第2部

第1話 ものすごい朝(スマイル)

 夏休み明けというのは、誰も彼も憂鬱だろう。


 いや、久しぶりに友達に会えるから、むしろハッピーなのか?


 けど、そういう陽キャ勢はだいたい、夏休みの宿題を終わらせていないから。


 結果として、アンハッピーなのかもしれない……なんて。


 俺、ちょっと嫌な感じになっている。


 別に、そんな陽キャに虐げられた訳じゃないのに。


 そう、俺のことを虐げるのは、幼なじみのあいつだけ。


「ねえ、一平」


 朝食を食べていると、声をかけられる。


 スーツ姿で、しっかりとメイクを決めた。


 ショートヘアの女性がいる。


 まあ、俺の母さん、柴田彩乃しばたあやのなんだけど。


「えっ、なに?」


「あんた何か……ちょっと、雰囲気が変わった?」


「そ、そうかな?」


「前は我が息子ながら、何か情けないなぁ~、って思っていたけど」


「ひどっ」


「この夏で、何かちょっとひと皮むけた?」


「まあ、それは……」


「……って、まさか、本当に剥けてないでしょうね?」


「か、母さん? 朝から下ネタ……ですか?」


「バカ、違うわよ。えっ、まさか……美帆ちゃんと?」


「いや、無いから。あいつは無いから」


「ムキになるところが、怪しいな~?」


「てか、前にも言ったじゃん。あいつ、彼氏が出来たって」


「ああ、あんたよりもずっとイケメンの男子だっけ?」


「うぐっ……否定はしないけど」


 俺はみそ汁をすする。


「……あんた、やっぱり何か変わったっていうか……余裕が出来た?」


「余裕? いや、いま割とギリギリだけど。遅刻はしないだろうけど……」


「そうじゃなくて……もしかして、本当に彼女でも出来た?」


 ドキリ、とギクリ、が同時に起きた。


 危うく、みそ汁のおわんを落としかけるが、何とか堪える。


「……出来ていないよ、彼女なんて」


「でも、その余裕っぷりは……まさか、カラダだけの関係?」


「ぶふっ!?」


 俺はみそ汁を噴き出す。


「ゲホッ、ゴホッ……か、母さん? 何てことを言うんだ……ゲホッ」


「ああ、ごめん、ごめん。でも、言うじゃない。男子って、初体験を済ませると、余裕が生まれるって。それまでは、サルみたいなのに」


「結局、下ネタかよ……まさか、会社でも男の人にセクハラしてないよね?」


「バカ、してないわよ。むしろ、あたしがセクハラされまくりだっての。エロ部長とかに」


「それについて、父さんは何て?」


「んっ? いつもセクハラ親父はぶちのめしているから大丈夫って言っているから、たぶん平気よ」


「そうかなぁ?」


「まあ、パパってドMだから、NTRでむしろ興奮するかもね」


「ねえ、母さんって本当に、バリキャリなの?」


「そうでーす☆」


 うわ、おばさんのピースサイン……


 申し訳ないけど、萎えると言うか、痛々しい……


 あれ? でも、もし悠奈さんだったら……


『そ、そうでーす……てへ☆』


 ……可愛すぎる。


「おーい、一平く~ん? 何かキモい顔しているわよ~?」


「ハッ……キ、キモくて悪かったな」


「やっぱり、彼女が出来たか。あるいは、セ◯レか……その子のことを考えて、ニヤけていたの? 全く、これだから男ってのは……」


「母さん、そろそろ会社に行かないと、遅刻しちゃうよ?」


「おっと、いけない。可愛い息子イジりはここまでにしておくか」


「何なんだよ……」


 ていうか、俺が情けない男になったのは、美帆もそうだけど、母さんもイジりまくるからだろうが。


「では、息子くん。まだまだおサルさんの君は、エッチ三昧の青春を送りたいだろう」


「おい」


「でも、ちゃんと避妊はするんだよ? 何なら、今日の会社の帰りに、ママがゴム買って来ようか?」


「早く会社に行け、エロBBA!」


「ひ、ひどい……こんな美人のママを捕まえて……」


「自分で言うなよ……」


「まあ、悠奈さんには及ばないけど。特にスタイルが……あのデカパイは罪よ」


 小さく口を尖らせる母さん。


 俺はその傍らで、またドキドキ、ビクビクしていた。


「てか、今度ちゃんとお礼しないとね~。あんた、夏休みの間は特に、悠奈さんにお世話になったでしょ? 主にごはんとか」


「ま、まあ……」


「勤め先でバイトまでさせてもらって……あっ、もしかして、あんた」


 ギクリ、ギクリ、ギクリ。


「あんたの彼女って……」


 バクバクバク……


「……バイト先で出会った子?」


 た、耐えたぁ~!


「いや、違うから」


「まあ、こう言っちゃなんだけど、スーパーっておばちゃんばかりで、若い子いないもんね~」


「そ、そうそう。俺みたいなガキなんて、相手にしてもらえないよ」


「いや~、分からないわよ~? 一平、頼むから不倫だけはやめてよ? さすがにママもかばえないから」


「ふ、不倫……は大丈夫だよ」


「えっ?」


「あ、いや……」


「とにかくまあ、恋愛は大いに結構だけど、ちゃんと健全に安全に、ね?」


「……うん」


「返事が小さいぞ?」


「わ、分かったから、早く行ってくれ!」


「何よ、やっぱりムキになっちゃって……まあ、息子イジりはこれくらいにしておくか」


 このクソ母め……


 美帆と並んで、俺のプライドを痛めつけるツートップじゃないか。


「じゃあ、最後に、いってらっしゃいのチューする?」


「母さん?」


「何よ、怖い顔しちゃって。小さい頃は、『ママ~!』っていつもあたしにすがって、ちゅっちゅしまくりだったのに」


「いつの話をしているんだよ」


「ああ、そっか。一平になかなか彼女が出来なかったのは、あたしのせいでもあるのね。ごめんなさい、身近にいる女がこんなにイイオンナすぎて♡」


「……家族間でも、セクハラって成立するのかな」


「会社いってきまーす♪」


 ものすごい笑顔で言われた。


 本当にあの母親は……


「……あら、どうしたの?」


 すると、玄関の方で何やら声がした。


「おばちゃん、おはよ~! 一平、もう起きている?」


「うん、何かのんびり朝ごはん食べているけど」


「え~、マジぃ~? さっさと支度しておけっての~」


 えっ、この声って、まさか……


 ズカズカズカ、ガチャッ……


「一平ぇ~、グッモーニーン♪」


 噂の幼なじみさまが登場なさった。


 硬直する俺に対して、


「とりま、その残りのおかず、さっさとかきこめし♪」


 こちらもまた、ものすごいスマイルを向けて来た。







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