第20話 好きよ……

「へぇ~、手ごろな値段の割に良い部屋じゃ~ん!」


 バカ幼なじみ……いや、我が幼なじみがおっしゃる。


「ええ、そうね。確かに、手ごろなお値段だわ」


 母親である悠奈さんが頷く。


「でしょ~?」


「じゃあ、後できっちりと払ってね?」


「あっ、オーシャンビュー!」


「この子は……」


 ため息をこぼす悠奈さんに、


「大丈夫です。さっきも言った通り、俺も払うんで」


「いっくん……ありがとう」


 悠奈さんの微笑みを見ていると、あのウザ幼なじみのクソ言動さえどうでも良くなってしまう。


「じゃあ、この部屋はあたしと秀太くんね~♪」


「じゃあ、私といっくんはもう1つの部屋に……行くわね?」


「うん。てか、まさかとは思うけど、くれぐれも間違いを起こさないでね~?」


「な、何を言っているんだよ、美帆」


「だって、一平みたいなモテないくんにも優しくしてくれる女って、うちのママくらいでしょ?」


「こら、美帆。いつもいつも、いっくんにひどいことばかり言って。少しは自重しなさい」


「はいはい、ごめんなさいね~」


「本当にこの子は……」


「悠奈さん、大丈夫です。俺、気にしませんから」


 あなたがそばに居てさえくれれば……なんてキザなセリフ、当然ながらこの場では言えない。


「あ、夕飯はどうする? 昼飯みたいに、みんなで食べる感じかな?」


 野中が笑顔で言う。


「うん、そうだね。じゃあ、夜の7時くらいで良いよね? それまで、各自好きに行動ってことで」


「オーケー♪」


「ママと一平もそれで良いよね?」


「ええ」


「分かった」


「じゃあ、また後でね~♪」


 陽気な2人に見送られて、俺と悠奈さんは部屋を出た。


 廊下に出ると、2人そろってため息をこぼす。


 そして、顔を見合わせて、少しだけ笑う。


「となりのお部屋よね?」


「まあ、部屋番号は……でも、割と距離ありますね」


「ええ、そうね」


 俺と悠奈さんは、その部屋の前に立つ。


 やべぇ、何かドキドキして来た。


「ねぇ、いっくん」


「は、はひっ?」


「ごめんなさい……私、良い歳して、今すごくドキドキしているの」


「は、悠奈さん……お、俺も……です」


 口ごもってそう言うと、彼女はニコッと微笑む。


 それから、そっと俺の手に自分の手を添えて、


「入りましょう」


「は、はい……」


 入室した。


 確かに、見事なオーシャンビューだ。


 抜けるような青空と海が、入ってすぐにでも見える。


 けど、そんな美しい光景よりも何よりも……


 俺はまず、ベッドを確認してしまう。


 2つのベッドは、当然ながら離れて置かれている。


 カップル用の部屋、という訳ではないらしい。


 べ、別にそんなの、期待していないけど……


「いっくん、私はこっちのベッドで良いかしら?」


「あ、はい。お好きな方で」


 俺が言うと、悠奈さんはそのベッドに腰を下ろす。


「ふぅ……疲れちゃった。やっぱり私って、おばさんね」


「…………」


 何だこの可愛い人は?


 本当にあのクソ生意気な女の母親か?


 とてもじゃないけど、同じ血を組んでいるとは思えない。


 胸だって、あのバカはこんなにそそるほど大きくないし……


「……いっくん」


「な、何ですか?」


「ごめんなさい……」


「えっ? どうしたんですか?」


「お昼に……車の中で……キスをしちゃって」


「あっ……」


「一線は超えないって、いっくんが線引きをしてくれたのに……ダメな女……いえ母親ね。保護者失格だわ」


「悠奈さん……」


「そもそも、息子みたいに可愛いくて大切ないっくんに、夏休み限定とはいえ、恋人になるなんて提案……今のご時世、特に変態的な所業よね……」


「悠奈さん」


 俺は彼女のそばにより、その両肩を掴む。


 ハッとした顔で、俺を見た。


「俺は悠奈さんほど、素敵な女性を知りません……まあ、童貞だから、かもしれませんけど」


「いっくん……」


「その謙虚さ、慎ましさが悠奈さんの魅力ですけど……もっと、自信を持って下さい。あなたはこの世界で、1番可愛くて、1番スタイルが良くて、1番優しくて……俺は1番あなたのことが……」


 それ以上、言葉が続かなかった。


 いや、言うのをためらってしまう。


 けど、そんな半端な俺の励ましに、悠奈さんは微笑んでくれる。


 わずかに、そのきれいな瞳に涙が浮かんでみるように見えた。


「好きよ……いっくん」


 背筋からゾクリとした。


 もちろん、激しく肯定の方向で。


 俺は震える腕を鼓舞して、彼女をそっと抱き締める。


 その豊かな胸の感触よりも何よりも、柔らかな温かさが愛おしかった。







 この後の続きが読める。

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https://kakuyomu.jp/users/mitsuba_sora/news/16817330663505342947





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