第18話 渇き

 夏のビーチは、やはり騒がしい。


 典型的な陽キャどもから、家族連れまで。


 みんなして、キャッキャ、ウフフとはしゃいでいらっしゃる。


 そんな中で……


「…………」


「…………」


 無言で歩く2人がいた。


 しかも、手をつないで。


 時折、周りから好奇の目を向けられる。


 だって、親子ほど歳の離れた男女が、手を繋いで歩いているから。


 もし本当に親子だとしても、高校生の男子が母親と手つなぎで歩くとか、ありえない。


「おい、あの熟女、めっちゃ美人じゃね?」


「でも、所詮はおばさんだろ?」


「いや、あれ脱いだらデカパイ炸裂すんじゃね? エッロ」


 ぎりっ。


 やはり、悠奈さんはどこに行っても、注目の的か……


「……悠奈さん」


「んっ?」


「ちょっと、こっちに来て下さい」


 俺はグイと悠奈さんの手を引く。


 早歩きで、人混みから離れて行く。


 そのまま、階段を上ってビーチを後にする。


 ズラッと車が並ぶ駐車スペース。


 その中で、今日俺たちのことを乗せて来てくれた車の前にやって来る。


「……ごめんなさい、悠奈さん。いきなり、こんな遠くまで歩かせて」


 俺は歯噛みをする。


「でも、俺は……」


「……ねえ、いっくん」


「はい?」


「荷物はロッカーに預けてあるけど、念のため貴重品はこのパーカーのポケットに入っているの。お財布と携帯と……あとは車のカギ」


「そ、そうなんですか……」


「ちょっと、涼もうか?」


「す、涼む?」


「車のエンジンかけて、エアコンつけましょう」


「あっ……はい」


 優しく微笑む悠奈さんの誘いで、俺たちは車に乗り込む。


 まずは、ドアを開けて熱気をある程度逃がしてから、エンジンをかける。


「エアコンが効くまで、少し我慢してね」


「は、はい……」


 日差し防止のため、フロントガラスはシートで覆われている。


 だから、ちょっとした密室というか、密閉空間みたいで。


 何か別の意味で、汗が噴き出しそうだ。


「……やっぱり、暑いわね」


「そ、そうっすね」


 と、俺が頷くとなりで、ジジと音が聞こえた。


 えっ、と思っておそるおそる、チラ見をすると……


「……ハッ!?」


 悠奈さんが、パーカーのチャックを下ろしていた。


 そのため、雄大にして広大な山脈、並びに谷間が解放される。


 そして、それらを包み込むのは……白いビキニだ。


 すごい……


「……いっくん」


「ひゃ、ひゃいっ?」


「ど、どうかしら? 私の水着は……」


「……や、やばいっすね」


「や、やばい?」


「あ、ああ、もちろん良い意味で……」


「あ、ありがとう……」


 それにしても、これ何カップあるんだよ。


 少なくとも、美帆の10倍はあるぞ(おい


 絶対にFは下らない。


 GかH、いやI……さえも超えて、さらにその先。


 とりあえず、グラドルも真っ青のお乳をしていらっしゃる。


 出来れば、もう少し遠目から、全体像を拝みたいけど……


 いや、このシチュは、ぶっちゃけかなりエロい。


 薄暗い車内で2人きり。


 ビキニの悠奈さんと、2人きりで……


「……ねぇ、いっくん」


「は、はい」


「その、また手を握っても……良いかしら?」


「ど、どうぞ」


 お互いに、遠慮がちに指先が触れ合う。


 そして、確実に握り合った。


 エアコンが効いているから、体の汗はだいぶ飛んだけど。


 この手汗だけは、如何いかんともしがたい。


「ごめんなさい、いっくん。ちょっと汗を拭いても良いかしら?」


「あ、はい」


 悠奈さんは女性だから、やはり男の俺以上に気にするのかな?


 俺は繋いだ手を離そうとするけど、


「あ、そのままで大丈夫」


「へっ?」


 悠奈さんは空いた右手にウエットシートを持つ。


「ちょっと、ごめんね」


「はぁ……」


 俺がポカンとして見ていたそばで。


 悠奈さんは、そのウエットシートを持った右手先を……谷間に突っ込んだ。


「ぶふっ!?」


 俺は瞬間的に噴き出す。


「ごめんなさい、今は水着で通気性が良いとはいえ、この時期はどうしても汗が溜まって……蒸れちゃうの」


「ソ、ソウナンデスカ?」


 今までも、こっそり処理して来たんだけど……ごめんなさい、はしたない女で」


 本当に、その通りですよ、悠奈さん。


 あなた、マジで、いたいけない童貞男子の前で、何をしてくれてんですか!?


「すぐ、終わらせるから」


 いや、そこはどうぞごゆっくり……って、俺のばかん!


「んしょ、もっと奥の方を……あんっ」


 ……俺、鼻血とか出てないかな?


 ていうか、お漏らししていない?


 大変下品で恐縮だけど。


 こんなエロ事態に直面して、我慢できる童貞男子がいるのかああああああぁ!?


