後編



ピンポーン



二度目のチャイムが鳴った。


(誰?ホントにきたのか?ストーカーが?)


携帯を持つ震える手をもう片方の手で押さえつけた。


(誰が来たのか確認だけ…)


物音を立てないよう静かに玄関に近づいていく。


コンコン


小さく扉がノックされてその奥から声が聞こえた。


「めくる先輩。開けてください」


その声を聞いて目を見開いた。驚いて口も開いた。でも、声は我慢した。

会社の後輩Iちゃん。本名「櫻井衣琴(いこと)」だった。


(え!?いことちゃん!?どうして私の部屋知って…)


再び扉がノックされる。

「先輩。開けてください」


(ど、どうしよう…でも、何か用事があって来たのかもしれない…)


何かあればすぐ連絡取れるように電話帳画面にしたままポケットに携帯を忍ばせた。


鍵を開けて静かに扉を開いた。そこにはいつものふわふわ髪で普段はスーツ姿しか見た事ないいことちゃんが私服姿で息を切らして立っていた。


「ど、どうした―――」


いことちゃんが私が静かに開けていた扉を無理やり勢いよく開け玄関に入り、その勢いのまま私の口をいことちゃんの手が塞いだ。背中に壁がぶつかって鈍い音がした。

いことちゃんがもう片方の手で扉の鍵を閉めチェーンをかけた。静かに私の方に振り返ってくる。

全身から嫌な汗が流れる。


(これはどういう事……ホントにいことちゃんがストーカーで私の部屋に無理やり入って来たってこと!?)


私を上目遣いで見上げるいことちゃんが声を小さくして話す。


「騒がないで」


コクコクと頷いて意思表示をする。それでも口を塞いでいる手は離してはくれない。

声は小さいままでいことちゃんが話を続けた。


「otokiって私の事です」


驚愕して声が出そうだった。いことちゃんの手が口を塞いでるので口から詰まった音が出た。


(いことちゃんがotoki?なんで急にそんな話を?…otokiの最後のコメントはなんだった?『頭文字』確か意味不明なコメントだった。それにストーカーは日記を見ている可能性も出ていた。otokiは最初の方からコメントを残してくれていたし知っているはず…最新のコメントは誰かわからないが『大丈夫?今から行くね』というコメント…もしかしたらいことちゃんのコメントなのかもしれない。まさか…ストーカーがいことちゃん!?)


「勘違いしないでください。私はストーカーじゃない」


私の考えてることを読み取ったのか、私の足の間にいことちゃんの足が入り膝ドンされた。膝ドンって何だ?

(ストーカーはストーカーなんて自白はしないんじゃないかな!?)


「手離しますけど、騒がないでください。もしかしたら盗聴器、隠しカメラがあるかもしれないので」


(盗聴器?隠しカメラ?そんなものあるの?私の部屋に?)

いことちゃんの手が離れていく。私は深呼吸をしてから静かに頷いた。靴を脱いで1Rの部屋に入っていとこちゃんが向かったのは部屋の隅に置かれた机と椅子。その上にはノートパソコンが置かれている。


「いつもこれで投稿してるんですか?」


頷く


いことちゃんはノートパソコンを見るのかと思ったけど、振り返りパソコンとは反対側の壁に置かれた本棚を携帯のライトを当てながら漁り出した。何かがキラっと光った気がした。

普段使わないような雑貨類が置かれた段に私が知らない置き物が置かれていてそこには小さな黒い穴が開いていた。いことちゃんが無言で置き物の後ろを開くと機械が入っていて何かいじって、机に置き物を置いた。


「ひとまずこれで大丈夫だと思います」

「あ、ありがとう」


ずっと緊張した表情をしていた、いことちゃんが優しく微笑んだ。


「mentaikoさん」


(mentaikoさん?)


「ストーカーはmentaikoさんだと思います」

「え?」

「mentaikoさんのコメントが不自然だったのもありますし、それとこの隠しカメラの位置」

「otokiさんの『頭文字』っていうコメントも変だと思う」

「あれは知らせようと思ったんですけど、mentaikoさんの名前を出すわけにはいかなくて……」


「mentakoさんのコメントの頭文字を続けて読むと」


『めくるうしろみて』



(私はかなり恐怖した。毎日毎日コメントしてきて、それを繋げたら言葉になるようにし…しかも振り向けば隠しカメラが設置されていて、知らない間に私の部屋へも侵入したんだろう。もうこの部屋には住めないと思った。今すぐにでも出て行きたかった)


