第21話 幼なじみとママと陽キャくん

 カチャカチャ、と……


「う~ん、おいちい♪ 海の家でのランチも最高だったけど……海辺のホテルのディナーは格別だねぇ~♪」


「確かに、宿泊料の割に良い料理だよな」


 と、幸せ陽キャカップルはおっしゃる。


 まあ確かに、この料理は美味いな。


 けど、今の俺はあまり料理に集中できない。


 チラッ、ととなりに座る悠奈さんを見た。


 彼女もまた、料理に口こそつけているけど、どこか覚束ないというか……


「ママ、どうしたの? 何か顔が赤いけど?」


「へっ? そ、そんなことないわよ」


「もしかして、疲れちゃった? もう、おばさんなんだから」


「ご、ごめんなさい」


 と、しょげる悠奈さんを見て、


「おい、美帆。悠奈さんにここまで連れて来てもらって、おまけに予定外の宿泊料まで払わせたんだから。その言い方はないだろ」


「だから、宿泊料は後で払うってば」


「お前の言うことは信用できないんだよ」


「何ですって~?」


 幼なじみ同士、睨み合う。


「まあまあ、2人とも。せっかくの美味いメシが台無しになっちゃうぞ?」


 と、野中がフォローするけど、


「だって、一平がさ~」


「お前が悪いんだろうが」


 俺たちは止まらない。


 その時……


「……二人とも、ケンカはだめよ」


 と、悠奈さんが言う。


「小さいころから一緒の、幼なじみなんだから」


 悠奈さんは声を荒げることなく、あくまでも優しい声音でそう言ってくれた。


「あっ……ごめんなさい」


 俺はスン、と大人しくなる。


「良いのよ、分かってくれれば」


 悠奈さんは微笑んでくれる。


 一方、美帆はどこか神妙な面持ちで押し黙ったまま。


「……ごめんなさい」


 と、ようやく詫びると、悠奈さんは美帆にも微笑みかける。


「さあ、きちんと最後までいただきましょう」


 その後、俺たちは少し大人し目に雑談しながら、晩メシをいただいた。




      ◇




 メシを終えて、部屋に戻る。


「いっくん、私ちょっとお風呂に入って来るけど……どうする?」


「あっ、俺は……」


 少し迷ってから、


「後で行きます。ちょっと、お腹が苦しくて」


「大丈夫? 何なら、お薬とか……」


「ああ、ちょっと食い過ぎただけなんで。休めば大丈夫です」


「そう? じゃあ、ゆっくり休んでね」


「はい。悠奈さんも、どうぞごゆっくり」


「ありがとう」


 悠奈さんは笑顔で部屋から出て行く。


 俺はベッドに腰を下ろしたまま、うなだれた。


「…………」


 先ほど、悠奈さんに叱られた、というよりたしなめられた光景を思い出す。


 あの時の悠奈さんは、当たり前だけど、母親、保護者の顔をしていた。


 そう、保護者、俺にとっての、もう1人のお母さん。


 小さい頃からずっと、面倒を見てくれた、優しい……


「……ヤバいな」


 いくら超絶美人で超スタイルの女性とはいえ、そんな人を……性的な目で見るだなんて。


 やっぱり俺って、ちょっと頭がおかしいのかな?


 この関係を提案、誘ってくれたのは悠奈さんの方だけど……


 それだって、あまりにもモテなくてみじめな俺のことを思うあまりの行動であって。


 悠奈さんは本質的には、俺のことを男として見ている、なんてことはなくて……


 そもそも、俺は世間的に、最高に気持ち悪い感情を抱いている訳であって……



 コンコン。



 ビクッ、としてしまう。


「は、はい?」


 誰だ?


