◆悠奈さん視点 酒と鍋と女
いつも、夕暮れ時になるのが楽しみだった。
大好きな彼が来てくれて、2人で幸せな時間を過ごして……
「……はぁ」
けれども、今はため息ばかりがこぼれてしまう。
自分から突き放した彼が来てくれる訳がない。
その時、ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴る。
一瞬、いっくんが来てくれたのかと思ったけど……
『やっほー、ハルちゃ~ん』
インターホンの画面に映ったのは、いわゆるママ友の顔。
私は玄関へと向かい、ドアを開ける。
「彩乃さん、どうしたの? こんな早い時間に、珍しいわね」
「うん、今日はそんな気分でさ~。久しぶりに、ハルちゃんと飲みたいなって思って」
「あっ……」
「もしかして、都合が悪かった?」
「いえ……私もちょうど、さみ……暇していたところだったから」
「じゃあ、ちょうど良いね。お邪魔しまーす♪」
彩乃さんは明るい笑顔で入って来た。
「スーツ姿のままで良いの? 何なら、部屋着を貸しましょうか?」
「良いよ~、あたしとハルちゃんじゃ、サイズが違いすぎるし」
「あ、そうよね。彩乃さん、細いから……私と違って」
「黙れ、ホルスタイン」
「ホルッ……ええッ!?」
「って、きっとみんな思っているよ。この牛乳女め~♪」
「彩乃さん、もう酔っているの?」
「いや~、明るい内から飲むビール、サイッコー!」
「はぁ……とりあえず、ソファーでくつろいでいて」
「はーい」
陽気な彼女を座らせて、私はキッチンに向かう。
「彩乃さん、お鍋で良いかしら?」
「やったー! 久しぶりに、ハルちゃんの手料理だ~!」
「そんな大したモノじゃないわよ」
「いやいや~、うちの息子が毎日のように通って食べていたくらいだからね~。やっぱり、ハルちゃんの手料理は絶品なんだよ~」
「……嬉しいわ」
どうしよう、ちょっと彼の話題が出ただけで、胸がすごく苦しい。
「彩乃さん、嫌いなモノはあったかしら?」
「ないよ~! 嫌いなのは、アレと器の小さい男だけ! キャッハハ!」
「……酔っているわね」
私は苦笑しつつ、料理を進める。
「ハルちゃ~ん、あたしも何か手伝おうか~?」
「良いわよ、すぐに出来るから」
「ちぇっ、キッチンでセクハラしようと思ったのに」
「彩乃さんってば……」
私は野菜を刻み、鍋に水を張って、コトコトと煮込む。
味付けは……
「彩乃さん、しょうゆとみそ、どっちが良いかしら?」
「辛いのが良い」
「辛いの……明日のお仕事、大丈夫?」
「大丈夫だよ、あたしって胃もメンタル鋼だからさ」
「でしょうね……」
関心半分、呆れ半分。
あたしはリクエスト通り、辛いお鍋に仕上げる。
「はい、おまちどおさま」
「イエーイ、待ってました~! ささ、ハルちゃんも一杯。ビール行く?」
「いえ、私は……チューハイで」
「もう、アラフォーのくせに、若者ぶるなって!」
「ひ、ひどいわ」
とりあえず、お互いの缶をぶつけ合う。
「「かんぱ~い」」
アラフォー女同士が言う。
彩乃さんはゴクゴクと、私はちびちび、とお酒を飲む。
「さてと、ハルちゃん先生のお鍋のお味は……」
ズズッ、パクッ。
「……うまッ!」
「そう、良かったわ? 辛すぎない?」
「ちょうど良いよ~。たまにはちょうど良いサイズも欲しいな~……なんて言ったら、雄二さんが泣くか」
「な、何の話?」
「ハルちゃんって、最近いつセッ◯スしたの?」
「ぶふッ!?」
私は飲みかけたスープを噴き出す。
「ゲホッ、ゴホッ……」
「ちょい、大丈夫?」
「ご、ごめんなさい……」
あたしはティッシュで口元を拭う。
「で、いつシたの?」
「あ、彩乃さん……そんなイジワルな質問しないで……」
「でもさ~、ハルちゃん、めっちゃハリハリだもん」
「ハ、ハリハリ?」
「お肌がってか……乳とか。元からデカいけど、ハリがすっごいからさ~……男に求愛するかのごとく、さ」
「…………」
「あっ、てか、もしかしてだけど、ハルちゃんの相手って……若い男?」
ドクン!
心臓が、跳ね上がる。
ど、どうしよう。
いくら友人とはいえ、自分の息子に手を出したなんてことになったら……
「ハルちゃん……ダメだよ、高校生は」
「あ、彩乃さん、私……」
「しかも、娘の元カレだなんて、エロすぎる!」
「……はい?」
「いや、今日さ~、家の前でバッタリ会ったからさ~……野中くん、だっけ?」
「え、ええ……今日、パート帰りに荷物を持ってもらったけど」
「でっ、そのまま……『実はオレ、美帆よりもお母さんの方が……』『いや、そんな……らめぇ~!』……的な?」
「ち、違います!」
「え~、違うの~? じゃあ、何でそんな男を恋しがるように、お乳がパンパンなの? マジでホルスタインじゃん、うらやまっ」
彩乃さんはゴクリとビールを飲む。
私は顔をうつむけた。
確かに、心はしぼんでいるはずなのに……胸は……体は、パンパンだ。
嫌らしく肥えたメスになっているの……?
彼を……いっくんを……求めて。
「ただいま~」
と、娘の声が聞こえた。
「よっ、ジャジャ馬ムスメ」
「って、おばさん。珍しいね、こんな時間に」
「そっ、どう、あんたも女子会に混じる?」
「いや、女子会って……年齢層たかっwww」
「シバくぞ、クソガキ」
「きゃー、怖い」
「てかさ~、あんたのお母さん、何でこんなホルスタインなの?」
「ちょっ、彩乃さん、酔い過ぎだから……」
「……ママはあたしと違って、セクシーだから」
美帆はニコッとして言う。
「いやいや、美帆ちゃんも悪くないよ~。悪いのは、性格だけ」
「彩乃おばさんほどじゃないよ」
「お姉さまとお呼び!」
「あー、やだやだ。あたし、お部屋に引っ込んでいるから~」
「あ、美帆、ごはんは?」
「友達と食べて来たから~」
「そ、そう……」
美帆はタンタン、と階段を上がって行く。
「ったく、昔はもっと可愛げあったのにね~」
彩乃さんは相変わらず、お酒を飲み続ける。
「可愛げ、と言えば。うちの息子も、可愛げなくなったのよ」
「えっ?」
「いや、ここだけの話さ。さっき家を出る前、あの子と話したんだけど……何か、急に股間が膨らんでさ。それがもう……我が息子ながら、ビッグサイズ」
「えっ……」
「そういえば、ハルちゃんの話題を出した時だっけな~? ハルちゃんを、お酒の力で丸ハダカにしてやろうって言ったら」
「う、うそっ……」
「あいつ、もしかして……熟女好き?」
「…………」
「だったら、こんな美人のお母さまがいてドギマギしないの、おかしいか。キャッハハ!」
「……そうね」
私はチューハイを飲む。
目の前の明るい酒豪さんほどじゃないけど。
少しだけ、ペースが増していた。
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