第23話 ゆるゆる

「おい、あの熟女、エロくね?」


「えっ、どれどれ?」


「あっ、日傘で隠れて見えね~!」


 ……良かった、プレゼントしておいて。


 そんなクソ野郎どもの目線からだけでなく、紫外線からも守ることが出来るし。


 今年の夏は稀に見る猛暑だから。


悠奈はるなさん、辛くないですか? ほら、すごく暑いし」


「大丈夫よ、いっくんがプレゼントしてくれた、この日傘のおかげで」


「良かったです。あ、ランチは一応、俺が探しておいた店なんですけど……」


「ええ、とても楽しみだわ」


 俺も男だけど、日傘が必要かもしれない。


 すぐ近くに、こんな眩い太陽がいてくれる。


 優しいけど、それゆえに誰よりも、輝きが強い。


「あ、ここです」


「まあ、素敵なお店ね」


「へへ、入りましょう」


 そのカフェレストランは女性客を中心に人気のお店だ。


 俺たち以外にも、カップルで男性客も何人かいる。


 ……って、俺と悠奈さんはそんな……カップルじゃないし。


 せいぜい、仲の良い親子くらいにしか見られないだろう。


「いらっしゃいませ」


 感じの良い女性店員さんに案内されて、俺たちは席に着く。


「お決まりになりましたら、お呼びください」


 店員さんは一礼して去って行く。


「メニューが豊富ね。どれも美味しそうで、迷っちゃうわ」


「ですね。あの、冷製パスタがオススメみたいですよ?」


「そうなの?」


「はい。それもいくつか種類があって……どうします?」


「いっくんはどれが良いと思う?」


「えっと、そうですね……」


 俺は冷製パスタのメニューをジッと見つめて……


「……じゃあ、この冷製ミルクパスタなんてどうですか?」


「ミルクパスタ、珍しいわね」


「そ、そうですね」


「でも、美味しそうだわ。じゃあ、これにしようかしら」


「う、うっす。じゃあ、俺は……冷製の……海鮮が良いから……ボンゴレにしようかな?」


「良いわね。えっと、店員さんを呼ぶのは、このボタンを押せば良いのかしら?」


「あ、そうっすね」


「ぽちっと」


 えっ、かわい。


 俺が悠奈さんの愛らしさに呆然としている間に、


「お待たせしました、お決まりでしょうか?」


「はい、えっと……この冷製ミルクパスタと、冷製ボンゴレパスタでお願いします」


「かしこまりました。ただいまランチタイムのセットがお得ですが、いかがなさいますか?」


「ああ、このサラダとスープがつくんですね?」


「はい。スープは3種類から選べます。ミネストローネ、クラムチャウダー、コーンポタージュです」


「えっと、じゃあ……クラムチャウダーで。いっくんは?」


「ハッ……俺はコーンポタージュで」


「かしこまりました。少々、お待ち下さいませ」


 店員さんはきれいに一礼をして去って行く。


「す、すみません。ランチセットのこと、忘れていました」


「ううん、良いの。いっくんが素敵なお店を見つけてくれたから、私とても楽しいわ」


「本当ですか?」


「ええ」


 ああ、悠奈さん。


 あなたはやっぱり、世界で一番、可愛く素敵な女性です。


「ねえ、あの親子、何だか可愛いわね」


「息子くん、高校生くらいかしら」


「良いわね~、私のところなんて、反抗期だからランチを一緒になんて絶対にないわよ」


 ママ友集団のひそひそ声が聞こえて来る。


 うぅ、やっぱり、親子にしか見られないか……


 そうだよな。


 精一杯、背伸びしてみたけど、完璧に悠奈さんをエスコート出来ていないし。


「ふぅ、涼しくて気持ち良いわね」


 パタパタ、と服の胸元を揺らすことで、豊かな谷間が……


 ほら、さっきからもう、悠奈さんに対する脳内セクハラが止まらない。


 さっきのミルクパスタだって、もうほぼセクハラだから。


 下手すりゃ、公然わいせつだ。


 ああ、高校生の分際で、こんな変態でどうするんだ。


 このままじゃ、将来的にモテないエロオヤジまっしぐら。


 マジで悠奈さんとのこの1ヶ月の恋人気分だけが一生の思い出になったりして……


「ねぇ、いっくん」


「あ、はい」


