第14話 男として

 夕暮れ時、家に帰る。


「一平くん、今日はすごく楽しかったわ」


「お、俺の方こそ……悠奈さんと過ごせて、楽しかったです」


「うふふ……じゃあ、またね」


「ま、また」


 お互いに照れながらも手を振り合って、それぞれの家に入る。


 すぐおとなりで、会おうと思えばいつでも会えるのに。


 何だかすごく、さみしい。


「……ただいま」


 両親はまだ仕事から帰っていない。


 けど、それで良い。


 今はあえて、この言いようのない寂しさ、孤独感を噛み締めていたい。


 飲み物を持ってソファーにどかっと身を沈める。


 今日、悠奈さんとデートした光景が脳裏に蘇って……ドキドキしてしまう。


 男のくせに、ドキドキとか、女々しくて気持ち悪いけど。


 あのとても可愛らしい人を思い浮かべると、もうどうしたって、心臓の鼓動が落ち着かないんだ。


 本当に楽しいデートだった。


 けど……


 今日の映画代も、ドリンク代も、ランチ代も、みんな全部……悠奈さんが出してくれた。


 いくら、悠奈さんの方が大人で経済力があるとはいえ、男としてちょっと……いや、だいぶ情けない。


 このままでは、いつまで経っても、幼なじみの母親と、息子みたいなおとなりの子、という関係性から脱却できない。


 まあ、そもそも、俺と悠奈さんの関係は、この夏限定だけど……


 いや、だからこそ、しっかりと男の俺を刻んでおきたい。


 悠奈さんの胸に。


「……そうだ」


 俺はあることを思い付いた。




      ◇




 その空間には、揚げ物の匂いが立ち込めている。


「予約のお客様いらっしゃいました、87番です」


「間違えないよう、確認して持って行って」


「あと、どれくらい作るんだっけ?」


 厨房は慌ただしい。


 初めて味わう空気だから、ぺーぺーの俺は息を呑むしかない。


 でも、ボーっとしている訳にもいかず、言われた通りの作業をこなして行く。


「ちょっと、君」


「は、はいっ?」


 背後から声をかけられ、ビクッとしてしまう。


「そのオードブルの盛り付け……」


「す、すみません。何かまずかった……ですか?」


「ううん、中々に上手ね。さすが、悠奈さんの息子くん」


「あ、いえ、は……おばさんは、おとなりさんです」


「ああ、そうだったわね。でも、息子同然に可愛いって、いつも悠奈さんが言っているわよ?」


「そ、そうっすか……」


 俺は苦笑いをする。


「じゃ、その調子でよろしくね~」


「はい」


 俺は再び、作業に集中する。


『え、アルバイト?』


『はい……その、出来れば、悠奈さんの働くスーパーでと思ったんですけど……ダメですか?』


『そんなことないわ、ちょうど良いタイミングよ。お盆の繁忙期で短期のアルバイトを募集しているところだから』


『そうなんですか?』


『いっくん、お魚屋さんと、お惣菜屋さん、どっちが良い?』


『えっと……それぞれ、どういう雰囲気ですか?』


『まあ、お魚屋さん、鮮魚部門はバリバリの男社会で、ちょっと体育会系ね』


『へ、へぇ~……』


『お惣菜屋さん、惣菜部門は逆で女社会ね。でも、こっちも割と体育会系かしら?』


『ど、どっちも怖そうだけど……惣菜の方がまだ優しそうかな? 女の人ばかりなら……』


『いっくん……浮気心、発動していないでしょうね?』


『は、はい? そ、そんなことは……だって、今の俺は、悠奈さんのか、彼氏で……あなた一筋ですから』


『…………』


『は、悠奈さん? ごめんなさい、キモかったっすか?』


『……私ってば、つい意地悪なこと言っちゃって……カウンターパンチもらっちゃった』


『は、悠奈さん……』


 とまあ、そんな流れで、俺は悠奈さんのパート先である近所のスーパーにて、お盆限定の短期バイトに勤しむこととなった。


「柴田くん、落ち着いたし、そろそろ休憩どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 俺はぺこっと頭を下げ、厨房と出て休憩室に向かう。


