、りゅうくんと隣同士になれないと嬉しくないです。


「あううー。りゅうくん……次は絶対に隣になるです」


 机を動かした後、あたしは一足先に椅子に座ります。

 隣の人は、一体誰でしょうか。できれば女の子がいい。

 もしもサナちゃんと隣同士なら、楽しい日々が始まるかも。


「あれ? アカリ、この席なの?」


 机を軽々と持って喋り掛けてきたのは、サナちゃん。

 もしかして、隣の席は……さ、サナちゃん?


「12番だよー。サナちゃんは?」


「あー私? 私はねー」


 サナちゃんは悪戯な笑みを浮かべ、大きな声で。


「兄さんー。番号、間違ってるわよ。それ9じゃなくて、6だったぁー。ごめんーうっかりしてたぁー、あははは」


「そ、そうなのか? サナがミスするなんて珍しいな」


「過大評価しすぎ。私だって人間よお。ミスは当たり前」


 サナちゃんは『9』と書かれたくじをポケットから取り出して。


「ほら、兄さんは6番よ。急いだ、急いだ」


 サナちゃんは、戸惑うりゅうくんの背中を押します。


 嘘でしょ……? こ、こんなことが起きるなんて——。


 あたしの隣席へと机を動かし、りゅうくんは椅子に座って。


「これからよろしくね、アカリ」


「……あ、あのあのあの……よ、よろしくお、お願いします」


「あははっは、ちょっと固すぎじゃない? 幼馴染みじゃん」


 白い歯を見せて爽やかに微笑むりゅうくんを見るだけで、あたしの心臓は鼓動を早めてしまいます。


 このままでは、りゅうくんに好きだとバレてしまうかも。


 そう思って、あたしは心の中で「これ以上、鼓動を早めないで……き、気付かれちゃうよ」と必死に叫ぶしかありません。


「アカリ……ど、どうしたの? 顔が赤いけど……」


 あたしの気持ちなど全く知らないりゅうくんが顔を寄せてきます。美容に気を遣う女の子よりも白く、透き通った綺麗な瞳と、濡れた唇が悩ましいほど眩しい美男子。


「も、もう……負けです。あうう……あ、あたしの負けです」


 突然の負け発言に対して、りゅうくんは驚いた声で。


「えっ……? 何が? ど、どうしたの? あ、アカリ?」


 と、訊き返してきますが、あたしは本心を伝えるわけには行きません。りゅうくんがあたしに恋心を持っているとは思えないから。こんな平凡で地味な女の子を好きになるなど。


「大丈夫です、りゅうくん。な、何でもないです」


 断りを入れていると、前方から視線を感じました。

 目を向けると、サナちゃんが愉快そうにこちらを見ています。

 あたしと目が合った瞬間、ニコッと笑みを浮かべて、すぐに顔を前へと戻してしまいましたけど。


 もしかして、サナちゃんが、あたしとりゅうくんを隣同士にしてくれた?


 そ、そんなはずはありません。

 一度も、あたしはりゅうくんのことが好きだと教えてことはないし。偶然だよね、多分。


***


「あううー、どうして神様は微笑んでくれないのですかー」


 席替えを行い、晴れてあたしとりゅうくんは隣同士に。

 これでお互い徐々に距離を近付いて、甘くて蕩ける学園生活が。そう思っていたのに。現実はどこまでも残酷です。


「全く相手にされてないのですーあううー」


 これはあれですか? 仕組まれているのですかー?


