◆英人視点 強い男

 シャレたオフィスで軽やかに仕事をこなしていた俺に、1本のメールが入った。


『今日、ママに帰りが遅くなるって連絡したよ』


 愛しの娘、美帆みほからだ。


『よし、じゃあ、これからお茶でもしようか』


『パパ、仕事中じゃないの?』


『もう終わらせるから』


『ラクな仕事ね』


『まあ、俺はシゴデキだからな』


『あっそwww』


 愛娘との他愛もないやり取りはそこそこに、席を立つ。


東郷とうごうさ~ん、今日こそはご飯に行きましょうよ~」


「美味しいイタリアン、見つけたんです~」


「私たちが、おごりますから~」


 麗しき乙女たちが、メスの香りをプンプンと漂わせながら、俺に寄って来た。


「ハハハ、可愛いレディたちにおごってもらうだなんて、申し訳ないからさ」


「「「え~」」」


「今度、改めて、俺がごちそうするよ。もちろん、デザート付きで」


 ウィンクして言うと、彼女たちは『キャー!』と沸く。


 全く、単純で愛らしい、メスどもだ。


「じゃあ、お先に」


「「「お疲れさまで~す♡」」」


 颯爽とオフィスを去る俺に、


「よう、東郷。帰り際に、一服どうだ?」


 同期の男が声をかけて来た。


 こいつも、俺ほどじゃないにせよ、仕事は出来る方だ。


「いや、遠慮しておくよ。これから、女に会うから」


「何だ、先約がいたのか。ちなみに、どんな女?」


「JK」


「おまっ……とうとう、やらかしたのか」


「ちな、娘」


「ああ……離婚した奥さんが引き取ったんだっけ?」


「そうそう。ちなみに、ここだけの話、目下その元妻と復縁を狙っているから」


「マジで? お前が1度切った女と復縁だなんて、相当イイ女なのか?」


「そうだな。とりあえず、美人で巨乳、いや爆乳だ」


「単純だな~」


「あと、従順だし……俺と付き合って、結婚していた頃の話だけど」


「でも、最後には結局、離婚を言い渡されたんだろ?」


「まあ、俺が浮気して、相当に傷付いていたみたいだからな~」


「本当に、お前ってクズだよな」


「ありがとう」


「いや、褒めてねーし。何で、お前みたいなやつが、営業成績トップなんだよ」


「ブッチギリの、な。だから、私服だし出退勤も自由で余裕~♪」


「ホント、お前を見ていると、神も仏もあったもんじゃないな」


「確かに。ごめんな、何もかも持っていて」


「うるせえ、さっさと行け」


「怒るなって。今度、良いセ◯レを紹介してやるから」


「このクズめが」


 野郎との会話はそこそこに、俺は今度こそ会社を後にした。


 ひとたび街を歩けば、周りの女がみんな、俺のことを見つめる。


 男連れだろうと、関係なく。


 その際、モテない野郎どもが睨みを利かせるけど、痛くもかゆくもない。


 所詮、負け犬どもなんだから、ちゃんと自覚しておけ。


 そして、俺はとあるカフェに入った。


「いらっしゃいませ、1名さまでしょうか?」


「うん、可愛い女と待ち合わせをしているんだ。君も可愛いけど」


「そ、そんな……」


 と、チョロ可愛いメスちゃんを脇目に、俺は席へと向かう。


「パパ、こっち」


「おお、美帆」


 愛娘は先にミルクティーをたしなんでいた。


「ナンパされなかったか?」


「されかけた。パパが遅かったせいで」


「悪い、悪い。会社の女の子たちが誘ってしつこくてさ~」


「はん、さぞかし、楽しい人生でしょうね」


「ああ、最高に。ホント、神様に感謝だぜ」


「神も仏もあったもんじゃないわね」


 と、美帆が言うものだから、俺はつい噴き出してしまう。


「何よ?」


「いや、さっき同期のやつに、全く同じことを言われたから」


「なるほど、パパはみんなに嫌われているんだね」


「ああ、女以外に、な」


「でも、ママだって、パパのこと嫌いだよ? 本当に、こっからまた、落とせるの?」


「誰に言っているんだ?」


 と、俺が笑って言うと、美帆は複雑な面持ちで視線を逸らす。


「あの……ご注文はお決まりでしょうか?」