手が震える。恐怖で体が震える。気づけば座り込み手で自分の肩を抱いていた。



ピンポーン



本日三度目のチャイム


肩が跳ね震えが大きくなる。呼吸も浅く早くなっていく。

いことちゃんが私の手を強く握ってくれた。


「大丈夫です。鍵もチェーンもかけてあります。あと、来る前にryouko先輩にメッセージを送ったので、もしかしたらryouko先輩かもしれません。家もryouko先輩に聞いたんです。勝手にすみません」


いことちゃんが私の手を引っ張り2人で立ち上がって玄関に向かう。



ピンポーンピンポンピンポン



チャイムが連打されまた体が強張った。立ち止まり動けなくなる。

ドアの向こうから声が聞こえてきた。


「めくる先輩!開けてください。そこにいるんですよね?」


男の声。聞き覚えのある男の人の声だった。


(なんで…ここにいるの?)


「太田くん…」


いことちゃんが小さく呟いた。太田くん。会社の後輩Oくんだった。


「なんで太田くんがここにいるの!?」

「あ?その声櫻井か?お前こそなんでいんだよ!」

「こっちの質問に答えて!まさか、隠し撮り写真とかカメラとか全部太田くんの仕業だったの!?」

「なんだよお前!櫻井には関係ないだろ!めくるそこにいるんだろ?プレゼントのリップどうだった?使ってみた?めくるに似合うと思ったんだよ」


(リップ……カバンにいつの間にか入れられていたやつ…そういえば前の日太田くんに近くまで送ってもらって…まさかその時にリップをカバンに……その後跡をつけられて家の場所まで?わからない…もしかしたらもっと以前から家の場所は特定されてたかもしれない。体調を崩した時も、隠してたのに気づいたのってカメラのせい?家で体調悪そうにしてたのをカメラで見てたのか?)


恐怖でまた座り込んでしまった私にいことちゃんが守るように抱きしめてくれた。私も怖くていことちゃんの服をぎゅっと掴んだ。


「なんでこんなことするの!?」


いことちゃんはドアに向かって叫ぶ。


「めくる先輩は『いことちゃん。いことちゃん』って櫻井のことばっかり可愛がって俺だって後輩だよ!日記にだって櫻井が可愛いだの彼氏はいるのかだの…櫻井は女だろ!付き合うなら男の俺だろ!?」


(こんなことをするような奴なんて願い下げだ)


体の震えが止まらない。怖くなってしがみつくようにいことちゃんに抱きついた。それに気づいてぎゅっと抱きしめ返してくれる。


「うるせーやつだな。さっきから何喚いてんだよ」

「あんた誰?警察呼んだからもうすぐ来るんだけどお話聞かせてくれる?」


また違う男の声が聞こえてきた。その後最近聞いたばかりの女の人の声。


「yu-ji?ryouko?」

「あ、ryouko先輩来てくれたみたいですね」


「あ!おい!逃げるな!!!!」


バタバタと足音が聞こえて遠くなっていく。





コンコン



「めくる。大丈夫?」


いことちゃんが私から離れてドアの鍵を開けてくれる。


「ryouko先輩…」

「ごめんね。遅くなって…もう大丈夫だから。yu-jiの足は陸上で鍛えられてるしすぐ捕まるって。いことちゃんもめくるの事ありがとう」

「いえ…ryouko先輩もありがとうございます」

「ryoukoありがとう」

「いいっていいって!……っと、警察来たみたいだからそっち行くわ。いことちゃん。もう少しめくるの事お願いしていい?後はこっちでやっとくからさ。ホテルか…どっかで休ませてやってよ。ここじゃない方がいいでしょ?」

「わかりました」

「じゃ、後よろしくね!また連絡するから」


パタパタと手を振ってryoukoは警察の対応に向かってしまった。


「大丈夫ですか?」

「う、うん」


体の震えは大分治ってきたけど、まだ心臓はバクバクしていてまだ恐怖が取れていなかった。下を向き小刻みに震える手をみていると、いことちゃんが抱きしめて大丈夫ですよと背中を摩ってくれる。

ふわふわな髪からの香りといことちゃんの体温に心臓も徐々に落ち着きを取り戻していった。


「めくる先輩。ウチ来ます?」

「え?」

「ここから割と近いんですよ?ダッシュで来れちゃうくらいには」


ニコッといことちゃんは優しく笑ってくれた。



私は小さく頷いた。

「行く」




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日記を始めたら隠し撮り写真を入れられた シャクガン @yamato_

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