第24話 終わりは感謝を込めて

 チリン、チリン。


 涼やかなベルと共に、店を後にした。


「ふぅ、お腹いっぱいだわ」


 悠奈さんは微笑みながら、お腹を撫でて言う。


「って、ごめんなさい。はしたないこと言っちゃって」


「いえ、喜んでもらえて何よりです」


「ええ、そうね……胸もいっぱいだわ」


 悠奈さんの微笑みに、恐らく少し照れが加わった。


 頬を赤く染めながら、チラっと俺に目を向ける。


 その手は腹部から、豊かな胸部へと移り、ゆっくりと撫でる。


 俺はまたしても、卑しい妄想が掻きたてられてしまう。


 実際問題、食事中、悠奈さんはしごく上品な所作を見せていた。


 けれども、食すのがミルクパスタだったから。


 しかも、クラムチャウダーのおまけつき。


 もう、俺は美味なるランチを味わるどころではなかった。


 ひたすらに湧き上がる己のリビドーを抑えることに必死だった。


 俺のバカ、そんなエロ心にばかり浸っている場合じゃない。


 なぜなら、今日で……


「……悠奈さん、公園に行きませんか?」


「公園?」


「それとも、疲れました? まだ暑いですし、お家に帰りたいのなら……」


「ううん、まだいっくんとデートしたいわ」


 ドキッ。


「じゃ、じゃあ、行きましょうか」


 悠奈さんはコクリと頷く。


 道中、何度も手を繋ぎたいと思った。


 けど、それはためらってしまう。


 暑さを言い訳に、俺は結局、悠奈さんと手を繋がないまま。


 公園にやって来た。


 ちょうど、木陰のベンチが空いている。


 まず、自販機で飲み物を買ってから、そこに座った。


「いただきます」


 悠奈さんは、冷たい紅茶を口に含む。


 俺もジュースのキャップを開けて、けどなかなか口をつけない。


「いっくん、どうしたの?」


「いや、その……」


 俺はおもむろに、悠奈さんに目を向ける。


「……今日で最後ですね」


「…………」


「1ヶ月って、長いようであっという間でした。悠奈さんと過ごす時間が、本当に楽しいというか……幸せすぎて」


「……いっくん」


「俺、本当に幸せすぎて……だから、ありがとうございました」


「こちらこそ……こんなおばさんと恋人みたいにしてくれて、ありがとう」


 悠奈さんは優しく微笑む。


 ああ、ダメだ。


 この笑顔を見ていると、癒しと同時に、胸がざわつく。


 いけない感情が湧いてしまう。


 ここで、きれいに終われば良いのに。


 終わらなければいけないのに……


「……好きです、悠奈さん」


 俺の言葉に、彼女は目を丸くする。


「大好きです……あ、愛しています」


 なんて、安っぽい言葉だろうか。


 高校生の分際で、愛しているだなんて。


 しかも、自分よりもずっと年上の、悠奈さんに対して。


 でも……


「……ごめんなさい、最後にどうしても、伝えたくて」


 俺は唇を噛み締める。


 そうしないと、号泣してしまいそうだったから。


 その時、ふっと手の甲に、滑らかでいて、柔らかく、温かいモノが触れた。


「……ねえ、いっくん」


 俺と手を重ねながら、悠奈さんは言う。


「はい……?」


 そして、おもむろに立ち上がる。


 太陽の下に出ると、閉じていた日傘を差した。


 俺はその意味がよく分からず、首をかしげる。


「あの、悠奈さ……」


「……私、この夏が終わっても、ずっとこの日傘を差すわ」


「えっ……?」


「あなたのために」


 その表情はどこまでも美しく、儚い。


 けど、しっかりと俺の目を見て、確かに芯のある声で伝えてくれた。


 俺はまたしてもすぐに飲み込めず、ポカンとしてしまう。


 でもようやく、この愚鈍な脳みそがその言わんとすることを理解して。


 俺はにわかに焦り出す。


「え、えと、あの、それって、つまり……」


