第3話 からかい(寸止め)

 廊下にて、スマホを打つ。


『すみません、悠奈はるなさん。今日は放課後、美帆の夏休みの宿題を手伝うことになって……ゆっくり、2人きりで会えそうにないです』


 と、メッセを送ると、


『良いのよ、気にしないで。正直、いっくんと2人きりで会えないのは寂しいけど……こうして、ちゃんと繋がっているから、嬉しいわ』


 悠奈さん、本当に可愛い。


『そうだ、美帆の宿題を見てくれたお礼に、今晩はうちで晩ごはんを食べて行って?』


『えっ、良いんですか?』


『もちろんよ。何が食べたい?』


『そうだなぁ……カレーか鍋が良いです』


『じゃあ、お鍋にしようかしら。みんなでつつけるし』


『はい、お願いします』


『じゃあ、楽しみに待っているから。美帆には、私からメッセを送っておくわね』


『了解です』


 悠奈さんとやり取りを終えると、俺はほっこりした気持ちを抱えて教室に戻る。


「やった~、おわった~!」


 美帆が華奢な体をグッと伸びしていた。


「おっ、マジで?」


「へへん、これが美帆サマの本気よ」


「じゃあ、最初から出せよ」


「ピンチの時しか出せません」


「あっそ」


「んっ? ママからメッセ……あっ、今晩は鍋だって♪」


「おっ、マジで?」


「仕方ないから、あんたも招待してあげるよ」


「はいはい、どうも」


 と、少々の憎まれ口を叩きつつ、俺と美帆は教室を後にした。




      ◇




 美帆と一緒に帰り、そのまま晩ごはんをいただく。


 そんなの、昔からよくあるパターンだった。


 けど、俺と悠奈さんの関係性が変わってから、その何気ない行動にいちいちドキドキしてしまう。


 それは高揚感はもちろん……


「ただいま~!」


 と、美帆が玄関先で元気よく言うと、


「おかえりなさい」


 パタパタと、玄関先に駆けて来る。


 ポニテを揺らす悠奈さんが。


 その何気ない姿に、またドキリとしてしまう。


「いっくんも、ね」


「あ、はい……」


 お互いにわずかに見つめ合い、そっと視線を逸らす。


「ママ~、鍋ってなに鍋ぇ~?」


「えっと、まだ残暑があるから、チゲ鍋が良いかなって」


「良いね~! ホットホットで美肌効果だよ~!」


 しっとり上品な悠奈さんと違い、こいつはずっとパリピだ。


 きっと、俺は顔も知らないお父さん似なんだろうなぁ。


「あの、おばさん。俺、何か手伝いましょうか?」


「そうねぇ……じゃあ、スープが沸騰するのを見てくれるかしら?」


「はい」


「はにゃぁ~、いっぱいお勉強してちゅかれた~」


 と、クソ幼なじみさまは、ドカッとソファーに座り、テレビをつける。


「うわっ、イケメン。一平と大違いの」


「おい、うるせえよ」


「てか、一平ママは美人なのに、どうしてそんなにブサイクなの?」


「言うほどブサイクじゃねーよ……生憎、父親似だ」


「ふぅん、ドンマイ♪」


「この野郎がぁ~……」


 と、俺がにわかに怒りを燃やしていると、スッと手の甲に触れられる。


 ハッとして見ると、悠奈さんがそばで微笑んだ。


「……いっくんは、素敵よ」


 耳元で囁かれて、脳がとろけそうになる。


 そのまま、カラダごと……


 でも、不思議だ。


 男の中心、象徴シンボルとも言うべき場所だけは……


 すでに、ギンギンだった。


 ホント、男って性欲の塊だよな……


「あ、いっくん……かき混ぜて?」


「ふぁっ?」


「あの、スープを。ダマになっちゃうから」


「あ、ああ……了解っす」


 だから、しっかりしろ、俺。


「こ、こんな感じですか?」


「うん、そうそう。ゆっくり、焦らずにね」


「は、はい」


 そうだよなぁ。


 俺って童貞を卒業したとはいえ、まだ童貞気質は抜け切っていないからなぁ。


 早く、悠奈さんと2度目の交わりを経験したい……って、バカ。


 料理中に、下品なことを考えるな。


「てか、ママ~、良いの?」


 と、ふいに美帆が言う。


「えっ、何が?」


「となりに一平を置いておいて」


「どういう意味?」


「だって、一平って、ドスケベじゃん?」


「ぶふっ……お、おい、美帆!」


「今だって、ママのエロさに立ってんじゃないの?」


「こ、こら、美帆! そんなふしだらなことを言って……」


「ふしだらなのはどっちさ」


 と、またふいに、美帆の声のトーンが落ちた。


 陽気に弾けていた瞳が、どこか暗く沈んで見える。


 その眼差しが、俺たちをしかと捉えていた。


 また、心臓を鷲掴みされるような……


「……美帆?」


 俺と悠奈さん、どちらがともなく声を漏らす。


 まさか、こいつ、俺と悠奈さんの関係に気付いて……


「……ふしだらなのは、ママのカラダでしょうが。今からでもグラドルデビューすれば?」


 ガクリッ。


「こ、この子は本当に……冗談も大概にしなさい」


「じゃあ、えーぶいでびゅーすれば? ママなら死ぬほど儲かるっしょ? そのお金で豪邸たてちゃおうよ」


「お、おい、美帆! 冗談でも、やめろ!」


「えっ、でも一平だって、見たいっしょ?」


「は、はぁ?」


「ママのエッチな姿。小さい頃からずっと憧れていた、おばさんのエッチな姿を……ね?」


 美帆はニコッと微笑む。


 その笑顔は、何だか計り知れない。


 俺は思わず、となりの悠奈さんと目を合わせる。


「……あっ、いっくん、スープが」


「へっ? わっと!」


 テンパる俺に代わって、悠奈さんが火を弱くしてくれる。


「す、すみません」


「ううん、良いの」


 と言い合う俺たちを見て、


「なんか2人とも……ちょっとカップルみたいだね?」


「「えっ……?」」


「……いやいや、冗談だから。普通にキモいから、マジに受け取らないで?」


「お、おう……」


「ごめんなさい……」


「てか、お腹減ったから、早くしてよね~?」


 美帆はまたテレビに目を向けて、キャッキャと笑いだす。


 その背後で、俺と悠奈さんはまた目配せをし合った。


 お互いに、色々な意味で頬が紅潮し、心臓が高鳴っていた。







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