第12話 いじめないで?

 俺はガチ陰キャというほどではないけど、でもどちらかと言えば、そっち寄りの人間だ。


 少なくとも、我がアホ幼なじみのクソ美帆ほど、ノーテンキな陽キャではない。


 だから、どちらかと言えば、静けさを好む。


 それなのに……


「きゃっははは!」


「こら、走らないの!」


「ママー、おっぱい見えてる~!」


「なっ! このバカ!」


 ……うん、今は夏休みだからね。


 静けさを求めて、映画館に来たのだけど……


 うるせえ、クソキッズども!(暴言すまそ


「は、悠奈さん、ごめんなさい。俺のリサーチというか、下調べが甘かったです。クソガ……お子さまたちが、非常にやかま……元気がよろしくて……あの、場所を変えますか?」


 と、俺が冷や汗交じりに言うと、


「平気よ。それに、私たちが見る作品は、それほど観客が多くなさそうだから……たぶん、大丈夫」


「そ、それもそうっすね」


「一平くん、ポップコーンとか食べる?」


「いえ、俺は……ドリンクだけで大丈夫です」


「じゃあ、私も」


 フードコーナーでドリンクを購入し、もぎりを経てスクリーンへ。


 悠奈さんの言う通り、客はまばらで、先ほどの喧騒が嘘のように、静まり返っていた。


 そう、これこそ俺が映画館に求めていた、静けさ。


「よいしょ……って、またおばちゃんっぽくて、恥ずかしい」


 だから、いちいち可愛さ異次元なんですけど。


 こういう時、モテるイケメンなら『可愛いよ』なんて言うんだろうけど……


「……そ、そんなことないっすよ」


 ってフォローするので精一杯な俺は、たぶんこれからも童貞かもしれない(白目


「ごめんなさい、あまり話していると、周りの人に迷惑ね」


「そ、そうっすね」


 と、2人して口を閉ざす。


 腰を下ろしてしばらく、ふっと照明が消えて、予告編が流れ出す。


 これ、地味に長いから、下手するとこの間に眠くなっちゃうんだよなぁ。


 けど、今日はそうならない。


 ぶっちゃけ、映画自体は、そんなメッチャ見たい訳じゃないけど。


 となりに、異次元の可愛さを誇る、スーパーアラフォー美女さまがいらっしゃるから。


 ていうか、女神なんですけどね。


 あるいは、聖母か。


 やがて、より真っ暗となり、映画本編が始まる。


 ちなみに、見るのは大人の恋愛映画だ。


 チョイスは悠奈さん。


 そう、今日は彼女に誘っていただいた。


 いや、目上、年上の女性を彼女だなんて呼ぶのは、失礼かもしれないけど。


 今この時は、俺の彼女でいてくれるから……良いかな?


 今どきの美男美女が、ちょっとしたすれ違いを繰り返しながら、何だかんだ心を通わせていく。


 ありがちで、シンプルなストーリー。


 けど、見ていると、案外悪くない。


 悠奈さんチョイスだから、寝たら失礼だと思って、がんばって起きていたけど。


 いまは普通に、映画の世界に没入している。


 てか、現実だと、こんな幸せカップルを見たら、軽く殺意が湧くけど(おい


 フィクションで、しかもこれだけ美男美女だと、逆に嫉妬する気も起きないって言う。


 そんな風に、高みというか、低みの見物を決め込み、リラックスモードに入っていた時。


 スクリーンの中で、カップルがキスをし出した。


 ま、まあまあ、恋愛映画だし、それくらいは……


 あれ、何か服を脱ぎだして……


 うん、まあ、まあ、大人だし……


 あ、あれ? 上だけじゃなくて、下の方も?


 キスしながら……あっ、押し倒した。


 いや、ハァハァ、じゃなくて……俺、見てますよ?


 ねぇ、ここカットしないの? 18禁だっけ、これ?


 えっ? あっ……何か、腰を振り始めて……


 うそ~ん?


 速攻で、俺の脳みそはショートした。


 みんな、笑ってくれ。


 これが童貞だよ(爆


 その時だった。


 壊れかけの俺の手をそっと握って来た。


 悠奈さんが。


 その柔らかい手は最初、俺の手を包み込むようにして。


 けど、段々と、嫌らしく絡んで来た。


 えっ、ちょっ……悠奈さん?


 俺がふと視線をとなりにやる。


 暗闇の中で、表情は完全に見えない。


 けど、悠奈さんの吐息がわずかに弾んで、俺の方を見つめていた。


 暗くて分からないけど……心なしか、頬が上気している……気がした。


 暗闇の中でも、清楚な服に包まれていても目立つ大きな胸が、アップダウンを繰り返している。


 こ、これは、まさか……


 その後、悠奈さんは前に向き直る。


 けど、俺の手を掴んだまま、離さない。


 一度、遠慮するように、その手の動きが収まったかと思えば。


 カップルが盛り上がりを見せると、まるでそれに対抗するかのごとく。


 俺の手を、少し激しめにもてあそぶ。


 悠奈さんは真面目な人だから、何だかんだ、そっちの方か経験が浅くて、ウブだと思っていたけど……


 やっぱり、年上の女性ひとってすごいや。


 よ、よーし、だったら、俺も少しだけ、対抗というか、お返しを……


 とは言え、所詮は童貞。


 テクなどある訳もなく。


 とりあえず、悠奈さんの人差し指をこすってみた。


 ま、まあ、この程度じゃ、何も効かないんだろうなぁ……


「…………っ」


 あれ?


 いま一瞬、悠奈さんがピクッとなった気が……


 いや、まさか、こんな童貞ごときの浅知恵で……


 こすこす。


「……んっ」


 えっ。


 こすこす。


「……あっ」


 つ、通用している~!?


 お、俺ごとき童貞のテクとも呼べない、わるあがきが……


 しっかりと、経験を重ねたアラフォー女神さまを……感じさせている……のか?


「……一平くん」


 ふいに呼ばれて、今度は俺がビクッと反応してしまう。


「は、はい?」


 やばい、童貞のくせに調子こくなって、怒られちゃうかな……?


「……あまり、いじめないで」


「へっ?」


「……気持ち良くて……声が出ちゃうから」


「…………」


 映画の途中でトイレに行きたい問題って、永遠のテーマだと思う。


 そして、俺はいま、モーレツにトイレに行きたい。


 個室に駆け込みたい。


 ぶっちゃけ、シ◯りたい。


 バチクソに。


「……ごめんなさい」


 とりあえず、今この場において、素直にそう謝るしかない。


 すると、悠奈さんは、にっこり微笑んでくれる。


 暗闇の中で、その笑顔と。


 それから、わずかに浮かんだ汗の玉が、ハッキリ見えた。




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