第3話


あまりに静かな部屋に違和感を感じて飛び起きる。

朝食を作り忘れたか、夫の見送りに遅れたか。

怒号が飛ぶ前に何とか間に合わせようとベッドから立ち上がったところで見覚えのない部屋に立っていることに気づいた。


「あ…そっか。私、異世界?に来たんだった」


昨日のことなのにすっかり忘れていた。

太陽はすでに高く上っているはずなのに氷の家は一切溶けていない。

どうやら私が知っている常識は魔法の前では役に立たないようだ。


「ナルミさーん」


不意に外から自分を呼ぶ声が聞こえた。

窓から外を見れば、紙袋を持ったアヴィスさんが手を振っていた。

急いで家を出て彼の元へ行く。


「おはようございます。よく眠れましたか?」

「はい、おかげ様でぐっすりでした」


今日も彼に会えたという嬉しさで胸がいっぱいになる。

アヴィスさんは私の返答に満足げに笑うと持っていた紙袋を差し出してきた。


「よかった。朝ごはんがまだかと思いまして、パンを買ってきちゃいました」

「え、わざわざすみません。お金払います!」


慌ててポケットをまさぐるも何もない。

それもそうか。

わざわざ死ぬ時にお金を持ってくるようなことはしない。


「大丈夫ですよ。僕が勝手にしたことですし」

「でも何かお礼をしないと気が済まないといいますか」

「うーん、それなら今日も僕とお話していただけませんか?」


彼は照れたように頬を掻いた。

その様子が可愛らしくて思わず笑みが零れた。



2人で木陰に腰かける。

それからこの世界について色々教えてもらった。


国同士の争いが絶えないことや、アヴィスさんはお城に魔法使いとして仕えていること。

そもそも魔法は皆が使えるものではなく限られた人間にしか使えないもので、それは生まれた瞬間に決まるらしい。


「私のように異世界から来た人は他にもいるんですか?」

「僕は聞いたことないですね。探せばいるかもしれませんが望みは薄いと思います。異世界という仮説に辿り着いたのは、文献で目にしたことがあったからです。それに…」


アヴィスさんの言葉が段々と遠ざかる。

さらに視界が歪んできた。

幾度となく体験してきたその症状が熱中症だと気づくには時間がかからなかった。

しかし、腕が傷だらけのため袖を捲るわけにはいかなかった。

アヴィスさんはそんな私の様子に不思議そうに首を傾げる。


「顔真っ赤ですが大丈夫ですか?」

「外に出るのが久々で…少し暑いだけですのでお気に、」


そこまで言ったところで全身から力が抜けた。


気づけば頬に草の感触を感じる。

倒れたのだろうということは容易に想像できた。


「____!?」


アヴィスさんが慌てた様子で何かを言っている。

言葉は聞こえるが、何を言っているのか理解できない。

そのまま私の意識は暗闇へと消えていった。

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