 授業中は私語厳禁。少しでも会話をすれば廊下へGO。

 休み時間に喋ろうと思えど、りゅうくんは人気者。

 男女共から喋りかけられ、地味なあたしは蚊帳の外。


「隣同士になっただけでも奇跡だし。有り難いと思うべきか」


 授業中、こっそりと黒板から目を逸らし、りゅうくんを見る。頬杖を付いて、気怠そうに彼は外を眺めている。

 時折窓から入る風に綺麗に切り揃えた黒髪が揺れる姿は秘的で、あたしだけが独占していると思えば優越感に浸れる。


「期待したらダメ。あたしは……ダメな女の子だから……」


 彼を見ているだけで、あたしは幸せだ。少しでも彼と共に時間を過ごせるだけでも感謝すべきなのだろう。


 そう思っていた矢先、数学の授業が始まりました。


「あ、やば。教科書忘れたかも……」


 焦る声と机やバックの中を探す音。

 りゅうくんが物を忘れるとは珍しい。

 でも人間。誰しも忘れることだってあるはず。


「あ、あれ? おかしいなー。朝から絶対見たんだけど」


 納得が行かないのか、りゅうくんは再度机を確認します。


 ごめんなさい、りゅうくん。あたし、少しでも喜んでます。


 もしかして、これって机と机をピッタンコさせ、教科書を見せ合う展開イベントじゃないですかーって。


 あたしとりゅうくんを繋げる一遇の機会。

 これは絶対に見逃せない。見逃せるはずがない。


「もし良かったら、あたしの教科書一緒に見るですか?」


 噛まずに言えた。偉いぞ、あたし。この調子だ。


「あ、ありがとう。アカリ。じゃあ、見せてもらおうかな」


 りゅうくんが机を動かして、あたしの机とピッタンコ。

 自分たちの身体がお互いに当たっているわけではない。

 それなのに……あ、あたしは何故か動揺してます。どこまでピュアなのだ。あ、あたしは。


「授業始まってるし、教科書出さないと」


 りゅうくんに急かされて、あたしは机の中へと手を突っ込みます。そして教科書を見つけようとするのですが……ない。


 って、あれ?? 教科書がないのですー。

 ど、どうしてなのですかー。こんなときに限って、教科書がないのですかー。神様の意地悪さんなのですー。


 も、もしかして……昨日、少しでも勉強しようとして、そのままテーブルに置いてきちゃったのですー。


 よりにもよって、どうしてこんなときにー。


「あううー」


「あ、アカリ……どうしたの?」


「じ、実は教科書忘れてしまったのですー。ごめんなさいなのですー」


「……大丈夫、大丈夫。そんなに気にしないで」


 爽やかな笑顔を浮かべ、優しい彼は慰めてくれる。

「で、でも……二人共忘れたか……こ、困ったな……」


「ご、ごめんなさいなのですー。あたしが忘れたから……」


 もう一度、りゅうくんが机に手を入れ、ニヤッと笑います。

 そのまま机から手を出すと、数学の教科書が出てきました。


「これで大丈夫だね」


「はいなのですー!」


「後ろの二人。忘れ物をしてるというのにおしゃべりですかー。そうだ。アカリさん、宿題を板書してください!」


 先生から注意を受け、また宿題を板書しろだなんて。

 数学は苦手なのに。で、でも大丈夫。


 だって、これは昨日家で勉強してたから。


「りゅうくん。教科書ちょっとだけ貸してくれるです?」


「うん。良いけど……あ、アカリ。大丈夫なの? もし分からないところがあったら、僕が」


「大丈夫なのです!」


 黒板前へと颯爽と歩き、さらさらと問題を解きます。

 これぐらい余裕なのですー。もしもりゅうくんが勉学で困ったときに、いつでも助けられるように毎日の勉学は欠かせないのですよ! まぁーあたしの方が数倍バカなんだけどね。


 数学の先生は歯軋りを立て悔しそうに睨んできました。

 数学は苦手だけど、恋愛よりは簡単だ。

 大好きな彼を攻略する方が難問なのだから。


 席に戻ると……。


「アカリ、お疲れ様」


「あ、ありがとうなのですー」


 今日の夜も勉学が捗りそうです。好きな人に褒められたので。


「いつの日かはリュウくんの心も解いてみせるです」


「ん? 何か言った?」


「あううー。な、何も言ってないのですー。た、ただの独り言なのですー」


 これは——。

 ヤンデレだけどポンコツな幼馴染みちゃんと、ハイスペックで彼女の世話係的な幼馴染みくんが結ばれるまでを描く愛溢れる物語。





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「愛する彼を手に入れるには犯罪に手を染めても仕方ないよね?」と、拉致監禁を企むヤンデレな幼馴染みちゃん。大変残念ですが、計画は全部失敗します。だって、ポンコツだもん。でもその努力は必ず報われる。 平日黒髪お姉さん @ruto7

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