「ああ、先ほどの可愛い子ちゃん。じゃあ、ブレンドを頼む」


「か、かしこまりました」


 可愛いメス子ちゃんは、またそそくさと去って行く。


「ホント、息をするように女を口説くのね、死ねば良いのに」


「何だよ、嫉妬か? そうだな、お前の最大の幸福は俺の娘であることであり、また最大の不幸もそれ然りだよ」


「黙れ、この自惚れ野郎」


 割と本気で睨まれたから、さすがに少し大人しくしておく。


「お待たせしました、ブレンドコーヒーです」


「ありがとう。君が淹れてくれたの?」


「あ、いえ、わたしではないですけど」


「じゃあ、今度までに、練習しておいてくれよ」


「は、はい……お待ちしております」


 完全にメスと化した彼女はそそくさと去って行った。


「てか、本気でママと復縁する気あるの?」


「あるよ、アレは極上の女だからな。今も時々、他の女を抱いている時、あいつの顔と乳が浮かぶんだ。あれはすごい揺れ方だった」


「キモ」


「残念ながら、愛娘はそれを継いでくれなかったけど……」


「ぶっかけるよ」


 怒り目の美帆はミルクティーのグラスを構える。


「冗談だって。乳が全てじゃないさ」


「黙れ」


「でも、もう少し乳があれば、一平いっぺいくんをトリコに出来たんじゃないか?」


 っと、いけない。


 今度こそ、ミルクティーをぶっかけられると覚悟した。


 けど、美帆はそうせず、タンとそれを置く。


「……否定はしないけど、あいつはパパと違うもん」


「まあ、そうだな。悪くない面構えだけど、俺ほどモテなさそうだし」


「……そうかな?」


 この時、美帆は何か訳知り顔で言う。


 だから、引っ掛かりを覚えたけど、あえて問い詰めはしない。


 俺は気を取り直すように、ブレンドを飲んだ。


「ゆっくりと、飲み干す頃合いに、行くか?」


「……うん」


 頷く娘は、両手でミルクティーのグラスを持って口に含む。


 確かに乳はないが、俺の遺伝子を継ぐだけあって、良いオンナだ、美帆は。


 娘じゃなかったら、今ごろ口説きまくっているだろう。


 よくよく考えれば、そんな愛娘と、そして愛妻……まあ、元だけど。


 その2人から好意を寄せられている彼、柴田しばた一平。


 申し訳ないが、少しばかり、イラッとするな。


 他の男に対して、こんな風に嫉妬するのは、久しぶりだ。


 だから……


「……すみません。俺、もう帰ります」


 そうだ、それで良い。


 所詮、俺には敵わないのだから。


 その女は、オレ様のモノだ。


「じゃあ、悠奈はるなさん……ごめんなさい」


「いっくん……こちらこそ、ごめんなさい」


 そうだ、とっととお帰り、負け犬くん。


 所詮、お前は悠奈にとって、子供みたいなもの。


 どうせ、大したセックスもしてやれないのだから、帰った方が良い。


 おままごとの恋愛ごっこは、もうおしまいだ。


「さて、美帆。もうそろそろ、自分の部屋に行ったらどうだ?」


「おい、クソパパ、まだほとんど食べていないっての」


「じゃあ、俺と悠奈が別の部屋に行こうか」


 俺は立ち上がり、悠奈を見下ろす。


 かつて、俺に対して従順だった女。


 今はひっとき、あの坊ちゃんに気持ちがなびいているみたいだけど。


 本当はずっと、俺に抱かれた日々が忘れられなかったに違いない。


 でも、マジメなこいつは、男遊びなんてロクに出来ず。


 ナンパも受け入れられず。


 それでこじらせて、むしろ娘の幼なじみで、好きなオスガキに手を出したって訳だ。


 悠奈、お前も十分、罪の重い女だ。


 その巨大な乳のように、な。


 あの頃よりも、また一段と、重そうだ。


 あの坊ちゃんじゃ、支えきれないだろう。


「……英人ひでとさん」


「何だい?」


「今晩は……お引き取りください」


「えっ? どうしてだい? 久しぶりの再会だろ?」


「……出来ることなら、もう会いたくなかったです」


 なぜか、胸の奥底が、ズキリと痛む。


 何だ、この感覚は?