 ていうか、全男が耐えるの不可だろ。


「あと少しで……よいしょっ……やんっ♡」


 ……このエロさを前にしたら、全ての男はケモノと化すだろう。


 俺はかろうじて、耐えているけど。


 幼い頃、悠奈さんに面倒を見てもらった光景を思い出して。


 すると、一時的にすん、と落ち着くけど。


『ねえねえ、おばちゃんのおっぱい、ママのよりもすごく大きいよ~?』


『もう、いっくんってば、おませさんね』


 ノオオオオオオオオオオオオオオォ!?


「よし、終わったわ♪」


 悠奈さんはスッキリした様子。


「そうだ、いっくん。のど渇いていない? ちゃんと水分補給しないと、熱中症に……」


「……でも、またクソ暑い外に出るの、億劫ですよね?」


「へっ? ま、まあ、そうね」


 俺の異変を察知したのか、悠奈さんの頬がわずかに強張る。


 俺は理性と欲望の狭間で揺らいでいた。


「大丈夫です、ツバでも飲んでおけば」


「まあ、そんな、昔の男の人みたいなことを言って……」


「……悠奈さんの」


「……………………はい?」


 車内がシーンと静まり返る。


 数秒後、俺はハッと我に返る。


「ご、ごごご、ごめんなさい! 俺ってばその、夏の暑さにやられて……」


「……私たち、一線は超えないって約束だったわよね?」


「そ、そうっすね。だから……」


「……でも、キスくらいなら……良いかしら?」


「はっ……?」


「いっくん、キスの経験は?」


「な、ないっすよ……童貞だし」


 何を余計なことを口走って……


「良かった……」


「へっ?」


「あっ……で、でも初めてがこんなおばさんとか、嫌よね?」


「い、嫌だなんて、そんな……むしろ、光栄と言いますか」


「本当に?」


 俺たちは自然と見つめ合っていた。


 薄暗いけど、悠奈さんの頬が赤く染まっていることに、俺は気が付く。


 きっと、俺も頬が赤らんでいるだろう。


 熱さを感じる。


「じゃあ……キスしよっか?」


 ドクン、ゴクリ。


 心臓が高鳴り、生唾を飲み込む。


 けど、やはり自分のそれじゃ、物足りない。


 悠奈さんの唾液が……たまらなく欲しい。


 おいおい、高校生にしてその性癖に目覚めるとか、終わってんな俺。


 ていうか、俺マジでこれから、悠奈さんと……


「……どっちからする?」


「あ、えっと……」


 俺は悩んだ末に、


「……悠奈さんの方から、してもらえます?」


「……うん、分かった」


 あぁ、男のくせに、情けない。


 けど、童貞が下手に出しゃばるよりも、人妻(元だけど)で経験のある悠奈さんに身をゆだねる方が賢明と判断したんだ。


 童貞のくせに余計なプライドを持つ必要なんてない。


 俺は黙って、唇を差し出すだけ……


「……じゃあ、するね?」


「お、お願いします」


 やばい、ガキの頃、注射の前に泣きはしなかったけど、すごく緊張したのを覚えている。


 今はそれと同等、いや、確実にそれ以上にドキドキ感に支配されている。


「いっくん……」


「は、はい」


「……好きよ」


「えっ」


 悠奈さんの美貌が、すぐ目の前に迫った。


 あぁ、とうとう俺の、初めてが――



 ピリリリリ!



 無粋な電子音が響き渡る。


 同時に、俺の心臓の鼓動も止まった。


 いや、もちろん、完全にじゃないけど。


 ドキドキが消えた……


「……ご、ごめんなさい。私の携帯だわ」


「あっ……はい」


「あっ……美帆からだわ」


 悠奈さんはスマホの画面と、それから俺を見比べる。


「で、出てください」


「え、ええ」


 悠奈さんは、通話ボタンをプッシュした。


「はい、もしもし。美帆?……ええ」


 その後、いくつかやりとりをして、


「分かった、すぐに戻るわ」


 悠奈さんは通話を終える。


「美帆、何て言ってました?」


「そろそろ、お昼の時間だから。海の家でごはんを食べましょうって」


「ああ、もうそんな時間か……」


 あれ、俺ってば、思った以上にがっかりしている?


 悠奈さんとの、キスを遮られて……


「……いっくん」


「はい……?」


 直後、息が詰まった。


 急に呼吸が出来なくなって、ひどく焦った。


 最初、柔らかく、少しぬるっとした感触に飲み込まれて。


 けど、次第に優しく、愛撫あいぶされるかのごとく。


 舌をもてあそばれて……


「……はぁ、はぁ」


 悠奈さんが目の前で、吐息を弾ませている。


「ごめんね、いっくん……いやしいおばさんで」


 俺はごくん、と唾を飲み込む。


 あり得ないし、気のせいだろうけど。


 自分のよりもずっと、甘く香り高い。


 美人って、どこからどこまでも、上品なんだな……


「……じゃあ、戻りましょうか」


「……はい」


 今の俺、骨ってあるかな?


 上手く立てる気がしない。




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