第19話 バカ女
案の定、海の家はガヤガヤと人がひしめき、賑わっている。
海が似合う陽キャなお兄さん、お姉さんから、まともな家族連れまで。
みんなして、ワイワイと楽しみながら、食事をしている。
こちらの方も……ズルル! ズルル!
「……うっま! 何で海の家で食べる焼きそばってこんな美味しいんだろ〜?」
美帆がご満悦な様子で言う。
「ピクニックで食べる弁当が美味いみたいなもんだろ?」
我ながら良いたとえを言ったつもりだけど……
「はぁ? 海水浴とピクニックを一緒にするなし」
と、謎のキレムーブをかまされた。
何なんだ、こいつ……
「今までは、何だかんだママの料理が1番だって思って来たけど……これ、ママの味を超えているわ」
「まあ、プロには敵わないわね」
悠奈さんは苦笑して言う。
「一平もそう思うっしょ?」
「えっ? いや、俺は……」
一度、チラと悠奈さんを見てから、
「……は……おばさんの料理の方が、美味いと思う」
「い、いっくん……」
またチラと見ると、悠奈さんはにわかに頬を赤く染めていた。
「うわ、出たよ、マザコン一平」
「おい、それやめろ」
「しかも、いくら家族ぐるみの付き合いとはいえ、幼なじみの母親に甘えるとか……だから、一平はモテないんだよ」
「だから、うるせーよ」
「まあまあ、美帆。あまり幼なじみをいじめるなって。それに、これだけ美人のママさん相手なら、そうなっちゃう気持ちも分かるよ」
野中が笑ってフォローしてくれる。
「秀太くんは優しいな~」
「本当にな。その点、お前は性格が悪いし。その内、愛想尽かされんじゃないのか?」
「あ?」
「……さーせん」
「幼なじみって、ちょっと憧れだったけど、何か大変そうだな」
野中が苦笑する。
俺はビビりつつも、さすがにちょっとムカつくから、もう一言くらい言い返してやろうと思ったけど……
仮にも悠奈さんの娘だからな。
あまり言い過ぎると、悠奈さんが心を痛めてしまうから、ここら辺で自重しておこう。
俺は黙って焼きそばをすする。
「あー、てか焼きそばパン食べたくなったなぁ。ねえ一平、ちょっと買って来てよ」
「いや、売ってないだろ、この辺に」
「じゃあ、コッペパンだけで良いから。この美味しい焼きそばをサンドするための♪」
「なおのこと売ってねーよ、バカ」
「んっ?」
「……勘弁してくれ」
「美帆、夏休みが明けたら、購買で買えば良いよ」
また笑顔の野中がフォローしてくれる。
「そうだね。一平をパシるのは、その時のお楽しみに取っておくよ」
「おい、お前。俺のことを何だと思っているんだよ?」
「えっ? 幼なじみという名の下僕だよ♪」
「もうやだ、この女ぁ!」
俺が叫んでテーブルに突っ伏すと、美帆はケラケラと笑う。
「こら、美帆、いい加減にしなさい」
悠奈さんが言う。
「いっくん、ごめんね」
「いえ、そんな……慣れっこですから」
俺が苦笑しながら言うと、眉を下げた悠奈さんが、そっと俺の耳に口を寄せて、
「……後で私からお詫びするから」
「えっ?」
何だか胸がドキッ!とした。
「ほら、美帆。冷めない内に食べようぜ」
「うん、秀太くん♪」
目の前のバカップルが堂々とイチャつく一方で。
こちらはテーブルの下で、こっそり指先を繋ぎ合っていた。
◇
夕暮れ時。
「疲れた……」
そこまでハシャいだ訳じゃないのに……
やっぱり、人が多いせいか?
そのせいで、疲労感がマシマシになるんだ。
「いや~、楽しかったね~♪」
「本当にな~♪」
一方で、陽キャカップルさんたちは、まだまだ元気だ。
何なら、今からもう1回、思い切り遊べって言われても、嬉々としてこのオーシャンビューに突っ込んで行くだろう。
同い年と思えないバイタリティーに恐れおののく。
「ふぅ……」
俺のそばで、悠奈さんが吐息をこぼす。
「大丈夫ですか?」
「ええ……嫌ね、もう歳だから。こんな調子じゃ、おばさんってバカにされちゃうわ」
「……大丈夫っすよ」
「えっ?」
「だって……そんな悠奈さんも……か、可愛いっすから……」
こんな時、例えば野中みたいなイケメンなら、さらっと言ってのけるだろうに。
チラと横目で見ると、悠奈さんの頬がまた赤く染まって見えたのは……夕日のせいだろうか?
「さ、さあ。みんな、帰りましょうか」
と、悠奈さんが言うけど……
「え~、まだ帰りたくな~い」
と、バカ女さんが言う。
「美帆、もう十分あそんだでしょ?」
「うん、だからもう、遊びは良いの」
「じゃあ、あとは帰るだけじゃない」
「ねぇ、海辺のホテルって、良いよね~?」
「えっ?」
「さっきスマホで調べたら、ちょうど空きがあって~。しかも、料金が割と休めだったから、当日予約しちゃった♪」
「あ、あなた……」
「ちなみに、今日は土曜だし。ママも明日はパートお休みでしょ?」
「ま、まあ……」
「じゃあ、良いじゃん」
「ちなみに、誰がお金を出すのかしら?」
「あたし夏休みにバイトしたから、任せて」
「おい、美帆。この前のデートで、そのお金はパーッと使って残りはほぼゼロじゃなかったか?」
「あっ……てへっ♪」
このクソ
「はぁ~、もう……仕方ないわね」
「えっ、ママが出してくれんの?」
「そうする他ないでしょうが」
「やった~♪」
「言っておくけど、後でちゃんと返しなさいよね」
「でも~、バイトしちゃうと~、秀太くんと過ごす時間が減っちゃうしな~」
「じゃあ、今から私がキャンセルの連絡を入れるから。どこのホテル?」
「ダ、ダメだよ! 当日キャンセルは8割払いだから、損しちゃうよ?」
「張本人が言わないでちょうだい」
悠奈さんは深くため息を漏らす。
「……あの、悠奈さん」
「いっくん? ごめんね、美帆がまたこんな……」
「いえ、その……俺もホテル代を出します」
「えっ?」
「まだ、バイト代が残っているので……足りない分は、またバイトして返しますよ」
「いっくん……ありがとう」
悠奈さんが微笑んで言うと、胸が高鳴る。
同時に、罪悪感が湧いた。
だって、ぶっちゃけて言うと、善意の下に嫌らしい気持ちが隠れているから。
海辺のホテルで、悠奈さんとお泊り。
まあ、2人きりじゃないから、そんな憧れのシチュにはならないだろうけど……
「決まりだね☆ ちなみに、部屋は2人用を2つ取ってあるから」
「はいはい。じゃあ、おばさんと美帆、俺と野中に分かれる感じか?」
「はぁ? それじゃ意味ないじゃん」
「えっ?」
「あたしと秀太くん、ママと一平のペアね♪」
「…………マジっすか?」
やばい、うっかりよだれが垂れそうになった。
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