「失礼しまーす……」


 けっこう広いその部屋に入ると、


「あっ、いっくん」


「あっ、悠奈さん」


 お互いに、ニコッとする。


 いや、俺の方はホッとしたかもしれない。


「お、お疲れさまです」


「お疲れ様。大変だったでしょ?」


「いや、まあ……でも、優しく教えてもらえたから、平気っす」


「そう」


「あと、ちょっと褒めてもらえたし」


「さすが、いっくん」


「あはは……あっ、ちょっと昼メシ買って来ますね」


 と、俺が一旦、部屋から出ようとした時、


「いっくん、お弁当」


「はい?」


「あるよ」


「マ、マジっすか?」


「ごめんね、言い忘れていた」


 悠奈さんは、小さく舌を出す。


 相変わらず可愛すぎていちいち尊死させられる。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 俺は早速、その弁当箱を開ける。


「あっ、からあげだ」


「ええ……って、よく考えると、惣菜のお仕事でたくさん見ているから、ちょっと嫌になっちゃう?」


「いや、そんなことは……」


 俺はひょい、と箸でつまんで、パクッとする。


「……うん、やっぱり」


「えっ?」


「惣菜部門で作るからあげ、ちょっと味見させてもらったんです」


「うん」


「けど、それよりも……悠奈さんのからあげの方が、美味しいです」


「本当に?」


「はい」


「うふ、身内びいきだとしても、嬉しいわ」


「そ、そんなことないっすよ……少なくとも、俺にとって悠奈さんの手料理が1番です」


「いっくん……もう、そんなこと言ったら、彩乃さん……あなたのお母さんが悲しむわよ?」


「大丈夫っしょ。母さんも常日頃から、そう言って自覚しているんで」


「そうなの?」


「はい」


「うふふ」


 てな具合に、会話をしていると……


「何かあんた達さ……」


 休憩中だった、パートのおばちゃんが声をかけて来る。


「山田さん?」


「親子というよりも……何だか恋人みたいだね」


 ギクリ!


 俺はチラと悠奈さんを見る。


 悠奈さんもまた、口元がわずかに揺らいでいた。


「そ、そんなことは……」


「ああ、大丈夫、大丈夫。あたしゃ、口が堅いからさ」


 ガチャリ。


「はぁ~、疲れた~」


「あっ、田崎たざきさん、三吉みよしさん! この2人、何か親子っていうより、恋人みたいに仲良いのよ~!」


「えぇ~、何よそれ~!」


 って、おい!


「何よ、悠奈ちゃん。だから今まで、どんな男からのアプローチも受けなかったのぉ~?」


「この職場の男ども、社員からバイトからジジイまでみんな悠奈ちゃん狙っているし」


「デカ乳とデカ尻ね。あと、客もだよ」


「悠奈ちゃんが働き始めてから、主婦ならぬ主夫(自称)が増えて、うっとうしいったらありゃしないわよ」


「ホント、罪な女よね~。まあ、あたいの若い頃には、ちょっと劣るけど」


「よく言うわよ、この女は~!」


「見栄っ張りめ~!」


 お、おばさんたちって、パワフルだな。


 きっと、悠奈さんよりも、一回り上だから。


 10年後くらいに、悠奈さんもあんな風に……


「……あはは」


 ……なる訳がない。


 だって、女神さまだから。


「あ、あの」


「んっ?」


「俺と悠奈さんって、本当にそう見えます? その……恋人っぽく」


「い、いっくん?」


「あぁ~、そうだねぇ~……まあ、現実問題、ヒモ……いや、ママ活男子って感じかねぇ」


「うぐっ!?」


「悔しかったら、バリバリ働いて、稼いでみな」


「そうだ、そうだ~」


 おばさん達にからかわれる。


「み、みなさん、あまりいっくんをいじめないで下さい」


「……いえ、良いんです、悠奈さん」


 俺は弁当箱を持つと、一気にかきこむ。


「……ごちそうさまでした」


 お茶を飲み干すと、立ち上がる。


「俺、戻ります」


「えっ、もう? でも、まだ休憩時間じゃ……」


「何か、ジッとしていられないんで」


「いっくん……」


 どこか不安げというか、心配するような悠奈さんに、俺は微笑みかける。


「行って来ます」


「……行ってらっしゃい」


 お互いに、微笑み合うと、


「「「ひゅう~♪」」」


 また、おばさん共がうるさいけど、放っておいた。




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