「堂々と、周りには言えない……最低の行為かもしれないけど」


「……最低」


「ああ、最低なのは、私だけだから。いっくんは、何も悪くないわ」


「そ、そんなこと……悠奈さんは最高の女性ひとです!」


 つい声が高ぶってしまう。


 夏の青空に吸い込まれて行った。


 悠奈さんはくすっと笑みをこぼす。


「……ねえ、今日は美帆、お出かけして帰りが遅くなるみたいよ」


「へっ? あ、ああ……」


「だから、これから……お家に来る?」


 ドクン!


 心臓が一気に鼓動を打つ。


 半ば意識を失いかけながら、俺は悠奈さんと見つめ合う。


「もし、良ければだけど……」


 悠奈さんは、そっと俺に歩み寄る。


 俺の耳元に口を寄せた。


 すごく、良い匂いがする。


「……また、いっくんと激しくキスがしたい」




      ◇




 おかしい。


 クーラーが効いた涼しい空間のはずなのに。


 どうして暑い外にいる時よりも、脳みそが溶けそうなんだ……


「……ぷはっ」


「……いっくん、この前よりもキスが上手になっている」


「そ、そうっすか?」


「もしかして……練習とかした?」


「いや、えっと……ちょっとだけ」


「まさか、他の女子と?」


「そ、そんな相手いないっす! 悠奈さん以外!」


「うふ、冗談よ」


「は、悠奈さん……」


「……ねぇ、いっくん」


「何ですか?」


「……高校生って、だいたい夏の内に……済ませるのよね?」


「えっと……何をですか?」


「その、私は学生時代、そういった経験はなかったのだけど……ねっ?」


「えっと……あっ」


 俺は目をパチクリとさせる。


 悠奈さんはひどく照れたように、髪を耳にかけた。


「実は、いざという時のために……コレを用意しておいたの」


 悠奈さんはベッドから降りて、テーブルの引き出しから、何やら色鮮やかな箱を取り出す。


 そこには、『薄』の文字が書かれていた。


 いくら童貞の俺でも、コレが何か分かる。


 ただ、面食らい過ぎて、反応が遅れた。


「……マジっすか?」


「ご、ごめんなさい。さすがに、コレは……こんなおばさんと、その……最後の一線を越えるなんて……気持ち悪いわよね?」


「……そんなことないっすよ。何度も言うけど、悠奈さんは最高の女性ひとですから」


「いっくん……」


「でも、俺マジで経験なしの……ど、童貞だから……」


「大丈夫、私も大して経験ないし……今後も、いっくん以外の男性ひととするつもりないし」


「マ、マジっすか……尚のことプレッシャーだわ」


「ごめんなさい、重くて」


「いえ、その……」


 俺たちは見つめ合う。


「あの、悠奈さん……」


「なに?」


「さっき、キスの時、いっぱい唇を吸わせてくれたじゃないですか?」


「うん」


「じゃあ、今度は……そ、そのおっぱいを……す、吸っても良いかな~……なんて」


「もう、いっくんってば。赤ちゃんなの?」


「ご、ごめんなさい! 今のはマジキモ発言でした! 死にます!」


「冗談よ」


 悠奈さんは微笑みながら、服を脱ぐ。


「ブラジャー、取ってみる?」


「えっ、良いんすか?」


「やり方、分かる?」


「いや、分からないっす」


「じゃあ、教えてあげる」


 ぷちっ、はらっ。


「……す、すげぇ」


 子供の頃は、見たことがあった。


 悠奈さんの、生のソレを。


 けど、大人になって(中身はまだガキだけど)、改めて見ると……


「……世界で一番、きれいなおっぱいだと思います」


「も、もう、からかうのはよして」


「いや、本当に……まあ、他の女性のは知らないですけど」


「ありがとう、いっくん……じゃあ、おいで」


「……うん」


 俺は悠奈さんの大きな胸を咥えた。




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