第8話 白々しい

「よう、悠奈はるな。久しぶりだな」


「……英人ひでと……さん?」


 決して、出会って欲しくない2人が、対面した。


「ママ、サプラーイズ、だよ♪」


 無邪気に笑う美帆みほ


 一方、俺は呆然として佇む他ない。


「やあ、一平いっぺいくん。君も来ていたんだね」


 快活に、英人さんはあいさつをして来た。


「えっ、どうして英人さんが、いっくんのことを……?」


「この前、美帆とお茶をしていた時、たまたま会ったのさ。なっ?」


「そう……ですね」


 ぎこちなく頷く俺のことを、悠奈さんが目を丸くして見つめていた。


「おっ、鍋じゃんか。美味そうだなぁ~」


「ホントにね~。ママ、あたし達、ちょうどお腹がペコペコだからさ~。一緒に食べても良い?」


「それは……」


 悠奈さんが、俺に上目遣いを向けて来た。


 俺は悩む素振りを見せながら、


「……い、良いんじゃないですか?」


 と、至極ぎこちなく笑いながら、そう言った。


「ありがとな」


 英人さんは、なおも快活に笑みを浮かべながら、何気なく悠奈さんのとなりに座った。


 ドクン、と胸が鼓動を打つ。


「よいしょっ」


 一方、美帆はちょこんと、俺のとなりに座った。


「……美帆、どうして一言くらい、相談、連絡をしてくれなかったの?


 悠奈さんが、とがめるように言う。


「だから、サプライズだって」


「あなたね……」


「まあまあ、そう怒らずに。美帆だって、久しぶりに家族団らんを囲みたいんだろう」


 何も悪びれない英人さんが、笑顔のままで言う。


 悠奈さんはそんな彼を横目で見て、表情を曇らせた。


「俺だって、久しぶりに、お前の手料理が食べたかったし」


「……そうですか」


 陰と陽が、この場に混在している。


 暗く沈む俺と悠奈さんをよそに、陽気な2人はひたすらにテンションが高い。


「おお、この鍋、美味いなぁ~」


「ねえ、本当に」


「さすが、マイワイフ……ああ、元、か」


「…………」


 何だろう、さっきから、胸の奥底のざわめきが止まらない。


 この前、美帆と3人で会った時よりも。


 ずっと、俺の心が、掻き乱される。


「私に内緒で、2人は会っていたの?」


「何だよ、悠奈。人聞きが悪いなぁ~。この前、たまたま会ったんだよ」


「そうそう」


「美帆のやつ、泣いていたからさ~、慰めてやった」


「ちょっと、パパ。余計なことは言わなくても良いの」


 美帆がギロッと睨むと、英人さんはおどけて見せた。


「ごめん、ごめん」


「そうなの……」


 悠奈さんは、表情を曇らせたまま、顔をうつむける。


 時折、俺の様子を伺うように、上目遣いを向けて。


 俺は情けなくも、為す術もなく、佇んでいる。


「てか、パパ。こんな所で油を売っていて良いの? まだ、仕事があるんでしょ?」


「いや、今日はもう終わりにするよ。オレ様は、フリーダムだからな」


「ウザっ。どうせ、女に対しても、そんなスタイルなんでしょ?」


「まあ、否定はしないな」


「このクズ男め。てか、そんな生き様で、よく真面目なママと結婚できたよね」


「それは、まあ……全力で口説いたからな」


 英人さんはウィンクをかます。


 悠奈さんは、唇を噛んだ。


 俺も、同じことをしようとして、ためらう。


「ねえ、今さらだけど、パパとママの馴れ初めを聞かせてよ~」


「お前も大概だな、娘よ。俺と悠奈はもう、離婚しているんだぜ?」


「でも、興味があるし~。てか、ママはパパのどこが良かったの?」


 美帆もまた、悪びれる様子もなく、悠奈さんに問いかける。


 悠奈さんはよそった鍋に目を落としながら、押し黙っていた。


「パパは、ママのどこが良かったの?」


「美人で巨乳だから」


「マジでクズすぎるwww」


「そのクズの娘が、お前だ」


「うわ、最悪の遺伝子だし~」


 先ほどから、小気味よくトークを繰り広げる陽キャ親子をよそに、俺と悠奈さんはひたすらに沈黙していた。


 先ほどまで美味かったはずの鍋が、ひどく味がしない。


 何だ、コレ。


「ところで、悠奈。お前、誰か良い男はいないのか?」


「……えっ?」


「俺が言うのもなんだが、お前は本当に良い女だからさ。このまま、独身のままだなんて、もったいないぜ?」


「だよね~。その美貌とカラダ、持て余すにはまだ早い年齢だし~」


「そんな、私は……」


 悠奈さんが、またチラッと俺に目を向ける。


 ギクリ、としてしまった。


「てか、一平はどうなの~?」


「えっ?」


「あんた、最近ちょっとだけ良い男になったから、噂になっているじゃん? 告白とか、された?」


「さ、されては……ないけど」


「えっ、何その反応? 怪しいんだけど~」


「だから、違うってば」


 俺はつい、語気が荒くなってしまう。


 悠奈さんの前で、そんな話をしないでくれ。


「でも、一平。好きな女はいるでしょ~?」


 美帆は意地の悪い笑みを浮かべたまま言う。


「だって、そう言って、あたしのことフッたじゃん?」


「……美帆、頼むから、これ以上は……やめてくれ」


 俺は震える声で言った。


「分かった、ごめん」


「何だ、美帆はフラれたのか。まだまだ、百戦錬磨のモテ女には遠いな~」


「黙れ、良い歳こいてクソチャラ男のヤリ◯ン野郎め」


「お前、実の父に向かって、最低だな~」


「最低なのは、パパだっての」


 と、罵り合いつつも、息の合った会話。


 やはり、親子だ。


 しかも、似た者同士。


 そうか、美帆は、お父さん似なんだな。


 もし、悠奈さんが、この人と離婚していなかったら……


 俺と、出会うことは無かった。


 つい、そっちの世界を想像してしまう。


 ひどく吐き気を催しそうだ。


「……すみません。俺、もう帰ります」


「えっ、いっくん……」


「一平、そんな遠慮することないよ~? あんただって、家族みたいなもんだから」


「そうだぞ、一平くん」


 2人の言葉が、ひどく白々しく聞こえる。


 悪気はないのかもしれないけど。


「お気遣いありがとうございます……けど、今晩はこの辺で」


「何だ、未来の息子と酒でも飲みたかったのに」


「って、パパ、あたしはこいつにフラれたんだって」


「美帆、1度フラれたくらいで、あきらめるな」


「黙れ、クズチャラ男」


 相も変わらず、息の合った掛け合い。


 でも、やはり、白々しい。


 なぜだろうか?


「じゃあ、悠奈さん……ごめんなさい」


「いっくん……こちらこそ、ごめんなさい」


 切なそうな悠奈さんの表情を見ていると、こちらまで切なくなる。


 俺はまるで負け犬のごとく、おめおめと撤退した。







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