第11話


「んあ?先客がいたか」


気の抜けた声に振り向けば、そこには深紅の瞳に燃えるような真っ赤な髪をオールバックにした男性が立っていた。

アヴィスさんや陛下よりも年を取っているが、ガタイが良いためか比較的若く見える。


「ラータ、良いところに来たな。お前もアヴィスに言いたいことは山ほどあるだろう?」

「おぉ、先客は誰かと思ったら3年間失踪した上に戦場にも現れず、職務放棄をし続けた挙句さっき俺に捕まったアヴィスじゃねぇか」


ラータと呼ばれた男性はアヴィスさんを早口でそう捲し立てた。

どうやらアヴィスさんの知り合いらしいが、それを聞いた途端アヴィスさんの顔が青ざめていく。


「……え、っと、ちょっと待て」

「いやー、お前が逃げたって聞いてすぐに捜索隊を派遣したのに上手いこと逃げやがって。おかげで俺の隊はしばらく捜索に駆り出されて訓練にならなかったんだぞ?」

「いや、だからちょっと待ってくれって!」


焦るアヴィスさんを見て陛下は楽しそうに微笑んでいる。

いや、楽しんでいるというのか愉悦に浸っているというか…。


「あのー」

「ん?え、あんた…」


ラータさんは私を見て驚いたように目を見開いて固まってしまった。

そういえば、初めて会ったアヴィスさんもこんな反応をしていたな、とふと思い出す。


「えーと、初めまして。ナルミと申します」

「ナルミ…」


心ここに在らずといった様子で復唱される。

何か変なことでも言ったのかと考えるも、特に何も思い当たらない。

すると、陛下が呆れたようにため息をつく。


「おい、ラータ。いつまでそうしているつもりだ。ナルミさんが困っているだろう」

「へ?あ、あぁ、悪い……」

「いえ、大丈夫ですよ」

「アヴィスさん、ラータには牽制しなくていいのか?」


国王は意地悪そうな笑みを浮かべると、アヴィスさんは素直に頷いた。

それから私の手を引いて一歩前に出ると、先程まで泳がせていた視線をラータさんにしっかり合わせた。


「僕の妻のナルミさん」

「……は?」

「妻」

「……」

「妻です」

「……あぁ、うん。もういい」


ラータさんは片手で顔を覆い、もう片方の手を上げると降参の意を示した。


「ちなみにいつ結婚は決まったんだ?」

「さっき」

「お前そろそろいい加減にしろよ」


ラータさんはため息をつくと私を見下ろしてきた。

身長差もあるせいか、結構迫力があって怖い。


「俺はラータ・ルベルド。この国の魔法使いで、炎の代表者兼軍の指揮隊長を担っている。よろしくな」

「こちらこそお願いします」


差し出された手を握り返すと、意外に強い力で握られた。

少し痛いなと思っていると、彼はすぐに私から手を離して今度はアヴィスさんを見やった。

しかし、その目には何故か哀れみの感情が含まれていた。


「よく耐えたな」

「…うん」


アヴィスさんは小さく返事を返した。

それからラータさんはアヴィスさんの頭をポンポンと撫でると伸びをした。


「まぁ、なんだ。これからアヴィスのこと頼むわ」


ラータさんは私に目を合わせてそう言って微笑んだ。

色々疑問に思うことはあったが、とりあえず頷いておいた。


ラータさんはそのまま踵を返すと扉に手をかける。


「用事は良いのか?」

「んー、また来るわ。備品の話だし」

「分かった。……あぁ、そうだ」


陛下は何かを思い出したようでラータさんを呼び止めた。

ラータさんは振り返ると首を傾げた。


「どうした?」

「アヴィスの申し出でナルミさんを城で雇うことになった。そこでこれから見学に行ってもらおうと思ったのだが、どうせなら訓練所を案内してきてくれないか?」

「分かった。ついでにアヴィスに灸を添えておく」

「ははは、頼んだぞ」

「……僕の意見はないんですか」


2人の会話を聞いてアヴィスさんは不服そうに呟く。

しかし私は訓練所という場所に興味があったので、見学できるのはとても嬉しい。


「よし、じゃあ行くか」

「はい!よろしくお願いします!」

「ちょ、ちょっと!?」


アヴィスさんは慌てて止めようとするが、ラータさんが素早く彼の首根っこを掴む。


「お~?逃げるってことはまだ反省してないな」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

「そろそろ腹括れよ」

「はい…」


こうしてアヴィスさんは項垂れながらラータさんに担ぎ上げられた。

その様子を見て、陛下は楽しそうに笑う。


「ほら行ってこい。ナルミさん、希望の部署が決まったらまたアヴィスと2人で来てくれ。書類はその時書いてもらう」

「分かりました。ありがとうございます」


もう一度陛下に頭を下げてから部屋を出た。

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