落語・平成死神伝

上松 煌(うえまつ あきら)

落語・平成死神伝



 【もしもし、そこの人。そこのハーさんっ、八つぁん♪】

「えっ、あっしのことですかい?なんか妖怪なんちって。でも、あっしはあんたを存じ上げませんがね、どなた?」

【クイズ、わたしは誰でしょう?】

「って、冗談言っちゃいけねえ。あっしが知るわけねえ」

【イヤねえ。も~、ハーさんだけに教えちゃうっ。わ・た・し・は死神っ】

「はぁ?あ、あのお聞きしますがね、骨の馬に乗って、でぇっけえ草刈り鎌かかえた黒頭巾の髑髏さんじゃねえんですかい?」

【やっだぁ~、それ、キリスト教じゃん。宗教の混乱。だっめねえ、ほら、ある元プロ野球選手が『天国に行った母はこの九品仏の浄真寺に眠ってマス』って言ってたけど、仏教徒なら『極楽に行った母』でしょ】

「あ、ああ~。確かに。じゃ、落語にある薄汚ねえ痩せっこけた爺さんですかい?っちゃぁ、死神には見えねえや。だって、あんたさんのその格好、この間、ノーベル賞もらったなんとかっつう学者さんの晩餐会のなりだワ」

【紋付羽織り袴は平成の死神のトレンドよ。時の人。インスタ映えバッチシ。下に水まこうかしら。10リットル】

「っちょ、ルミナリエじゃねえんだから。とにかく、なんか用ですかい?」

【あたしはね、あなた担当の死神なの】

「はぁ、担当ですかい。まんま、お役所。でも、なりは今っぽくても、中身は古色蒼然たる要介護、いや、後期高齢者の爺さんじゃないすか。オカマ気取って、ああ、気色わりい」

【放とけっ。八つぁんの余命はあと1日。予告に来たのよ。受胎告知じゃなくって死体告知】

「えっ?イヤなもんが来ちゃったね。ああ、多分事故かなんかだね。車に轢かれてペッチャンコ。人間も、なんだね。道端のかええそうな猫さんをとやかく言えねえやね。はかないもんだ」

【残り1日の有効利用をお祈り申し上げます】

「お祈り申し上げますって、就活のお断りメールじゃあるめえし。お祈ってなんかいねえんだろっ。とにかくね、あっしは信じねえよ。日本は法治国家。証拠主義だ。1日っつうショーコはあるんですかい?あ?死神のオカマの爺さんよ」

【証拠見たい?ど~しようかしら】

「見せられねえんですかい?じゃあ、1日ってのも却下!」

【な~にを言ってる。じゃ、いらしてん。ね、こっち。…もっと、こっち…】


 「は?は~、なんか薄っ暗い所ですね。気味わりいや。ああ、従業員通用口。はあぁ、ここね。じゃ、ちょっくら失礼。…う~ん、あるある。ぷっ、落語そっくり。大中小、極小。このローソクが人間の寿命だってんだから、わかりやすいじゃねえか。ああ、このあたりかな。あの~、このへんのちっこいのがあっしですかね」

【ハーさんのはこれ】

「へっ?あ~、これ。これねぇ…。こりゃまた、やけに暗くてしょぼいっすね。今にもご臨終だ。人生100年時代つったって、全員が100年生きるかっつうとそうじゃあねえ。我ながら、こういうのを見ると世の無常を感じるね。…っと、へ~、こっちになんかすげえのがあるよ。ねぇ、死神さん。このラージサイズのゴージャス・キャンドルはだれの?」

【これ?これはあたし。余命300年♪】

「オー、マイ、ガーッ、さすが神様だね。公方様の御政道とおんなし300年と来た。うらやましいねえ。…う~ん、あっしがつらつら鑑みるに、だ。これをうまく取り換えちゃいたい。ねぇ。今の若い人はやたら死にたがって、死にたい死にたいと歌に歌ってるけど、こういうとこに来てこういう現実を見てみろってんだ。あの、ちょっと、死神さん」

