第10話 狂っている

 1人になったリビングのソファーにて、上の空になっていた。


 頭はからっぽの状態。


 けれども、心はちゃんと満たされている。


 先ほどまで、最高のメイドさんが、ご奉仕してくれていたから。


「ヤバかった……」


 俺はドSじゃないし、支配者になりたい願望なんて持ち合わせていない。


 好きで愛する人とは、ちゃんと対等な立場でいたいと思っている。


 けれども、俺だけのメイドになって、俺だけに服従を誓って、ご奉仕をする悠奈はるなさんは……最高だった。


 そして、俺は最低である。


 いくら、悠奈さんから望んでそうしてくれたとはいえ、調子に乗り過ぎた。


 だから、上も下もすっからかん。


 けど、体の中心、心はあり得ないくらいに、満たされている。


 この気持ちは何だろう?


 惚れたメスを服従させる。


 これが、オスの本能とうやつなのだろうか?


 だとすれば、俺は自分という生き物を、心底軽蔑する。


「ただいま~!」


 陰鬱な俺に対して、どこまでも陽気な女が帰って来た。


 相変わらず、疲れた様子の男を連れて。


「おかえり」


「やあ、息子くん。おっ、さすがハルちゃん。相変わらず、きれいにしてくれるね~」


 母さんは感心したように頷く。


「んっ? でも……」


 けど、ふいに目を細めた。


「えっ?」


「……いや、何でもない」


「ああ、そうだ。は……おばさんが、冷蔵庫に作り置きをしてくれているけど……」


「マジ? ありがてぇ~!」


 母さんはビュンと冷蔵庫に向かう。


 父さんはスンと肩の力が抜けて、


「悪いけど、先にお風呂をいただいても良いかな?」


「じゃあ、あたしも一緒に入る」


「いや、それはちょっと……」


「何よ、嫌なの?」


「嫌という訳では……」


「母さん、父さんを好きな気持ちは分かるけど、たまには一人にしてあげなよ」


「何よ、お子さまのくせに、分かった風な口を利いて」


「悪かったね」


「いや、でも……ううん、何でもない」


 またしても、母さんは含みのある言い方をした。


 もしかして、俺と悠奈さんの営みに気付かれたと思ってドキッとするけど、


「仕方ない、ハルちゃんの絶品手料理でもいただくから、雄二ゆうじさん先におフロ行っといで~」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 父さんは去り際、俺にすまんと片手を上げるポーズを見せた。


 お疲れさまです。


 一方、旦那からたんまり精気を吸って今日も元気なサキュバス女さんは、


「芋の煮っ転がしうめ~!」


 やはり、幸せそうだ。


「あ~、ハルちゃん、うちの嫁にならないかな~」


「何だよ、急に」


「もう、家政婦じゃなくて、マジ嫁になってくれないかな~って」


「……はぁ」


「一平、あんた、ハルちゃんと結婚しなよ」


「ぶふっ……」


 何も飲んでいないのに、ひどくむせた。


「い、いきなり何を言うんだよ。俺とおばさんが、結婚とか……」


「てか、ぶっちゃけ、ハルちゃんのこと、どう思う?」


「ど、どうって……おばさんは、優しくて、きれいで……」


「爆乳だしな~、ボイン、ボイン♪」


「あんた、酒入っているの?」


「ううん、シラフ」


「すげぇな……」


「だって、美帆みほちゃんとは付き合わないんでしょ?」


「……まぁ」


「じゃあ、ハルちゃんで良いじゃん」


「どんな理屈だよ。俺とおばさんは、親子ほども歳が離れているし……全然、釣り合わないっていうか……」


 あれ、自分で言っていて、何だか悲しくなって来た。


 先ほどまでの夢の時間が嘘のように、唐突に現実を突きつけられる。


 これ、どんな自虐プレイだよ。


「大丈夫よ」


「何が?」


「あんた、お父さんに似て、ちゃんとチ◯コがデカいだろうから」


「……それが息子に言うことか?」


「知っている? アラフォー女って、若い女に比べて、めっちゃ性欲強いんだよ?」


「お、おいおい……」


「閉経間近で、最後に好きな男の子供を孕みたくて……ね?」


「…………」


 俺は口を閉ざす。


 悠奈さんは汚れなき、美しき女性。


 でも、性行為の時は、ちゃんと荒ぶることを知っている。


 あの、とても大きなお乳と共に。


 否応なしに、知っている。


「てか、この前、ハルちゃんの元夫と会ったんだけどさ~」


「えっ、そうなの?」


「うん。まあ、ツラは良いけど、ぶっちゃけ、チ◯コはちっさそうだった」


 母さんは下品に笑いながら言う。


 本当に、最低の女だな、この人は。


「だから、ずっと、欲求不満だったんじゃないかな~? もったいない。何度か、雄二くんのチ◯コレンタルしようと思ったことか」


「トチ狂ってやがる……」


「うん、だって、雄二くんのデカ◯ン、本当にすごいから♡」


「……俺、自分の部屋に行くわ」


「お風呂は?」


「後で入る」


「ふぅ~ん?」


 母さんは、また意味ありげな目線を向けて来る。


 俺は逃げるようにして、リビングを後にした。







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