第12話 甘ったるい

 そんな勉強熱心でマジメな生徒って訳じゃないけど、授業はちゃんと聞く方だ。


 けれども、今日はさすがに内容が頭に入って来ない。


 ずっと、右耳から左耳へと、先生の言葉の羅列が素通りして行く感じ。


 本当に、無意味な時間を過ごしていると思う。


 正に、虚無。


 そして、昼休みを告げるチャイムが鳴る。


 誰も彼もが、浮き足立って席を立つ中、俺ひとりだけが、ポツンと自分の席に佇んでいた。


「いーっぺい♪」


 そんな俺に声をかけて来るのは……


「お昼ごはん、一緒にたべよーよ♪」


「……いや、俺は良いよ。あまり食欲ないし」


「はぁ~? このあたし様が誘ってあげているのに、断るなんてあり得ないから」


 ガシッと腕をつかまれ、グイッと引っ張られる。


「ちょっ、おまっ」


「ほら、行くよ」


 この細腕のどこにそんな力が……


 やっぱり、いろんな意味で、末恐ろしい女だな。


 とりあえず、これ以上は逆らうとめんどうだから、仕方なく従う。


「ふんふふ~ん♪」


 やたらご機嫌な美帆に連れられて、外にやって来た。


 中庭のベンチに腰を下ろす。


「さてと、食べますか」


「えっと、何を?」


「ジャジャーン!」


 得意げに美帆が出して来たのは、弁当箱だった。


「えっ、これは……は……おばさんが作ってくれたの?」


「はぁ~? 誰があんなホル……」


「へっ?」


「……ママじゃなくて、あたしが自分で作ったの」


「マジで? お前、料理って出来たっけ?」


「大丈夫だよ、ちゃんとグッドパッドとかユルチューブで研究したし」


「そ、そうなんだ……」


「じゃあ、オープーン♪」


 禁断の(?)玉手箱が開かれるかのごとく……


「……あれ、意外とまともだ」


「うざッ、いちいち嫌味を言う必要があるの?」


「ごめん……これ、本当にぜんぶお前の手作り?」


「……まあ、冷食を活用しているんだけどね」


「ああ、なるほど……でも、美帆がまさか……成長したな」


「ちょっと、どこ見て言ってんの? だいぶ変態じゃない?」


 と、美帆は両腕で胸を覆い隠す。


「いや、別にそこ見てねーから」


「はんッ、どうせあのホル……ママよりもずっと小さいし」


「…………」


「一平?」


「ああ、ごめん……」


 やばい、ちょっと話題に出るだけで、辛いな……


「とりあえず、このあたし様のお手製弁当を食べて、シャキッとしろし」


「じゃあ、せっかくだから……いただきます」


 どれから取ろうか、少し迷って……


「って、ブロッコリーかよ、草食系か!」


 ベシッ、と背中を叩かれる。


 だから、想像以上に力が強いって!


「まずは、野菜から食べた方が、太りづらいんだよ」


「ふん、意識高い系かよ、キッモ」


「そんな意識高くないから……」


 俺は辟易としつつ、ブロッコリーを食べる。


「うん、美味い」


「安定の冷食だからね」


「じゃあ、このミニハンバーグを……」


「それも冷食」


「このプチトマト……」


「冷食」


「焼きそば」


「冷食」


「卵焼き」


「冷食」


「まさかのオール冷食!? どこがお手製だよ!!」


「ち、違うもん! ちゃんと、手作りしたのだってあるから!」


「えっ、どれ?」


「下の段、見て」


 言われて、パカッと開けて見ると……


「……白米」


「あたしが炊きました♡」


「……まあ、炊飯器のスイッチ押すだけだからね」


「ちゃんと計って研いだもん!」


「まあ、そうだな。あの美帆が……成長したね」


「死ぬほどムカつく、クソザコ一平の分際で」


「褒めているだろ?」


「ちっ、どうせママと比べているんでしょ? 乳も料理も」


「…………」


「どしたの?」


「……いや、何でも」


 ダメだな、こりゃ。


 せっかく、美帆が気遣って、美帆なりに励ましてくれているのに……


「……辛かったら、泣いて良いし、ゲロって良いよ」


「えっ?」


「あたしは、そうしたから」


「お前に辛いことなんてあるの? 生まれた時から、ずっと人生ハッピーだろ?」


「……ぶち殺すよ?」


「えっ……」


 マジで怖い顔をされたから、言葉がスッと引いてしまう。


 美帆は、ハッとした。


「……なーんちゃって♪ あたしだって、悩みくらいあるんだからね」


「そ、そっか……」


「てか、今さらだけど、返事どうなの?」


「返事……?」


「だから、その……あたしが前からあんたのこと、好きだったってこと……」


「……それ、本当なの?」


「本当だよ」


 美帆がジッと俺を見つめて来る。


 半ば潤んだような瞳で。


「一平も、あたしのことが好きだったよね?」


「…………まあ、ぶっちゃけ」


「あたし、バカだからさ。余計な回り道をしちゃったけど……これからはもう、道を外さないから……」


 そっ、と手の甲に触れて来る。


「一平がそばに居てくれるなら」


「美帆……俺は……」


 何だろう、コレ。


 すごく、胸が苦しい。


 ぽっかり空いた心の穴に、ぎゅうぎゅうに押し込められる、甘ったるいコレは……


「……お互い、忘れよ」


 美帆は言う。


「辛いこと、ぜんぶ忘れて……これから、2人で幸せになろ? ねっ?」


 今までにない笑みを浮かべる。


 正直、魅力的だと思う。


 でも、本当にこれで良いのか?


 そもそも、美帆と結ばれたら……


「……少し、時間をくれないか?」


「……うん、分かった。その代わり、あまり待たせんなよ?」


「ああ……」


 俺は頼りなく頷く。




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