第5話 ザワつく

 俺が知っているイケメンといえば、野中だ。


 まあ、最近はちょっと色々とあって、だいぶ落ちぶれちゃったけど。


 でも、そんな彼の全盛期と比べてみても……


「……うん、実に美味いコーヒーだ」


 目の前のこのイケオジは、ハッキリ言って、レベチだ。


「そこのお嬢さん」


 と、イケオジこと、美帆パパが呼び止めるのは、女性の店員さん。


「あ、はい?」


「このコーヒー、君が淹れてくれたのかい?」


「あ、いえ、違いますけど……」


「何だ、残念。この美味なるコーヒー、君みたいな可愛い子ちゃんが淹れてくれたなら、なおのことハッピーだったのに」


「そ、そんな……」


「ちなみに、これ俺の連絡先だから、良ければ受け取って」


「あ、はい……」


 受け取った店員さんは、そのメモ紙を胸に抱きかかえて、そそくさと去って行く。


「パパ、キモ過ぎ」


「いや、あの子だって、喜んでいただろ? 顔が真っ赤だったぜ?」


「だとしても、今のご時世、スレスレの行為だから、気を付けなって」


「はいはい、分かりましたよ」


 す、すげぇ……流れるようにナンパを……


 この人が、悠奈さんの……


「で、2人はもう、セッ◯スしたんだっけ?」


「ぶふっ!?」


 俺は飲みかけのオレンジジュースを噴き出す。


「ちょっ、一平なにやってんの!? てか、パパなに言ってんのよ!!」


「あはは、悪い、悪い。ちょっとしたジョークだよ」


「娘の前でかますジョークじゃないでしょうが……」


「ハハハ、すまない」


「ていうか、ハンカチは? いつも、持っているでしょ?」


「ああ、持っているけど。すまない、可愛い子ちゃんにしか渡さない主義なんだ」


「クソが」


「へ、平気だよ、紙ナプキンで拭くから」


 俺はいそいそと、口周りとテーブルを拭く。


「まあでも、君は可愛らしいかもな」


「はい?」


「美帆が言っていたから」


「ちょっ、パパ……」


 俺が目線を向けると、美帆はサッと逸らしてしまう。


「ハハハ、いいね~、初々しくて」


 一方で、美帆パパはどこまでも余裕の笑みを浮かべていた。


「……あの、美帆のお父さん」


「ん? ああ、俺のことは英人ひでとで良いよ。東郷とうごう英人って言うんだ」


「じゃあ、英人さん……その、美帆とは今までにも、会っていたんですか?」


「いや、この前、本当に久しぶりに会ったんだよ。たぶん、小学生の時以来かな?」


「そうなんですか?」


「うん。ショッピングモールのカフェレストランで、休日にも関わらず、こいつが1人でポツンと佇んでいたからさ」


「えっ……」


 それって、俺が悠奈さんをナンパ野郎どもから助けた直後じゃないか。


 じゃあ、危うく、悠奈さんとこの人が、鉢合わせするところだったのか。


 俺は何とも言えない、複雑な気持ちを抱いてしまう。


「しかもさ、美帆のやつ、泣いていたからさ~。我が娘ながら、放っておけないやつだな~と思って」


「パパ、シャラップ」


 美帆が低く鋭い声を発した。


 同じく、鋭い目を英人さんに向け、それから俺を見たので、ビクッとした。


「ホント、うちのパパって、ウザいでしょ? ちょっと顔が良いからって、調子に乗り過ぎなのよ」


「バカ、乗っているのは、女たちだよ。いつも、俺の上にまたがって……」


「良い歳こいて、下ネタ連発するな!」


 ビシッ!と美帆の鋭いツッコミが英人さんの脇に炸裂した。


「イテッ。お前、こんなスレンダーで、どこにそんな力があるんだよ」


「うっさい、黙れ」


 俺はそんな親子のやりとりを、黙って見ていた。


「何よ?」


 すると、美帆が俺を睨む。


「あ、いや……こんな美帆を見るの、何だか新鮮だなって。悠奈さんとだと、お前がいつもイジって困らせているからさ」


「ああ、まあ……そうだね」


「っと、ごめん」


 俺は思わず手で口を押さえる。


「そう言えば、マイワイフ……ああ、元マイワイフは、元気かい?」


 英人さんは、笑顔で聞いて来る。


 俺と美帆は、無意識の内に、お互いに目線を交わしていた。


「相変わらず、巨乳……いや、爆乳か?」


「パパ、もしかして、未練あんの?」


「そりゃあ、少しはな。だって、あの乳だぞ?」


「乳だけかよ」


「もちろん、顔だって、一級品だ。性格も従順で……本当に、可愛い女だった」


 まるで、今この場にいない悠奈さんが、この男に猫のように撫で回されている絵図が浮かんで。


 瞬時に、胸がザワつくというか……不愉快な気持ちになった。


「良いじゃん、パパはクソモテだから、ママと別れた後も、色んな女と遊びまくりでしょ?」


「まあ、そうだな」


 英人さんは、半ば苦笑するように頷く。


 俺は黙ってオレンジジュースを飲むけど、何だか情けなくなった。


 いつまで、こんなガキみたいな飲み物を飲んでいるんだって。


「さてと、俺はもうそろそろ行くよ」


「なに、女のところ?」


「いや、仕事」


「って、仕事中だったんかい!」


「まあ、俺はシゴデキだから、自由なんだよ」


「ホント、我がパパながら、ムカツク男ね」


「褒め言葉だよ、それは」


「あっそ」


 美帆は呆れたように言う。


「じゃあ、一平くん……その内、またね」


「ああ……はい」


「ここは、俺が払っておくから、後は若い者同士で、お好きにどうぞ」


 スマートに立ち上がった英人さんは、颯爽と去って行く。


 途中、先ほど連絡先を渡した店員さんとまた話していた。


 遠目に見ても、その店員さんの顔が赤くなって、目がキラキラしているのが分かった。


「……あれが、あたしのパパよ」


「ああ、うん……何か、すごいね」


「ねっ……まあ、クソ野郎だけどね」


 美帆は吐き捨てるように言って、ミルクティーを飲む。


「信じられないでしょ? あのマジメで純情なママが、あんなチャラ男と結婚していただなんて」


「……うん」


「まあ、それだけの男ってことよ」


 ため息交じりに言う美帆から目を逸らし、俺はグラスに目を落とす。


 残り少ないオレンジの水面に、悠奈さんの笑顔が浮かぶ。


 それだけなら、胸がホッと温まるのだけど。


 その背後に、あの男の影が見え隠れして。


 やはり、胸がザワついた。







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