第22話 ……好きです

「いっくん、今日は疲れたでしょう?」


「まあ、そうっすね……でも、悠奈さんの方がお疲れでしょう? 運転とかしてくれたし……」


「そうね、もうおばさんだから……クタクタだわ」


「いやいや、そんな……」


「それに、いっくんと……」


「えっ?」


「……ううん、何でもないわ。おやすみなさい」


「あっ……おやすみなさい」


 そして、照明が落ちる。


 いきなり決まったお泊りだから、色々と心の準備が出来ていない。


 別にいつもの枕じゃないと寝られない、ってほど繊細じゃないけど。


 ただ、やはりどうしたって、いつも通りに眠ることが出来ない。


 言われた通り、確かに疲れている。


 いつもなら、これだけ疲れていれば、速攻で入眠できるのに……


「…………」


 いま、俺は悠奈さんに背を向ける形で眠っている。


 けど、やはり何だか、無性に気になってしまう。


 ていうか、悠奈さんは、ちゃんと眠れているかな?


 それとも、俺と同じように、悶々として……いや、何で悶々なんだよ。


 ちょ、ちょっとだけ……


 俺はそろり、と寝返りを打つ。


 ドキドキしながら、とうとう悠奈さんの方を見た。


 瞬間、息が詰まる。


 なぜなら、悠奈さんもこちら側を向いていたから。


 ただし、その瞳はスッと落ちている。


 かすかに寝息も聞こえる。


 どうやら、すでに眠っているようだ。


 やはり、運転も含めて疲れが溜まっていたらしい。


 俺は感謝と申し訳なさを抱きつつ……目をカッと開く。


 なぜなら……見えていたから。


 2つの大きな山、そこにある……深い谷間。


 正に、絶景。


 俺は息を呑む。


 ていうかあれ、もしかして、着けていないんじゃ……


「……んぅ」


 ビクッとしてしまう。


 けど、悠奈さんは眠ったまま。


 俺は束の間、ホッとしつつ、またすぐに体の火照りを感じる。


 そして、雄大にして甘美なるその谷間を……ひたすらに拝んでしまう。


 薄闇の中でも、くっきりと浮かぶ、谷間。


 ああ、谷間、すごい。


 悠奈さん、普段から寝る時、あんな感じなのかな?


 まあ、あれだけ大きいと、きっと苦しいだろうし。


 普段は、好奇の目に晒されているだろうから……


 たまには、解放したいんだろう。


 それにしても……良かった。


 俺と悠奈さんのベッドに隔たりがあって。


 もし、このベッドがもう少し近く、あるいは2人で1つのベッドを使っていたら、俺はもしかしたら……獣になっていたかもしれない。


 人としての理性を失って……


 悠奈さんはどこまでも優しい素敵な女性ひとだけど……


 あの魅惑はどこまでも暴力的だ。


 すれ違う野郎どもが、いちいち発情する気持ちが分かる。


 誠に不服ではあるけど……


「……いっくん」


「は、はひっ!?」


 今度こそ、心臓が止まりかけた。


 俺は冷や汗マックスで、おそるおそる、悠奈さんに目を向ける。


 けど、その瞳は閉じたまま。


「ごめんね、こんなおばさんで……」


 その口調は、どこか覚束ない。


 どうやら、寝言のようだ。


 けど、その気持ちはハッキリと伝わった。


「……あなたは最高の女性ひとです」


 俺ごときには、もったいないくらい。


 だから、例えこの短い間でも、仮初でも、恋仲になれて幸福でした。


 本当なら、これできれいさっぱり、終わるべきだ。


 けど、俺ってやつは、どうしようもない。


 だって、こんなにも、本気で……


「悠奈さん……好きです」


 小さい頃から可愛がってくれて、もう1人の母親のような存在。


 絶対に惚れてはいけない、あなたのことが。


 大好きです。







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