「……あ、柴田? オレ、野中だけど」


「えっ? 野中?」


「ちょっと、入っても良いか?」


「あ、ああ……」


 俺は半ばフラつく足でドアへと向かい、開く。


「よっ」


「あれ、美帆は?」


「風呂に行ったよ。オレも誘われたけど、まだ腹が苦しくてな」


「ああ、俺もだよ……あの2人も、同じくらい食べていたのにな」


「まあ、女子の方が内臓が強くて、大食いだからな」


「そういうもんか」


 と、俺が呆けて言うと、野中は笑う。


「どした、元気ないな?」


「いや、まあ……」


「まあ、良い歳して、ママに叱られれば、しょげるか」


「いや、ママ……みたいなものだけど」


「羨ましいな~、美人のママがいて」


「いや、まあ……ていうか、野中の母親も絶対に美人だろ?」


「んっ?」


「だって、お前は……イケメンだし」


「おいおい、面と向かって言うなよ、照れるじゃん」


 バシッ、と背中を強めに叩かれる。


「いった」


「ああ、悪い」


 そして、俺たちは何となしに、ベッドに腰を下ろす。


 ぶっちゃけ、気まずくなると思ったけど……


「柴田って、彼女とかいないの?」


「はっ? いや、俺は……いないよ」


「そうなの?」


「お前みたいにイケメンじゃないから」


「別にイケメンだからって、みんな彼女がいる訳じゃないよ。オレはちゃんと、努力しているから……さ」


「偉いな」


「別に普通だよ」


「はぁ~、イケメンじゃなくて、努力もしていない俺なんて……やっぱり、ダメダメだな」


「まあ、別にそれが全てじゃないよ。世の中には、ダメ男好きの女なんていくらでもいるし」


「それ、バカにしているだろ?」


「ああ、悪い」


「いや、否定しろよ」


 と、小さな笑いが生じる。


 こいつ、やっぱりコミュ力たけぇな……


「……なあ、野中」


「何だ?」


「例えば、の話だけど……すごくお世話になった人がいるとするだろ」


「うん」


「その人を、その……性的な目で見るのって……やっぱり、キモいかな?」


「何だ、それって美帆のママさんのこと?」


「い、いや、ちがっ……例えばの話だって!」


「ああ、了解、了解(笑)」


 クソ、この陽キャくんめ……


「まあ、でも仕方ないだろ。あれだけ美人で、おまけに巨乳の女がいたら」


「お前、表現が露骨すぎだろ。しかも、女呼ばわり……」


「ああ、ごめん、ごめん。でも、事実じゃん。仕方ないよ、男が女を性的に見ちゃうのは。だって、それがさがだからさ」


「そうかもしれないけど……でもなぁ~……いや、別には……おばさんのことじゃないけどな?」


「はいはい。まあ、ちなみにオレも、ママさんを性的な目で見ているし♪」


「はっ?」


「ほら、やっぱりお前とママさんの話じゃん」


「あっ……いや、その」


「別に良いんじゃないの? 性的な目で見たって。たぶん、向こうも気付いているだろうけど、大人だから気付かぬフリをしてくれるよ。何なら、甘えれば、ワンチャン……」


「ああ、もう、結構です!」


 俺はつい大きな声を出してしまう。


「ハハ、ウケるわ」


「うるせぇよ、陽キャ」


 俺に皮肉にも、野中は笑っている。


 全く、生粋だねぇ。


「……けどまあ、ちょっと気が楽になったわ」


「そう? じゃあ、マジで手を出すの?」


「いや、それは……」


 言えない、もうとっくにあんなことやこんなことを……なんて。


「ハハ、悪い。童貞くんにはハードルが高かったな」


「だ、誰が童貞だよ……その通りだけど」


「ドンマイ♪」


「うるせぇよ、ヤリ◯ン野郎が!」


「言うほどヤリ◯ンじゃねえよ。まだ、3ケタ言っていないし」


「末恐ろしいことを言うな」


「アハハ! 柴田って、面白いなぁ。美帆がイジりたくなる気持ちも分かるよ」


「イジりっていうか、下手すればイジメだからな、あの野郎ぉ~……」


「まあ、美帆には美帆なりの想いがあるからさ。その辺り、もう少し汲んでやれば?」


「まあ、そうだな……あまりケンカばかりして、おばさんを悲しませるのも申し訳ないし」


「てか、ここって混浴ないのかなぁ~?」


「唐突に……あったろどうするんだよ?」


「えっ? 美人母娘とムフフな展開を♪」


「テメェ、もう二度とおばさんに近付くな!」


「柴田、お前……ガチじゃん」


「あっ、いや……ち、小さい頃から、お世話になっている人だからさ……」


「オーケー、オーケー。ちなみに、小さい頃から一緒の幼なじみはいただいちゃっても良いの?」


「ていうか、もうとっくにいただいているだろ?」


「まあな♪」


「……きもっ」


「大丈夫、柴田の方がキモいよ♪」


「やっぱりひでぇ、こいつ!」


 正直、クソジェラシーを感じるけど……


 でも、何だかんだ、良いやつだな、こいつ。


 おかげで、少しだけど胸のモヤモヤが取れた。


 ていうか、もう少しで夏も終わるし……


「……そろそろ、ケリをつけないと」


「えっ、蹴り? オレの得意分野だよ、サッカー部だし。とりあえず、お前のタマを蹴れば良いか?」


「こ、この鬼畜陽キャめぇ~!」




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