 こんな感情、俺は持ち合わせていないはず。


 女なんて所詮、みんな俺に惚れて、意のままに操れる。


 たまに、美帆みたいなジャジャ馬はいるけれども。


「なあ、悠奈。久しぶりに、本当の男に抱かれて……」


「……お願いです、お引き取りください」


 悠奈は声を震わせつつも、ハッキリと俺のことを見ながら言った。


 俺は思わず、息を呑む。


 この女は、もっとか弱い女だったはず。


 離婚する時だって、涙ながらに別れを告げて来て。


 でも、何だかんだずっと、俺に会いたくて、俺に気持ちがあると思っていた。


 それは違うのか?


 本当に、あの小僧に……


「……分かったよ。今晩は、いきなりすまなかった」


 俺はあくまでも、余裕の姿勢を崩さない。


「久しぶりに、家族だんらんを味わいたかったのは、本当だよ」


「…………」


「美帆の将来のこともあるし、今度また、ちゃんと話そう」


「…………」


 悠奈は沈黙したまま。


 俺はひどく物足りなさを感じながら、その場を後にした。


 去り際、美帆と視線を交わして、苦笑しながら。


 白井家を後にした。


 すっかり、夜更けの空気を吸う。


 何だか久しぶりに、タバコが吸いたい。


「んっ?」


 歩き出すと、前方から2人組の男女がやって来た。


 女がべったりと、男にくっついている。


 稀代のモテ男の俺からすれば、何らうらやましくもない光景だけど。


 その女は、思わず目を見張るほど、イイ女だった。


 我が愛しの元ワイフ、悠奈に匹敵するかもしれない。


「んっ?」


 向こうも、俺に気が付いたようだ。


「こんばんは」


 と、俺は笑顔であいさつをする。


「あんた、見ない顔だけど……どことなく、誰かに似ているわね~」


「あ、彩乃あやのさん、いきなり失礼だよ」


 そう言うそっちこそ、その冴えない面した男は……


「……もしかして、一平くんのご両親ですか?」


「えっ? ウチの子を知っているの?」


「はい。さっき少し、一緒に鍋をつついたので」


「……あんた、もしかして、ハルちゃんの元夫?」


「はい。東郷英人です、以後お見知りおきを」


「どうも、柴田彩乃です。こちらは、夫の雄二ゆうじさん」


「初めまして」


 俺はニコッと笑う。


 母親はとびきりだが、やはり父親は冴えない。


 生憎、あの坊ちゃんは、父親似のようだ。


 いかにもな、社畜。


 一方で、シゴデキの、バリキャリウーマン。


 たまにいるんだよなぁ、こういうタイプ。


 むしろ、シゴデキ女は、同じくシゴデキ男よりも、こういう何でも言うことを聞かせられるような、従順な男を選ぶ。


 そう、かつての俺が、悠奈を選んだのと同じく。


 ふと、飛び切りの良いオンナこと、彩乃さんが俺の方を見ていた。


 ふっ、いかにも強気なオンナも、やはり俺の魅力には抗えないか。


 何なら、このまま、鞍替えして、夜のライドでもしちゃうかい?


「……チ◯コ、ちっちゃそう」


「……ハッ?」


「たぶん、あたしの雄二くんの半分くらいなんじゃない? 知らんけど」


 冷めた目でそう吐き捨てると、女は男を連れて玄関口へと向かう。


 途中、男の方は申し訳なさそうに会釈して、そのまま家に入って言った。


 俺はしばし、呆然と立ち尽くす。


 ふっと、自分の股間に目を落とした。


 確かに、特別に大きくはないけれども、そんな小さくはない。


 今までだって、何度も女たちをイカせて来た。


 だから、俺のコレは決して、粗末なモノじゃない。


 何なら1度、味わってみるか、クソア……


「――アアアアアアアアアアアアアアアアアァン!」


 突如、響き渡った嬌声きょうせいに、俺は久しぶりにビクッとなった。


 目の前の家の二階の方から……とてつもない声が。


 まさか、さっきの生意気な、バリキャリ女の声か?


 相手は……あの男?


 あのメガネで冴えない、いかにも社畜な男が、あのワガママで高飛車な女を……


「もう、ダメエエエエエエエエエエエエエエエエエェ!」


 ……俺はその場を立ち去る。


 下品な女だ。


 今まで、俺が抱いた女はみんな、上品だった。


 イク時だった、控えめに宣言して、可愛らしかったし。


 そう、だから、女はみんな、かよわくて、好きなんだ。


 強い男である俺に、従順になって……


「……チッ」


 早く、タバコが欲しかった。







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