第10話



しばらくして体を離すと、どちらからともなく笑い合う。


「でも結婚となると私も仕事を探さないといけませんね」

「僕の収入だけでも心配ありませんよ。魔法使いはそれだけ稼げるんですよ」

「いえ、そういうわけにはいきません」

「僕としてはナルミさんが側にいてくれるだけでいいんですけど…」


これに関しては一切譲る気はないので丁寧にお断りする。

困ったように眉を下げるアヴィスさんに申し訳なさを感じるものの、元の世界にいた時は夫の監視のせいでまともに働けなかったので、せめてこの世界では労働というものをしてみたい。


「うーん、じゃあナルミさんもお城で働きますか?」

「へっ!?」


思いも寄らぬ提案に素頓狂な声をあげてしまった。


「まだ慣れないことが多いと思いますし、お城なら僕の権限で多少なりは融通を効かせることができますから」

「え…でも、」


また監視が始まってしまうのではないかと不安げにアヴィスさんを見ると、安心させるように頭を撫でられた。


「ナルミさんの嫌がることはしませんし、お城で働くことを強制しているわけではないのでそんなに警戒しなくて大丈夫ですよ」


その言葉にほっとすると同時に、やはり彼の優しさが胸に染みた。

そうだ、私だって前に進まないと。


「じゃあ、アヴィスさんのお言葉に甘えてお城で働いてもいいですか?」

「本当!?なら早速許可貰いに行こっか!」


アヴィスさんは嬉しそうに顔を綻ばせると、待ちきれないと言ったように手を引く。

その様子はまるで子供のように無邪気だった。

彼があまりにも可愛らしく見えてしまい、私もつられて笑った。






アヴィスさんは迷いなく城内を進み、とある部屋の前に着いた。

明らかに他の部屋よりも豪華で厳重な作りの扉に、中にいる人物に容易に想像がついてしまう。


「ここって……」

「国王陛下の部屋です。でも友人みたいなものですし、そんなに身構えなくていいですよ」


彼はノックした後、返事を待たずに扉を開けた。


「失礼します。ちょっとご相談したいことがあります」

「おぉ、アヴィスではないか。ノックをしてから入ってくる魔法使いはお前ぐらいだよ」


そう言って笑ったのは若い男性だった。

国王というともしゃもしゃの白い髭にでっぷりとした体型の中年が思い浮かんだが、実際にいたのは顔の整っている男性だ。

おまけに体は引き締まっており、太陽の光が彼の綺麗な金髪に反射している。


陛下は特に驚く様子もなく、寧ろノックをしたことを褒めていた。

っていうか、他の魔法使いはノックしないのかよ。


「それで、頼み事とは何かね?」

「実はナルミさんをここで雇ってほしいのです」

「…ナルミさん?そちらの女性のことか?」

「陛下、余計なことは言わないでくださいね」


間髪入れずアヴィスさんが鋭い声で釘を刺す。

私には何のことか分からないが、陛下は頷くと値踏みするようにじっと私を見つめてくる。

なんだか居たたまれないたまれない気持ちになって目を逸らしてしまう。

急に見ず知らずの人が来たら怪しむよね…。


何を思ったのか、アヴィスさんは突然私の手を陛下に見えるように握った。

嫌な予感がして止めに入るより前にアヴィスさんは背を伸ばした。


「僕の妻です」

「はぁ!?」

「妻です」

「…いや、2回言わなくても聞こえている」


アヴィスさんの言葉に陛下はしばらく固まっていたがゆっくりとため息をついた。


そして再び陛下に見つめられる。


しかしその視線はすぐに柔らかいものに変わった。


「ふむ……まぁ、アヴィスが認めるならきっといい人なのだろう。よし、ここで働くことを許可しよう」

「さっすが陛下。話せば分かってくれますね」

「…で、配属したい部署への希望はあるのか?」

「これから見学に行こうかと」

「そうか。…して、アヴィス」


陛下は先程とは違う恐怖を感じさせる笑みを浮かべる。


不思議に思っていると陛下は机に肘を立てて両手を組んだ。

それだけの動作なのに一気に彼からの圧が増したような気がする。


「お前、3年間も会議に出席しなかったくせに頼み事とはいい度胸だなぁ」

「あ、あはは……す、すみません……」

「しかも他の代表者との連絡も断ち、挙句の果てには無断で引っ越して失踪とは。覚悟はできているんだろうな?」

「そ、それは仕方ないというか…僕も必死だったというか…」


しどろもどろになりながら言い訳をするアヴィスさんに、陛下は笑顔で頷いている。

しかし目は全く笑ってない。


怖い、怖すぎる。

イケメンの笑顔はこんなにも怖いのか。


アヴィスさんも冷や汗を流しながら、徐々に後退していく。


その時、私たちが入って来た扉がノックもなしに開いた。

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