第17話 交わる

 開いた窓から、潮の香りが吹き込む。


「わぁ、海だ!」


 後部座席でいの一番に声を出すのは、我が幼なじみ。


「ねぇ、秀太くんも見て見て!」


「おぉ、すごいなぁ~♪」


「早く秀太くんと一緒に泳ぎたいなぁ~♡」


「はは、オレもだよ」


 この陽キャカップルめ、恥じらいもなくイチャつきやがって……


 と、以前の俺なら、歯噛みをして、そのまま敗北の血を流していた所だろう。


 けど、今の俺は……


「ふふ、楽しみね」


 運転席で微笑むのは、悠奈さんだ。


「いっくんも、楽しみ?」


「へっ? あ、そうっすね……」


 ついつい見惚れていたから、ぎこちない返事になってしまう。


「ちょっと、一平ってば~! テンション上げて行こうよ~!」


「そうだぜ、柴田ぁ~!」


「あー、はいはい」


 だから、うるせえんだよ、陽キャカプが。


 美帆、お前は悠奈さんの爪の垢でも煎じて飲んでいろ。


 と、何だかんだ、内心で毒づいてしまう。


 そもそも、何でこんな状況になっているのかと言うと……


 数日前。


『ママ~、あたし海に行きた~い、秀太くんと』


『あら、行けば良いじゃない』


『でも、遠いからさ~。電車で行くの、大変だし~』


『もしかして、私に車で送って欲しいってこと?』


『ていうか、ママも一緒に楽しもうよ、海を』


『いや、そんな……私はもう、おばさんだし……』


『何を言ってんのさ、ママってばあたしのママなだけあって、超美人でおっぱいもヤバイし』


『こ、こら』


『でも、そっか。だからこそ、ナンパがヤバそうだな~。秀太くんもいるけど、あたしとイチャつくので忙しいし……』


 などと言う、親子の会話をボーっと眺めていたら、


『そうだ、一平。あんたも来なさいよ』


『へっ?』


『まあ、最近なんかちょっと、マシな面になって来たっぽいし~? ママのボディーガード役してくれない?』


『お、俺が……は……おばさんの』


 俺と悠奈さんは見つめ合う。


『わ、私からも……お願いしたいな』


『そ、そうっすか……』


 俺は無性に照れ臭くて、頬を指先でかく。


『わ、分かりました。俺で良ければ』


『ありがとう、いっくん』


『よし、決まりね~!』


 ……てな具合に、トントン拍子で話は進んで。


 いま、ここに至る。


「いや~、海だな~」


 海パン姿のイケメンが言う。


 筋肉ムキムキという訳じゃないけど、さすが運動なだけあって、良い感じの細マッチョだ。


 さぞかし、おモテになるんだろうな~。


「なあ、柴田」


「えっ?」


「ぶっちゃけ、あまり乗り気じゃない?」


「いや、そんなことは……」


「まあ、お前って、何か美帆に振り回される感じだもんな~」


「否定はしないけど……」


「でも、ラッキーじゃんか。おかげで、美人のママさんのそばにいられて」


 そう茶化されて、思わず言葉に詰まる。


「お、俺は別に、そんな……おばさんとは、昔からの知り合いで、親子みたいな間柄で……」


「そんなムキになるなって」


「別に、ムキになってなんか……」


 と、俺が軽く意地を張ってしまった時。


「おまたせ~♪」


 明るい女の声に振り向く。


「おぉ~、美帆! 似合うじゃんか、そのビキニ♪」


「えへっ、でしょ~?」


 明るいこいつにふさわしく、黄色いビキニ。


 悔しいけど、よく似合っている。


 てか、こいつこんなスタイル良いんだな。


 いつも、ワガママ放題で、グダグダと生活しているくせに。


 これが、若さか……


「あれ、ママさんは?」


「んっ? あっ、ママ、早くおいでよ~!」


 美帆が声を向ける先に、悠奈さんがいた。


 けど、ビキニ姿じゃない。


 上からパーカーを羽織っている。


「み、美帆。恥ずかしいから、あまり大声を出さないで」


「てか、何でそれ羽織ってんの? 脱ぎなよ」


「は、恥ずかしいから……私のことは良いのよ」


「ふぅ~ん? まあ、ママのダイナマイトボディが炸裂したら、青い海が真っ赤に染まっちゃうもんね」


「こ、こら、美帆」


「じゃあ、あたしは秀太くんと遊んで来るから」


「ええ、どうぞ」


「一平」


「何だよ?」


「ママのボディーガード、ちゃんとしなさいよ?」


「わ、分かっているよ」


「とか言って、あんたもし、ママのエロさにほだされて、襲ったりしたら……マジギルティーだから」


「なっ……し、しねーよ、そんなこと……」


「おいおい、否定が弱いぞ~? このエロ幼なじみめ」


「だ、黙れ! 良いから、さっさと行けよ!」


「美帆、その辺にしておけよ」


「はーい、そんじゃね~♪」


 こうして、やかましくうざったい女はビーチを駆けて行った。


「全く、あいつは……」


 俺が静かに憤慨ふんがいしていると、


「いっくん、ごめんなさい」


「あ、いや。悠奈さんのせいじゃないですよ。美帆のやつが……」


「がっかりしたかしら?」


「はい?」


「その、水着姿じゃなくて……」


「あっ……」


「なんて、自惚れかしらね。こんなたるんだおばさんの水着姿なんて見ても……」


「しょ、正直に言って……めちゃ楽しみにしていました」


「い、いっくん……」


「でも同時に、不安でした。美帆が言うように、悠奈さんのカラダは……すごいですから。もし、その水着姿を解放したら、良からぬ輩どもが寄って来て……俺ごときじゃ、守り切れるかどうか……」


「そんな心配してくれていたの?」


「あ、ごめんなさい、弱気なことを言って。でも、大丈夫です。いざとなったら、この身を呈して、悠奈さんをお守りしますから」


「やめてちょうだい」


「へっ?」


「だって、もしあなたに、もしものことがあったら……私、すごく悲しむわ」


「は、悠奈さん……」


 お互いに、見つめ合ってしまう。


 悠奈さんの瞳が、潤んで見えた。


「……少し、歩きますか?」


「……うん。いっくんと、行きたい」


「じゃ、じゃあ、行きますか」


「ねえ、人が多いから……また、手を繋ぎたい……ダメ?」


「ダ、ダメなんてことは……あっ、でもちょっと、手汗が……」


「大丈夫、私もドキドキして、すごい汗だくだから」


 ゴクリ……


「……で、では、失礼して」


 その手に触れると、確かに少し、汗をかいていた。


 俺と悠奈さんの汗が交わる。


「じゃあ、行きましょうか……一平さん」


「ふぁっ……?」


「あっ、ごめんなさい……あの子たちのラブラブっぷりを見せつけられて、つい……」


「…………」


「い、いっくん?」


「ハッ……ごめんなさい、ちょっと気絶していました」


「だ、大丈夫? もしかして、熱中症? 日陰で休む?」


「へ、平気です……行きましょう」


「無理しないでね?」


 と、悠奈さんは言ってくれる。


 けど、この時ばかりは。


 多少のムリをしてでも、一緒にいたかった。




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