第3話 堕落

 最近の俺がすこぶる充実しているのは、やはり悠奈はるなさんの存在が大きいだろう。


 けど、何度も言うように、その存在がデカすぎるから。


 あまり依存し過ぎないように、日ごろから自分磨きを欠かさない。


 早朝のランニング、日々の予習・復習。


 幸い、我が家は経済的に豊かだから、遠慮なくレベルの高い大学を目指せる。


 良い大学に入って、良い就職先につく、なんてちょっと時代遅れかもしれないけど。


 事実、学歴フィルターってあるみたいだし。


 だから、少しでもレベルの高い大学に進学して、良い就職先を得て。


 しっかり、男として、悠奈さんを守れる存在になりたい。


 悠奈さんにとって、俺の存在がデカくなりたい。


 いつまでも可愛い、いっくんのままではダメなのだ。


『一平さん♡』と呼ばれても、ムズがゆくない、堂々と『ああ、マイハニー』なんて言える男になりたい。


 いや、マイハニーとか、俺のキャラじゃないというか、さすがにキモすぎるか。


「うわ、野中のなかだ、キモ」


 そんな容赦ない声を聞いて、俺の方がビクッとしてしまう。


 そう発した女子たちの目線の先には、フラフラと覚束ない足どりの彼がいた。


 心なしか、ゲッソリ痩せている。


「野中」


 俺は遠慮がちに声をかけた。


 すると、彼はおもむろに振り向く。


「……よう、色男」


 野中は皮肉とも取れる笑みを浮かべた。


「お前、大丈夫か?」


「まあ、何とか生きてはいるよ」


 苦笑して言う。


「何があったんだ?」


「……女にフラれた、こっぴどく」


「えっ、お前が?」


「笑っちゃうだろ?」


 野中は自嘲ぎみに笑う。


「ちなみに、その相手は……?」


「メチャクチャ良い女だよ」


「そうか……お前みたいなイケメンでも、フラれることはあるんだな」


「当たり前だろ。実際、美帆にもフラれたようなものだし」


「あっ……」


「……お前、美帆とはくっつかなかったんだな」


「……ごめん」


「いや、謝る必要はないだろ」


「というか、野中がこっぴどくフラれた相手って……」


「美帆じゃねーから。それよりもっと、良い女」


「……もしかして、年上?」


「まあ、そうだな」


 俺の脳裏に、悠奈さんの顔が浮かんだ。


「まさか、お前、は……美帆のお母さんに……」


「……お前のママさんだよ」


「……はっ?」


「正直、初めは美帆のママさんを狙っていた。けど、お前のママさんを見た時、今までに感じたことのないくらい、ビビビッ!て体に電流が流れたんだ」


「……マジで?」


「マジだよ。で、お前のママさん、オレになんて言ったと思う?」


「分からない……」


「オレがまだ高校生ってこともあるけど……『あたし、男は顔よりチ◯コだから』……って」


 とうとう、俺は絶句した。


 誰だ、その性欲モンスターは。


 ああ、俺の母さんか……


「……何か、俺の母親が、ごめん」


「いや、だから、謝る必要ないって。むしろ、オレの方がギルティーだろ。いっそ、ブタ箱に入れてくれ。今のオレなんて、ブタみたいなものだから」


「いやいや、ブタどころか、ガリガリじゃないか。大丈夫か?」


「……しばらく、もう女はコリゴリだ」


 力なくそう言い残して、野中は去って行く。


 その背中を見て、俺は得も言われない気持ちになった。


 もしあのまま、美帆と付き合っていれば、こんなことにならなかったかもしれない。


 あいつは、美帆の気持ちを汲んで、別れたんだ。


 けれども、俺はそんな野中のアシストをスルーというか、受け取らなかった。


 悠奈さんのことが好きだから。


 あいつが言うように、俺に罪はない。


 いや、母親と同年代の女性に手を出している時点で、ギルティーか。


 とにかく、何ともやるせない気持ちになった。




      ◇




 放課後、街中を当てどもなく、歩いていた。


 今日は悠奈さんの家政婦バイトはお休みの日。


 だから、早く家に帰る理由がなかった。


「うふふ」


「あはは」


 仲睦まじい、高校生カップルとすれ違うたびに、少しほっこりしつつも、胸が疼く。


 俺もあんな風に、悠奈さんと堂々と、街中を歩いてみたい。


 そうすれば、こっそりエッチなことばかりしなくても、済むかもしれない。


 いや、エッチなことばかりする、あるいはそんな気持ちになってしまうのは、俺の自制能力がまだまだ弱いせいか。


 あるいは、悠奈さんのエロスが暴力的なのか……


「……んっ?」


 見覚えのある人影が見えたと思ったら、美帆だった。


 そして、そのとなりには、男がいる。


 どう見ても、年上の。


「ねえ、あの男性ひと、超イケメンじゃない?」


「ホントだ~……でも、連れている女、だいぶ若くない?」


「あれじゃない? パパ活ってやつ」


「きゃ~、あんなイケおじなら、むしろこっちがお金を払っちゃう♡」


 色めく女子たちを脇目に、俺は口を半開きにしてその光景を見つめていた。


 俺のせいで道を外してしまったのは、野中だけじゃなくて……


「……美帆」


 そういえば、悠奈さんも尾行をしたんだっけ。


 じゃあ、俺も……


「……すまん」


 そっと、幼なじみの後を追う。







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