第8話 お見舞い

 夏休み、誰よりも素敵な美女、悠奈はるなさんと結ばれ、俺は男としてひと皮むけた。


 でも、所詮はまだまだ、どちらかと言えば陰キャ寄りのやつだから……


「とりあえず、コンビニ寄って何か買うか~」


「お、おう」


 と、たじろいでしまう。


 このイケメン陽キャくんに。


 幼なじみである美帆みほの彼氏で、夏には一緒に海にも出かけた。


 見た目通りチャラいけど、俺に対しても気さくに話しかけてくれる。


 野中秀太のなかしゅうたは良いやつだけど、やはり遠慮というか、引け目を感じる部分は否めない。


「いらっしゃいませ~」


 店内に入ると、野中はサッとカゴを持って巡る。


「コレとコレと……」


 ポイポイ、とお菓子やら飲み物やらを入れて行く。


 その途中で、


「コレもっと♪」


 入れたのは、カラフルな箱。


 思えば俺はまだ、それを自分で買ったことがない。


 だってあの時、悠奈さんが用意してくれていたから。


「お、おまっ……美帆は病人だぞ?」


「えっ? これくらいのジョークかました方が、あいつも元気になるだろ?」


「ジョークって……」


 まあ、美帆もノリが良い陽キャだから、露骨に嫌悪感を示すことはないだろうけど。


 俺はチラッとレジを見る。


「おい、店員が若い女の子だけど……」


「よりアガる~♪」


「お前、最低だな」


 そんな俺のぼやきなど無視して、野中はそのレジに向かう。


 案の定、その女子は途中で顔を赤くしていた。


 クズな野中はニヤニヤとしている。


 なるべく誠実でありたい俺はサッと顔を背けて他人をフリをした。


「ありがとうございました~」


 店を後にする。


「あっ、ソッチ系の栄養ドリンクも添えれば良かった~」


「だから、お前ゲス過ぎるだろ。見た目は爽やかイケメンなのに」


「よせよ、男に褒められても嬉しくないし」


「別に褒めてないけど……」


 ダメだ、コレが陽キャなら、俺はずっと陰キャのままで良い。


 いくら女子にモテるからって、女子をオモチャみたいに……


 もし、悠奈さんがこんなチャラ男にもてあそばれたら……


 いやいや、ないない。


 悠奈さんはちゃんとした大人だから。


 こんなやつの誘惑には引っかからないだろ。


 ていうか、こいつは美帆と付き合っているし。


 いくら悠奈さんが美人だからって、彼女の母親に手を出したりはしないだろう。


 エロマンガじゃあるまいし……


「おっ、着いたな」


 ボケッとしている間に、白井しらい家に到着した。


「ポチッとな」


 野中は何のためらいもなくインターホンを鳴らす。


『……はい』


 聞こえたのは、悠奈さんの声だ。


「あ、こんちは。野中ですけど」


『ああ、野中くん』


「美帆のお見舞いに来ました。ちなみに、柴田も一緒です」


『えっ、いっくんも?』


 心なしか、悠奈さんの声のトーンが上がった。


 嬉しい……


『どうぞ、入ってちょうだい』


「うっす。行こうぜ、柴田」


「あ、ああ」


 玄関ドアを開けると、


「わざわざ、どうもありがとう」


 悠奈さんが出迎えてくれる。


「いえいえ、彼氏として当然ですよ。あ、これお見舞いの品々です」


「まあ、ありがとう」


「てか、美帆の顔を見てやりたいけど……柴田」


「んっ?」


「2人で押しかけると美帆に負担がかかるから、1人ずつ顔を出そう」


「そうだな」


 何だ、こいつ。


 ちゃんとそういった気遣いも出来るんだ。


 伊達にモテ男じゃないな。


「2人っきりなら、エッチなこと出来るしな♪」


 こそっと俺に囁く。


 はい、やっぱりクズです、こいつ。


 俺が視線でとがめると、野中は変わらず調子の良い笑みを浮かべて階段を上がって行った。


「いっくん」


「あっ……」


 ふと、俺と悠奈さんは見つめ合う。


 それから、お互いに照れ臭くて、顔をうつむけた。


「……とりあえず、お茶でも入れるわね」


「は、はい……」


 リビングに入ってテーブルにお菓子を並べる間、悠奈さんがお茶を入れてくれる。


 ていうか、ちゃんと美帆の分も取っておかないとな……


「……あっ」


