第9話 キモい

 途方もないスッキリ感の後、訪れるのは……


「……やってしまった」


 罪悪感だ。


「ごめんなさい、悠奈はるなさん。2階に美帆みほがいるのに……あと、野中のなかも」


「ううん、良いの。だって私の方こそ……いっくんが欲しかったから♡」


「は、悠奈さん……」


 なんて可愛くて、おまけにエッチな人なんだ。


 最高すぎる……


 その時だった。


 ふいに、ガチャリ、とリビングのドアが開く。


 俺と悠奈さんは同時にビクッとした。


「おーい、柴田しばたぁ~」


「……って、野中。な、何だよ?」


「そろそろ、バトンタッチな」


「あ、ああ……」


「んっ、どした?」


「い、いや、何でも……」


 あからさまに動揺する俺に対して、怪しむような目線を向ける野中。


 でも、あまり深掘りはせず、


「美帆がお待ちかねだぞ」


「分かった、いま行く」


「ちなみに、トイレにいるから」


「……ハッ?」


 俺は一瞬、ポカンとする。


 一方、野中はニヤッと笑った。


「安心しろって。ママさんは、オレの軽快なトークで楽しませておくから」


「お、おう……」


 正直、このチャラ男を悠奈さんと2人きりにしたくないんだけど……


 今はそれよりも、美帆のことが気がかりだった。


 俺はそそくさとリビングを出て、トイレに向かう。


 ドアが半開きになっていた。


「……おーい、美帆? 大丈夫か?」


 そっと声をかけると……


「……平気よ」


 ドアを開けて出て来た美帆の顔は、白かった。


 元々、色白なやつだけど。


 ていうか、顔色がわるい。


「だ、大丈夫か?」


「……うん」


 頷くけども、ひどく不機嫌、というか、しんどそうだ。


 さっきの野中は、だいぶ晴れ晴れとした顔をしていたけど。


 まさか、あいつ……


 病人の美帆を、トイレで……


 クソ野郎じゃねえか。


 俺よりも、ずっと。


「部屋、戻るから」


 と、青白い顔の美帆は言う。


「肩貸そうか?」


 と俺が言うと、目を向けられる。


 余計なお世話よ、と怒られるかと思ったけど……


「……お願いしても良い?」


「へっ? あ、ああ……」


 いつになく素直な美帆に戸惑いつつも、フラフラな彼女の体を支える。


 ていうかこいつ、細っ、軽っ。


 悠奈さんの健康的なバディと違って、スッキリ華奢なボディ。


 だからこそ、今すごく頼りなく感じる。


 普段は頼もしいというか、放っておいても平気な感じなのに……


「ゆっくりで良いからな?」


「んっ……」


 いつもなら逐一キレる俺のおせっかいにも、素直に頷く。


 そうか、こいつ、さっきまで、トイレで野中に……


 いや、想像、妄想するのはやめておこう。


 それにしても、野中の野郎。


 いくら彼女だからって、俺の幼なじみを……


 って、何だこの怒りの感情は。


「……ふぅ」


 ベッドに横たわった美帆は、腕で目元を覆いながら、吐息をこぼす。


「水、持って来ようか?」


「……良い、さっき吐いたばかりだから」


「えっ、吐いた……?」


「うん……キモいっしょ?」


「いや、そんな……大丈夫か?」


「正直、ちょっとムリかも……」


「そうか……」


 野中の野郎ぉ~!


 俺の幼なじみに、吐くほどお前の欲望にまみれた液体を……


「……謝ってよ、一平いっぺい


「ああ、野中の野郎、本当に……へっ、俺?」


「うん。吐き気を催したの、あんたのせいだから」


「な、何で……?」


 と、問いかけつつ、俺はサッと血の気が引く。


 ま、まさか、俺と悠奈さんの情事を……


「……この後、イケメン彼氏の秀太しゅうたくんがいない隙に、2人きりになったあたしのことを、モテない童貞のあんたがメチャクチャに犯すと思ったら……オエェ」


「ざけんな、コラ!」


 俺はつい乱暴な言葉づかいになってしまう。


 咳払いをし、自重した。


「そ、そんなことしねーよ」


「えぇ~、本当かな~?」


 美帆はベッドの上で起き上がり、三角座りをしながら、俺のことをニヤッと見つめる。


「当たり前だろうが。俺にとって、お前は……幼なじみだから……さ」


「うん、知っている。世界で1番、冴えない男ね」


「うるせーよ」


 ああ、色々と心配して損した。


 てか、野中のやつ、よくこんな女と付き合っているな。


「じゃあ、さっきトイレにいたのは、その……」


「ねえ、あんたもしかして、あたしと秀太くんがトイレでエッチなことしていたと思ってたの?」


「…………まあ、はい」


「…………キッショ!」


「うぐっ…………!」


 クソほどダメージ受けた。


 悔しいけど……何も言い返せない。


 確かに、今は俺がキモすぎた。


「ああ、キモい、キモい、キモい、キモい、死ねば良いのに♪」


「笑顔で言うな!」


「もう、あんたなんて幼なじみじゃないから」


「じゃあ、俺はお前の何なの?」


「えっ? キモ奴隷」


「キモ奴隷って……」


「残念ね。あんたがもし、秀太くんばりのイケメンだったら、エロ奴隷にしてあげたのに♡」


「お前の方こそキモいわ!」


「ええ、そうね、ごめんなさい。所詮はゲロ吐き女ですもんね」


「いや、ゲロ吐きって……それは体調不良だから、仕方ないだろ」


 と、俺が言葉に詰まって言うと、美帆はクスッと微笑む。


「ねえ、一平」


「なに?」


「今から、あたしと……エッチしない?」


「…………えっ?」







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