第11話 鉛玉
朝、体が、重い。
我が両親は社畜とバリキャリだから、朝早くに家を出て行く。
だから、俺のことを叩き起こしに来ない。
そのせいにする訳じゃないけど……
「……完全に遅刻だ」
どうあがいても、1時間目に間に合わない。
ていうか、そもそも、学校に行けるか、コレ……?
マジで体に鉛を仕込まれたみたいに……重い。
そのくせ、心は、スッカスカだ。
だって、俺の心を満たしていたモノが、一気に霧散したから。
『いっくん、私たち……別れましょう』
あまりにも、突然の宣告だった。
当然、俺は理由を聞き返した。
けど、その答えは……
『……やっぱり、いけないことなの、私たちの関係は』
しごく真っ当な、大人の、母親としての、言葉。
でもそんなの覚悟の上で、今まで……
「……うっ」
勢い良く、胃酸が駆け上がって来る。
必死に吐き気を飲み込みながら、俺は階段を下りた。
とりあえず、盛大に吐き散らかすことはなかったけど……
「……今日は休もう」
だって、洗面台に映る自分の顔は、本当にひどくて。
昨日までの自分とは、まるで別人みたいだ。
たった1人の女性を失っただけで、こんな……
「……
その温もりにすがるように、俺は名前を呼んだ。
◇
ソファーでだらだらとテレビを見ている内に、眠っていたようだ。
「……頭いてぇ」
喪失感?
罪悪感?
それらの負の感情が連鎖して、このような結果になったのだろう。
とにかく、最悪の気分だ。
朝から何も食べていない。
でも、食欲なんて湧かない。
むしろ、ずっと吐き気がするくらいだ。
ピンポーン、と玄関チャイムが鳴る。
宅配便か、何かか?
でも、親にそんなこと言われていないし。
じゃあ、面倒だから、居留守を……
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン♪
「……あぁ、もう!」
俺は苛立ってソファーから立ち上がり、ズンズンと玄関へと向かう。
これでもし、くだらない勧誘とかだったら、腹いせにキレてやろうか?
なんて、すごくダサいことを考えながら、俺は玄関ドアを開く。
「おっ、いたいた♪」
「……って、美帆?」
確かに、めちゃくちゃムカつくやつがそこにいた。
「えっ、なに?」
「いや、なにじゃなくてさ。今日、どうして学校休んだの?」
「いや、それは……ちょっと、具合が悪くて」
「ふぅ~ん? じゃあ、ごめん、あたしがあんたの元気パワー吸ったのかも」
「みたいだな……そっちはもう、体調は大丈夫なのか?」
「うん、バッチリだよ♪」
「それは良かったな……じゃっ」
「って、ちょっとくらい、上がらせなさいよ」
「いや、だから、俺は具合が悪くて」
「安心して、きのうのお返しに、今度はあたしがお見舞いしてあげるから」
「……結構です」
「ハァ~? この超美少女な幼なじみさまがお見舞いしてやるって言ってんのよ?」
「恩着せがましいんだよ、お前は。本当に幼なじみのことを思うなら、そっとしておいてくれ」
「……てか、何かあったの?」
「えっ?」
「あんた、顔は悪いけど、性格だけは良いじゃん」
「うるせーよ……」
「それが今は、やさぐれちゃって……どした?」
「…………」
俺は沈黙する。
美帆のやつは、しつこく問い詰めて来るかと思った。
けど、意外と大人しく引き下がる。
「てか、ママも何か、様子が変だったし」
「えっ、は……おばさんも?」
「そっ。平静を装っているけど、何かポンコツだったし……一応、パートには出かけたけど」
「そ、そっか……」
……俺って、最低だ。
だって、悠奈さんもまた、落ち込んで、動揺していると知ったら、嬉しくて。
だとしたら、何とかして、また恋人関係に戻って……
「そうだ、1つ言っておくことがあるの」
「何だ?」
「あたしね、秀太くんと別れたの」
「……はっ?」
「まあ、そんなもんだよね、アハハ」
「いや、まあ、その……ドンマイ」
「うるせ、別にフラれた訳じゃないし。お互い、円満破局だから」
「初めて聞いたぞ、そんな言葉」
「とにかく、散々とゲロ吐きまくったし、あたしはもうスッキリしているの」
「あっそ……」
「てか、あたし本当は、一平のことが好きだから」
「…………は?」
「ねえ、今どんな気持ち? 教えてよ」
美帆はとびきりのスマイルを浮かべて言う。
「あんたも本当は、あたしのことが好きだったでしょ?」
「お、お前……」
「……まあ、ちょっと余計な回り道をしちゃったけど……あたし、これからは真っ当に真っ直ぐに行くから」
美帆はニカッと笑う。
「覚悟しとけよ、幼なじみ」
バキュン、と指でピストルの形を作って、俺を撃ち抜く。
その仮想の鉛玉が、俺の内に詰まっていた鉛を押し出し。
新たな重しとなる。
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