 しまった、クズ野中が残した爆弾が……


「いっくん、どうしたの?」


「ひゃッ!?」


 と、いつの間にかそこ来ていた悠奈さんに対して、ビクッとしてしまう。


「きゃっ、ごめんなさい」


「あ、いえ……お茶、ありがとうございます」


「こちらこそ、お見舞いありがとう」


「いや、まあ……幼なじみとして、当然ですよ」


 まあ、提案したのは野中だけど。


 悠奈さんの手前、良いかっこしたいから、その点は黙ってしまう。


 俺も所詮、そんな男だよな。


「美帆の分は残してあるんで、コレどうぞ」


「まあ、ありがとう。ちょうどおやつ時だなって思っていたから。そこにいっくんが来てくれて……嬉しいわ」


「俺の方こそ……悠奈さんとお茶できて嬉しいです」


「うふふ」


 あぁ、やっぱり悠奈さんは、素敵だなぁ。


 この美女をずっと見ていられる。


 顔立ちや所作は上品できれい。


 でも、その胸は……テーブルに乗っけるほど、大きい。


もちろん、決して下品ではない。


 とにかく色気がすごい、ということだ。


「でも、美帆のやつ、大丈夫ですかね?」


「ええ、まあ。ちょっと、食べ過ぎただけだと思うから」


「はは、悠奈さんの料理が美味しかったせいかな……って、ごめんなさい」


「ううん、嬉しい。でも、トドメはプリンだったみたいよ?」


「そっか……でも、珍しいですね。あいつ細いけど、食でグロッキーになったことないのに」


「ええ、本当に……あの子、羨ましいくらい、細いわよね。やっぱり、若さかしら?」


「悠奈さん?」


「ハッ……ごめんなさい、私ってば。これだから、おばさんはみっともないのよね」


 そう言われて、またついつい、目線が大きな胸に向かってしまう。


 悠奈さんはそれを感じ取ったようで。


 でも、決して隠そうとしない。


 むしろ、どこか甘えるような目を俺に向けて来た。


 だから、俺は何だか焦って、


「ほ、他に良いお菓子あったかな~?」


 と、ビニール袋の中身を漁る。


 その際、勢い余って、中身が飛び出した。


「あっ、ごめんなさい……」


「ううん、大丈夫……」


 その時、お互いに呼吸が止まった。


 なぜなら、ばらけたお菓子や飲料に紛れて……


 カラフルなやつが、いたく主張していたから。


 その存在を。


「……いや、あの、コレは……野中のやつがふざけて買ったんです」


「そ、そうなの……」


 悠奈さんは決して嫌悪感を見せないものの、どこか気まずい空気が漂う。


 その時、まるでタイミングを計ったかのように、俺のスマホが鳴った。


 慌てて出して見ると……


『悪い、柴田。やっぱりガマン出来ないから、15分くらい時間を稼いでくんない?』


 ……あの野郎ぉ~。


 誰のせいでこんな空気に……


「……ねぇ、いっくん」


「は、はい?」


「あの2人、たぶん……もう少し、時間かかるわよね?」


 悠奈さんは、意味ありげな視線を俺に向けて来る。


「ど……どうですかね?」


 もう、冷や汗が止まらない。


「……いっくん、今その……大丈夫?」


「な、何が……ですか?」


「その……ムラムラとか」


 ゴクリ……


「……してますよ、ずっと」


「へっ?」


「悠奈さんといる時は、ずっと」


 あぁ、もう。


 いくら付き合っているとはいえ、その発言はキモすぎる。


 でも、これは俺の正直な気持ちだ。


「……嬉しい」


「えっ?」


「あっ、ごめんなさい、そんな変態みたいな発言を……」


「いや、俺の方こそ……」


「……良ければ、だけど。また、今朝みたいにしてあげようか?」


「えっ……」


「それとも、もう飽きちゃった?」


 悠奈さんが上目遣いに俺を見つめて来る。


「いえ、そんな……俺が悠奈さんに飽きることなんて、ありません」


 そう答えると、彼女はニコッと微笑む。


「さすがに、胸をはだけるとまずいから……今回は、お口と手で良いかしら?」


「何の文句もございません」


「ふふ、いっくんってば♡」


 この女性ひとの笑顔が、愛しすぎた。







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