◆悠奈さん視点 しぼんだ心

 ずっと、無機質な時間が流れている気がする。


悠奈はるなちゃん、ちょっと」


「あ、はい」


 振り向くと、同僚の山田さんが立っていた。


「あんた、大丈夫かい? 今朝からずっと、ボーっとしちゃってさ」


「ごめんなさい……」


「いや、謝ることはないけどさ……もし、具合が悪いなら、早退してくれても良いんだよ?」


「いえ、平気です」


「そうかい? まあ、無理しないようにね」


「はい」


 何とか笑みを浮かべる私を見て、山田さんは小難しい顔をしながらも去って行く。


 直後、私はため息をこぼす。


 自分から決別しておいて、情けない。




      ◇




 パート終わり、夕飯の食材を買って帰る。


 その道中、ふと買い物袋に目を落とし、ハッとした。


「ちょっと、買い過ぎちゃった」


 我が白井しらい家は、母と娘の2人暮らし。


 男がいないのだから、こんな量は必要ないのに……


「……いっくん、もう来ないわよね」


 あんな風に、一方的に別れを切り出して。


 きっと、怒っている。


 きっと、傷付けた。


 本当に申し訳ないと思う。


 本当に反省している。


 私は大人のくせして、感情を揺り動かされて、暴走していたのかもしれない。


 止まらなければいけないのに、よりにもよって、娘がずっと想っていた彼を……


「――荷物、お持ちしましょうか?」


 若い男子の声に、ハッとする。


 もしかして、いっくん……


「どうも」


「あっ……野中のなかくん」


 娘の彼氏……いえ、もう彼は……


「……大丈夫、1人で持てるから」


「まあ、そう言わずに」


 彼は笑顔で半ば強引に、私から買い物袋を1つ取った。


「どうも、ありがとう」


 とりあえず、微笑んでお礼を言っておく。


「そうだ、ママさんに1つご報告が」


「なにかしら?」


「あれから、美帆と話し合って……正式にお別れしました」


「……そう」


「あいつ、張り切って清々しい顔になっていましたよ。きっと、柴田にアプローチしまくるんだろうなぁ」


 ズキリ、と胸の奥底が痛む。


「ところで、なんですけど。ママさんって、今は独身なんですよね?」


「ええ、そうね」


「再婚とか、考えないんですか? もしくは、彼氏とか」


「…………」


「ああ、ごめんなさい。失礼な質問しちゃって」


「いえ……気にしないで」


 半ばフラつく足取りで、ようやく我が家にたどりついた。


「野中くん、荷物を持ってくれてありがとう」


「いえ、お安いごようですよ。ただ、ちょっと喉が渇いちゃいましたけど」


「ああ、じゃあ……お茶でも飲んで行く?」


「良いんですか? すみません、所詮は娘さんの元カレの分際で」


 彼はニコニコとして、我が家に入って来た。







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