第1話


暖かな日差しと鳥の声。

ゆっくりと瞼を開き体を起こすと、そこには見慣れない景色が広がっていた。

見たこともない木々と綺麗な小川、遠くに見える大きな建物。

その全てが幻想的で思わず息を飲む。


その景色に見惚れていれば、背後から足音が聞こえた。

振り返るとそこには青色の刺繍が施されたローブを羽織った男性が立っていた。

年齢は20代くらいだろうか、黒髪と青色の瞳のコントラストが特徴的だ。

男性は私を見て驚いたように固まるも、口だけは何かを言葉にしようと必死に動かしていた。


「……あの?」


恐る恐る声をかけてみる。

すると男性はハッと我に返り、私に近づいて声をかけてきた。


「大丈夫ですか?」

「えっと……はい」


戸惑いながら答えれば、男性は私に手を差し出してくれた。

きっと彼は私が立ちあがる手助けをしてくれようとしたのだろう。

しかし私は素直に彼の手を取ることができない。



それは彼と夫があまりにも似ているから。



唯一違うのはその綺麗な青い瞳だけ。

いつまでも手を取らない私を不思議に思ったのか、彼は心配そうに顔を覗き込んできた。


「本当に大丈夫ですか?どこか怪我をしているんじゃ……」


その言葉で確信する。

この人は違う、私の夫ではないと。

だってこんなにも優しいもの。


頭では分かっていても体が震えて思ったように動かない。

無理矢理力を入れて自分で立ち上がる。


「ありがとうございます。おかげさまで助かりました」


彼の顔をまともに見ることができないままその場を立ち去ろうと踵を返す。

しかしそれを阻むかのように、彼は私の手首を掴んだ。


「あの、どうしてそんな泣きそうな顔しているんですか?僕でよければ話を聞きますけど……」

「やめて!」


咄嵯に出た叫び声で彼の言葉を遮る。

掴まれた腕を振り解こうとしたが、恐怖で体が動かない。


どうしよう、なんて言えばいいの。


パニックになった私の脳内は謝罪の言葉で埋め尽くされた。


「ごめん、なさい…ごめんなさい…」

「え、あの」

「ごめんなさい…許して」


謝り続ける私を彼は困惑しながら見ていた。

やがて彼は困ったように微笑み、優しく語りかける。


「僕は大丈夫ですから落ち着いてください」


その一言で私はその場に崩れ落ちるようにして座り込んだ。

彼は何も言わず隣に座ってくれた。

その優しさについ涙が溢れそうになるのを堪える。


しばらくして私が落ち着きを取り戻したのを確認してから、彼はおもむろに立ち上がった。


「僕の名前はアヴィス・クローデットといいます」


唐突の言葉に首を傾げる。

何のための自己紹介なのか分からなかった。

意図がわからずに黙っていると彼は続けた。


「あなたのお名前を教えていただけませんか?」


自己紹介なんてロクにしたことがない。

どうしていいのか分からないが、アヴィスと名乗った男性は根気よく待ってくれる。

緊張しながらも小さく自分の名前を呟いた。


「早瀬 成海です」

「ハヤ…?」

「えっと…ナルミです」

「ナルミ…。とても素敵な響きのお名前ですね」

「あ、ありがとうございます」


嬉しそうに笑う彼につられて私も笑顔になってしまう。

さっきまであんなに怖かったはずなのに、今では彼が隣にいるだけで安心する自分がどこか憎らしかった。


まだ懲りないのか。

もう十分傷ついただろう。

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