「今さら、こんなこと聞くのもなんだけど……本当にこんなおばさんで、良いのかしら?」


「えっ?」


「だって、ほら。他のカップルは、ちゃんと若い男女同士でしょ? でも、私といっくんは……たぶん、親子にしか見られていないもの」


「……そうっすね。俺が情けないガキだから」


「ううん、私がもうアラフォーのおばさんだから……」


「そ、そんなことないっすよ。悠奈さんは若々しくて、20代でも通用しますし」


「もう、またそんなこと言ってくれちゃって……いっくんのバカ」


「ご、ごめんなさい」


「あ、怒っている訳じゃなくて……あまりおばさんを興奮させないで」


「へっ?」


「あっ……喜ばせないで?」


「…………」


 申し訳ないけど、一言いいっすか?


 エッロ……クソほどエロい。


 この色気、同級生の生意気なメスガキどもには到底だせない。


 ああ、メスガキだなんて、公に発言したら炎上案件だけど。


 でも、実際問題、美帆はクソ生意気なメスガキな訳であって。


 ていうか、その母親が、この人であって、まるで似てなくて。


 ああ、美帆は父親似なんだっけ?


 悠奈さんは出会った時点で、既に離婚したシングルマザーだったから、どんな人かは知らないけど。


 そもそも、どちらが別れを切り出したかしらないけど、もし旦那……元旦那さんの方なのだとしたら……アホすぎる。


 ありえない、こんな女神級にステキな悠奈さんを手放すなんて。


 あるいは、こんな女神級にステキな悠奈さんをモノにしておきながら、不義理を働いて離婚に至ったのだとしたら……


「お待たせいたしました」


「わっ」


 注文の品が届いた。


「まあ、美味しそう」


「そ、そうですね」


「では、ごゆっくり」


 目の前に並ぶオシャレな料理を前に、俺はたじろぐ。


 悠奈さんの料理はすごく美味しいけど、家庭的で、おふくろの味って感じだから。


 つまりは、母性に溢れている。


 いや、このメニューも、ある種の母性に溢れて……


「じゃあ、早速いただきます」


 悠奈さんは、フォークで丁寧にパスタを巻く。


 濃厚なミルクがねっとりと絡みついて……一緒に口に含まれる。


 この時、俺の脳裏に最低のワードが浮かんだ。


 メスガキ以上の炎上爆破案件なので、さすがに割愛させていただく。


 けど、だいたいの男子諸君は想像がつくだろう。


 俺はこの時、悠奈さんの何かエロい顔と、いつもエロい胸の間を、視線が激しく行き来していた。


 ダメだ、色々と妄想して暴走してしまう……!


『いっく~ん? いっくんも~、ミルク欲しいかな~? このパスタのじゃなくて……わ・た・し・の♡』


 どわああああああああああああああああぁ!?


 だから、クソ炎上案件だってばああああああぁ!!


「いっくん、食べないの?」


「あっ……」


 俺はようやく、自分が注文した冷製ボンゴレパスタに目が行く。


「美味そうだ……」


「ねっ。冷めないうちに食べなさい……って、元から冷たいんだったわ。やだもう、私ってば」


 ぺろっと舌を出す。


 ミルクで染まっていた。


 可愛くて、クソほどエロい。


 悠奈さん、何か今日は色々と、ゆるゆるじゃないですか!?


 日傘があるからって、安心しすぎでしょ!


 ここは店内、日傘は差さないし。


 例え女性客ばかりでも……もっとちゃんと、色々と隠して下さい。


 パスタを口に運ぶたび、前かがみになるたびに、こっちも前かがみになる案件だから。


 この前、ホテルのベッドでは、もっとがっつり見えていたけど。


 今回は、それに比べれば、そこはかとないチラ見えだけど。


 それがむしろ、エロいんだから。


 ずぞぞ、ずぞぞ。


 こんなオシャレなパスタを、品なくすすることをお許し下さい。


「ふふ、いっくんってば。そんなにお腹が空いていたの?」


「そ、そうっすね……」


 俺は悠奈さんの顔は見ず、胸元はちょっとだけ見て、あとは無心でパスタをすすっていた。




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