第16話 繋がる

「おまたせ、いっくん」


 その時、ワンピースの裾が舞ったのは、クーラーの風のせい……じゃない気がする。


 神様もやはり、美女を演出したがるのだ。


 そうでなければ、説明がつかない。


 ていうか、この人自身が、女神だった。


 ということは、まさかのセルフプロデュース……?


「…………」


 ノースリーブによって露わになる肩のラインは滑らかだ。


 肌は白くきれいで、荒れている箇所がない。


 すっと、指先で触れたくなるくらいに。


 分かっている、それが変態的だということは。


 しかし、そんな風に男を狂わせるくらいなのだ。


 目の前にいる、悠奈さんは。


 ていうか、肩もそうだけど、胸元……谷間も見えていますけど!?


「ご、ごめんね。ちょっと、派手すぎかしら?」


「は、派手というか……夏とはいえ、露出が……気になります」


「見苦しい?」


「いえ、むしろずっと、見ていたいです」


「へっ?」


「あっ……ゴ、ゴホン。あまり露出が激しいと、またこの前みたいなナンパな輩が寄って来ますよ?」


「ええ、そうね。でも、今はいっくんがプレゼントしてくれた、日傘があるから……ちょっとだけ、大胆になりたいなって」


「大胆に……」


「もちろん、それは……」


 悠奈さんが、俺のことをジッと見つめる。


「……何でもないわ」


「そ、そうっすか……」


「さあ、行きましょう?」


 悠奈さんは、結んだ髪を揺らして微笑む。


「は、はいっ」




      ◇




 最初、股間の膨らみで上手く歩けないことを心配したけど、まあ何とかなっている。


「悠奈さん、日傘どうですか?」


「ええ、すごく良いわ。暑さも和らいで……けど、いっくんが……」


「ああ、俺は平気っすよ。暑いの好きなんで。夏はバリバリ、日差しを浴びたいです」


 まあ、決して嘘ではないけど、でもぶっちゃけしんどい。


「そう……若いのね」


 けど、悠奈さんの笑顔を見ていると、心の中を一気に風が吹き抜ける。


 抜群の清涼感……ただし。


 直後に、カッと頬が熱くなる。


 ついでに、股間も……いや、やめておこう。


「あ、公園」


「ちょっと、休憩します?」


「ええ、そうね」


 ちょうど、自販機があった。


「いっくん、どれが良い?」


「いや、自分で出すんで……ていうか、ここは俺が悠奈さんの分も」


「そんな、悪いわよ。こんな素敵な日傘までもらったのに」


「出したいんです……一応、男だから」


 照れながらそう伝える。


 ちらっと悠奈さんを見ると、


「あ、ありがとう……」


 彼女もまた、少し照れたように、頬を赤く染めていた。


 めちゃくちゃ可愛い。


 俺は炭酸飲料、悠奈さんは無糖の紅茶をチョイス。


 ちょうど、ベンチは木陰にあった。


「よいしょ……って、ごめんなさい。うっかり、おばちゃんくさくなって」


「いや、気にしないですよ」


 むしろ、可愛すぎるし。


「ふぅ、暑い……」


 日傘を閉じた悠奈さんは、その手で服の胸元をパタパタとする。


 俺はその光景をまじまじと見つめてしまう。


「じゃあ、いっくん。いただきます」


「ど、どうぞ」


 たかだか100円ちょっとじゃ、かっこつかないけど。


 やっと俺も、悠奈さんの……彼女のために、お金を出すことが出来た。


 それが何だか、誇らしいけど、むずがゆい。


 ちなみに、悠奈さんはお行儀よく両手でペットボトルを持って、白いのどをコクコクと動かす。


 うん、やっぱり死ぬほど可愛いですね。


「はぁ、美味しい」


 俺はまたしても、そんな彼女に見惚れてしまう。


 そんな状態でキャップを開くものだから……


「あっ、いっくん! 炭酸が溢れているわよ!」


「うわち!?」


 俺は慌ててペットボトルの口に自分の口をつける。


「……す、すいません。そそっかしくて」


「気にしないで。それよりも、手がベタつくでしょ? 手を洗って来たら?」


「そうっすね。じゃあ……」


 と、立ち上がりかけて、俺は止まる。


 キョロキョロ、と辺りを見渡す。


 周りには、きゃっきゃとハシャぐ親子連れしかいない。


 なら、大丈夫か……


「じゃあ、速攻で戻って来ます」


「そんな慌てなくても良いのよ?」


「いえ、すぐに戻りますから!」


 つい口調が強くなってしまったことを恥じながら、俺は言った通り速攻で水飲み場で手を洗い、ベンチに戻って来た。


「はぁ、はぁ……」


 おかげで、のどが渇いた。


 もう1本、ジュースを買うか。


 でも、周りの人柄が穏やかとはいえ、いつ厄介な野郎が来るやもしれん。


 だから、悠奈さんのそばを離れがたくて……


「ねぇ、いっくん」


「はい?」


「良ければこれ……飲んで?」


 悠奈さんは、自分が飲みかけの紅茶を差し出す。


「いや、でも……」


「あっ、ごめんなさい。おばさんの飲みかけなんて、嫌よね?」


 そんな訳がない。


 これ仮にオークションに出したら、100万円は下らない。


 っていう発想がキモすぎる!(白目


「……い、良いんすか?」


「もちろんよ」


「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ……」


 俺はモジつく。


 そのせいで、俺も悠奈さんよろしく、両手でお行儀よくペットボトルを持つ。


 そして、とうとう口をつけて、チビチビと飲む。


「……うまっ」


「そう? 良かったわ」


「は、はい……」


 ていうか、これって、アレだよな。


 か、かか、か……


「……間接キス、しちゃったね」


「ぶふっ!?」


「ごめんなさい、良い歳したおばちゃんが、はしゃいじゃって……」


「い、いえ…………可愛いっすよ」


「へっ?」


「あっ……暑いし、そろそろ帰りますか?」


「うん」


 悠奈さんは笑顔で頷き、立ち上がる。


 俺もベンチから立つ。


「ああ、でもこの日陰から出る勇気が……あっ」


「……ねぇ、いっくん」


「あ、はい?」


「この日傘、一緒に入らない?」


「えっ? いやいや、そんな……狭いっすよ?」


「うん、だから……手を繋ぎましょ?」


「ふぁっ……!?」


「でも、こんな暑い時に……やっぱり、嫌かしらね?」


 少し不安げな悠奈さんの表情から、すすっと、滑らかな肩、細い二の腕を通って、繊細な指先を持つ手に目が行く。


 この手に、俺は……


「……俺って、ダメな男ですね」


「いっくん?」


「だって、男のくせに、悠奈さんに誘ってもらってばかりで……情けない」


「良いのよ。だって、私の方がたまらなく……したいから」


 ゴクリ。


 おい、何で息を呑むんだよ、俺。


「あ、あざす……」


 そして、何だよ、その適当な返事は。


 けれども、悠奈さんは嫌そうな素振りを一切見せず、また微笑んでくれる。


 俺はこの笑顔を守りたいし、何なら肖像画として飾りたい。


 いや、これまた変態チックだろ……


「いっくん、来て……」


「は、はい……」


 そして、俺たちは人知れず、繋がった。







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