第14話


「イチャイチャは十分か?」

「うーん、まだ足りないから頑張って後で褒めてもらうことにするよ」


ラータさんはやれやれといった様子で首を振る。


「それじゃあ始めるとするか。ルールはどちらかが戦闘不能になるまで、または降参するまでだ」

「禁止道具は?」

「ない。魔法も使っていいぞ。お前も久しぶりに暴れたいだろ」

「……そうだね。それじゃあ遠慮なく」


アヴィスさんはローブの中から杖のようなものを取り出した。

対するラータさんも剣を鞘から抜く。

お互い準備が整ったのを確認してから審判は腕を垂直に伸ばした。


「始め!」


そして振り下ろされた瞬間、ラータさんは走り出した。

アヴィスさんはというと、地面に杖を向けて何かしている。


「戦いの最中に詠唱なんて洒落たことしてんじゃねーよ!」


ラータさんは勢いよくアヴィスさんに斬りかかる。

しかしその剣先がアヴィスさんに当たることはない。

なぜなら突然地面から氷の壁が現れたからだ。


「なっ!?」


壁に衝突しそうになったため、ラータさんは咄嵯に後ろへ跳んで回避した。

しかし着地した場所にも氷が張りかけており、今度は横に大きく跳び退いて難を逃れる。


「お前の氷はいつ見ても綺麗だな。それに精度も上がってる」

「当たり前だ。僕がこの3年間、ただ悲しみに暮れていただけだと思うなよ」


アヴィスさんは杖を振り、どんどんラータさんを追い込んでいく。


「流石だよな、アヴィス様」


隣の人の声が聞こえたため、そちらを向いた。

すると逆隣りに座っている男性が私の頭上を通して返事をする。


「失踪なさった時は驚いたけれど、さらにお強くなられたよな」

「ラータ様の荒れ様も凄まじかったな」

「まぁ、あんなことがあれば誰だって取り乱すよ…」


私の知らない話が頭上で飛び交う。

その間にも戦況は変わるが、今は2人の話がどうにも気になった。


「あの、」

「「ん?」」


失礼を承知で思い切って声を発せば、両隣の2人に首を傾げられる。


「アヴィスさんってどんな方だったんですか?」

「え、あなたアヴィス様のお知り合いじゃないんですか!?」


私の問いに2人は驚いたように目を見開いた。


「えっと、最近知り合ったというか。昔のことについて何も話してくれないので何も知らなくて」

「そういうことですか」


納得してくれたのか、男性は苦笑いを浮かべる。


「一言で言えば、冷徹でしたね」

「冷徹?」

「はい。でも、決して優しくないというわけではありません」


もう一方の男性は同意するように頷く。


「アヴィス様に救われた人は大勢いますからね。我々兵士はもちろんのこと、国民からも慕われています」

「でも1番は…」

「「戦場でのお姿だよな!」」


2人は口を揃えて言った。

その言葉に反応してか、周囲の人も話に加わってくる。


「あれは美しいよな!」

「あぁ!仲間がやられても一切表情を変えずに敵兵を屠っていく姿は今でも忘れられねぇよ!」

「ラータ様とツーマンセルを組まれた時もあったよな!」


口々に飛び交うのは、今のアヴィスさんの印象とはかけ離れたものだった。

まるで別人のことを語っているかのように感じてしまう。


どことなく寂しさを感じながら彼らの話を聞いていた時、闘技場が一際大きく盛り上がった。

中央のグラウンドに目を向けると、ラータさんはアヴィスさんの魔法で作られた氷の壁に閉じ込められていた。


「降参するか?」


アヴィスさんの挑発的な言葉に直接的な答えはない。

その代わりとでもいうように大きな爆発が起こった。



先程まで色々語ってくれた2人はいち早く危険を察知し、私を爆風から守ってくれる。


「大丈夫ですか?」

「はい、ありがとうございます」


私を守ってくれた男性にお礼を言って、再びグラウンドを見る。

すると、氷の壁からラータさんが出てくるところだった。



「あー、悪ぃな。よく聞こえなかったから壊させてもらったわ。もう1回言ってみ?」

「…その剣、綺麗だなって言ったんだよ。今度は聞こえたかい?」


アヴィスさんは目を細めてラータさんが握っている剣を見る。

その剣は美しい炎を纏っており、燃え尽きる様子を微塵も見せない。


「ありがとよ。…これは俺の戒めだ」


ラータさんは軽く剣を振る。

それだけで風が巻き起こり、熱気がこちらにまで伝わってくる。


「……後悔したのはお前だけじゃない」


ラータさんのが小さく震えているように感じているのは気のせいだろうか。

その言葉にアヴィスさんは少し泣きそうな顔で笑った。


「ありがとう」


そう呟き、アヴィスさんは杖の先をラータさんに向けた。


次の瞬間、杖は鋭く尖った氷の剣に変わる。

太陽の光を浴びても溶ける様子を見せない剣はラータさんの炎の剣同様、永遠を思わせる不思議な雰囲気があった。


「そろそろ終わらせようか」

「おう」


アヴィスさんは一気に距離を詰め、ラータさんに斬りかかる。

ラータさんも負けじと斬り返し、激しい攻防が繰り広げられた。



「凄いな…」


隣にいる人が感嘆の声を漏らす。

しかし私は目の前の戦いよりも先ほどのアヴィスさんの表情が頭に焼き付いて離れなかった。


なぜあんなにも辛そうな顔をしていたのだろう。


その理由を知りたいと思ったが、今はこの戦いを見届けることにした。



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