第7話
残された私とアヴィスさんの間には沈黙が流れる。
先に口を開いたのはアヴィスさんだった。
「あの、ナルミさん」
「は、はい!」
緊張して思わず大きな声で返事をしてしまった。
恥ずかしくて顔に熱が集まるのを感じる。
「……その、出会った数日の男にいきなりこんなこと言われても困るとは思うんですけど」
そこで一旦言葉を切ると深呼吸をして意を決したように口を開く。
その瞳は真っ直ぐにこちらを向いていた。
「__僕と結婚してください」
優しく紡がれた言葉を上手く飲み込むことができなかった。
無意識に肩に力が入る。
「えっと、」
夫とそっくりな顔で見つめられる。
その顔を怖いと思う反面、もう一度信じてしまいたくなった。
「私は、元の世界で夫から暴力を受けていました。傷も多いですし、きっとあなたが思っているよりも私は色んな意味で汚いです」
言葉を濁しながら話しても意味がないと思い、はっきりと告げる。
「だから、」
「それが何ですか」
アヴィスさんは遮るように言った。
その表情はとても穏やかだ。
「どんな過去があったとしても、あなたのことが好きな気持ちは変わりません。それに……」
一拍置いて彼はふわりと微笑んだ。
「今のあなたは綺麗ですよ」
その笑顔に胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。
あぁ、学んでくれよ。
何度騙された?
何度絆されて傷ついた?
いい加減学習してくれ。
なのにどうしてまだ足掻こうとするんだ。
「もう、やめ、て」
「ナルミさん」
いつの間にか泣いていた。
目の前には心配そうなアヴィスさんの顔がある。
「私は…もう、幸せにはなれないんです」
「…」
「いつまでも過去を引きずって。いつか、アヴィスさんのことまでも傷つけてしまいます」
「僕は大丈夫です。あなたが僕の隣にいてくれるなら、どんな痛みだって受け入れましょう」
アヴィスさんはそう言って手を差し伸べてきた。
しかし、それを掴んでいいのか分からなかった。
「……ごめんなさい」
結局彼の手を取れずに俯いてしまう。
しかし彼は諦めることなく再度尋ねてくる。
「僕のこと、嫌いになりましたか?」
「違い、ます。でも、」
「でも?」
「……怖いんです」
そう、怖いのだ。
また裏切られるのではないかと。
この人も私を裏切るのではないのかと。
過去が絡みついて上手く前に進めない。
「ごめんなさい」
黙っていれば、唐突にアヴィスさんが頭を下げた。
何が起きたのか分からず固まっていると、ゆっくりと彼が口を開いた。
「僕はあなたが怖いなら仕方ないと諦めることができるほど優しくないみたいです」
顔を上げたアヴィスさんは困ったように眉を下げた。
「どうか、僕を信じてください」
真摯に訴える彼に心動かされそうになる。
しかし、やはり過去のトラウマは消えてくれない。
「……少しだけ時間をください」
「分かりました。待っています」
アヴィスさんはあっさりと引いた。
もう少し粘るかと思ったが、意外だった。
「でも僕はそんなに気が長い方じゃないので、早めにお願いしますね」
冗談交じりに笑みを浮かべながら言われた言葉につられてつい笑いそうになった。
「分かりました」
小さく返事をすれば彼は満足げに微笑む。
そして椅子から立ち上がると、そのまま扉の方へ歩いて行く。
「じゃあそろそろルクスを呼んできますね。今日は退院できないと思うのでまた明日来ます。お大事に」
「ありがとうございます」
アヴィスさんは手を振って部屋を出て行った。
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