【はいはい】

「今日はつくづくいいもんを見せていただきやした。あっしの余命1日、肝に据えやした。で、ちょっくら、お願いが」

【取り替えるのはダメよん】

「けっ、死神のくせに落語知ってるよ。いえいえ、そうじゃあねえんで。あっしが今、あなたと自分の寿命を見てるってのも何かの縁。そんで『今生人界の思い出』に死神さんと座敷芸というか、ゲームをして楽しみたいんで」

【いいけど、野球拳はイヤ。いやらしいから】

「…あのねえ、オカマの爺さんを野球拳で脱がしてどこが楽しい?いえ、ご存じかどうかは知らねえが『あっち向いてホイ』ってのを。あっしがあっちむいてホイっと言ったら、死神さんは反対側のこっちを向く。こっちを向いてホイっつったら、あっちを向く。まぁ、天の邪鬼(あまのじゃく)な遊びでして」

【いいわよ。邪鬼(じゃき)は好きじゃきぃ】

「シャレ言ってやがる。じゃ、行きますよ。あっしは掛け声であんたさんが向くほう。それっ、あっち向いてホイッ、こっち向いてホイッ。ホイ、ホイ、ホイ、ホイホイホイホイ、ホホホホホホホホホホホホホ。…ヘヘヘッ。ほうらぁ、死神の爺さん、目え回しちまいやがった。ちょろいもんだよ。年寄りは三半規管が弱ってるからね。頭ぐるぐるした日にゃ、目までグルグルしちまう。…さて、ローソクに名前が彫ってあるよ。爺さん、下手な字だねぇ。え~と、もとのは消して、でかいほうが八五郎、しょぼいほうに死神…と。ついでにロウもラージに追加。お、やけにちっこくなっちまったな。死神爺さん、早く目え覚まさないと燃え尽きるよぉ。さて、帰るワ。じゃましたな」


 【あ~、なんか冥界がぐるぐるしちった。これ、ハーさん、八っつぁん、八五郎さん?…あああっ、やられたっ。死神を騙すバチ当たりめっ。こっ、こんなに小さくしやがって。は、早くもとにもどさなきゃっ。ええと、字を消して…。手が震える。年寄りには細かい作業は酷よ。あっ、き、消えるぅっ。ウソッ。いやっあああああ…】


 「へへっ、寿命が延びるってのはいいねえ。何しろ300年。今度は貧乏神でもだまくらかして福の神に変えるか」

【こぉれぇ~、ハーさ~ん~。八五郎ォぉぉ】

「えっ?そ、その声は」

【う~らぁめしやぁぁ~】

「し、死神爺さん。神でも迷って出るのかぁ。世紀の大発見、ノーベル賞ものだね…てなことは言ってられん。爺さん、頼む、成仏してくれっ。え~と、念仏の哀音じゃよけい寄って来るっつうから、ここは題目、題目だ。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、なんみょうほうれんげきょう、なんみょうほうれんげきょう、なんみょうほうれんげきょう。おう、調子が乗って怖くなくなってきたぞ。ここにある醤油樽、こいつをうちわ太鼓がわりに叩いてテンション上げよう。それっ、ドンツクドンドンドンドンッ」

【あら、なんだか手足がリズムに…】

「そ~れぇっ、南無妙法蓮華経、なんみょうほうれんげきょうっ、ドンツクドンドンドンドンッ、ドンツクドンドンドンドンッ」

【あらら、なんか全身ランバダよっ】

「うっしゃぁ~、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、ななんみょうほうれんげきょうっ、んみょうほうれんげきょうっ、なんみょうほうれんげきょうっ、なんみょうほうれんげきょうっ、なんみょうほうれんげきょうっ、なんみょうほうれんげきょうっ、なんみょうほうれんげきょうっ、ドンツクドンドンドンドンッ、ドンツクドンドンドンドンッ、ドンツクドンドンドンドンッ、ドンツクドンドンドンドンッ、ドンツクドンドンドンドンッ、ドンツクドンドンドンドンッ」


 語り=もう、上へ下への大騒ぎ。煩いことこの上ない。それが仏界にまで届きまして、宗祖日連上人の責任問題にまで発展するに至りまして、上人も黙ってはいられない。

御尊顔を長屋に現されまして、一言。

『もう、やめれ んげきょう』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

落語・平成死神伝 上松 煌(うえまつ あきら) @akira4256

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