第9話 やっぱり、悠奈さん

 俺は冴えないやつではあるが、決してボッチではない。


 まあ、そんな友達が多い訳じゃないけど。


 一緒に昼休みを過ごす友達くらいはいる。


 けれども、今日ばかりは、あえてのぼっちを選択していた。


 人目を盗むようにして(小心者だな)、校舎裏へと向かう。


 どこぞのリア充カップル、あるいはマイルドヤンキーどもがいるか心配だったけど。


 幸いなことに、誰もいない。


 日陰だから、表舞台のように、むわっとむせ返るような熱気もない。


 これは好都合と思い、俺は小さな階段に腰を下ろす。


 膝の上に乗せた包みを解く。


 すると、可愛らしい弁当箱が姿を見せる。


 うさちゃんか……まあ、そっか。


 美帆の、女子のお弁当箱だから……


 今さらながら、色々な意味で背徳感が押し寄せて来た。


 けど、ここまで来て、撤退するのはもったいない。


 だから、俺は覚悟を決めて、その弁当箱のふたを開けた。


 パカッとな……


「……おぉ」


 やはり、女子向けだから、ヘルシーラインナップ。


 男が好むような、肉々しいおかずはない。


 けれども、これくらいで良い。


 俺はどちらかと言えば、草食系だから。


 ブロッコリーにサラダチキンとか、マジでオシャレ女子のそれじゃん。


 正直、あまり悠奈さんの手料理っぽくないな。


 悠奈さんの手料理は、もっと温かみがあるというか、何と言うか……


 いや、料理の温度の話じゃなくて。


 もっとこう、素朴な魅力が……


 まあ、どうせあのワガママ女がオーダーしたんだろう。


「あむっ……うまっ」


 ブロッコリーは塩加減が絶妙だ。


 すぐさま、サラダチキンを口にする。


「これもうまっ」


 よくコンビニやスーパーで売っているそれではない。


 ちゃんと、鶏肉を茹でるところから始めたのが分かる。


 それらジャンクフードにはない、優しく柔らかい味わい。


 そう、食べていると、悠奈さんの顔が浮かぶ。


 今朝、色々とひどい侮辱を受けたこともあって。


 俺は何だか、涙がホロリしてしまう。


「ていうか、フルーツいっぱいだな」


 イチゴとか、食べるのどらくらいぶりだろう。


 てか、この時期にナマモノとか、攻めているような……


「……おっ」


 シャリッとした触感。


 これは……フローズンか?


 そうか、最近は何でも冷凍食品がそろっている。


 だから、熱気で傷みやすいフルーツは冷食を活用。


 冷凍のままお弁当箱に入れて、食べる頃には良い具合に解凍されている。


 この触感とフローズン感がたまらん。


 男のくせに、女子みたいにパクパクと食べてしまう。


 他にも、パイナップルがあった。


 それを食べていると、ひんやりとしながらも、なぜか胸と股間が熱くなったのは……


 まあ、なぜだろうね?


 とにもかくにも、俺は悠奈さんのお弁当を堪能した。




      ◇




 放課後。


「おーい、一平」


 我が幼なじみに廊下で呼び止められる。


「これ、お弁当箱」


「ああ」


「おばちゃんの料理も、けっこう美味しかったよ。でも、ちょっと炭水化物と脂質が多すぎて、あたち太っちゃう♡」


「大丈夫だよ、お前はスレンダーだから」


「やだ、口説いてんの?」


「ちげえよ」


 そう、お前は悠奈さんとは違う。


 若く細い女はもちろん魅力的だけど。


 年齢を重ねて、良い具合に肉がついたオトナの女性は……


 って、ヤバい思考に陥りかけているっての。


「じゃあ、弁当箱ちょうだい」


「えっ? ああ……お前、これから彼氏とデートだったりする?」


「ううん、秀太くんは部活だから。だから、友達と遊ぶ」


「そっか」


「なになに、一緒に遊びたいの? 仕方ないな~、冴えなくモテない君に、友達のギャル紹介してあげようか?」


「いや、遠慮しておく」


「はぁ? もったいな」


「弁当箱さ、俺が返しておくから」


「あっそう? じゃあ、よろしく~♪」


 軽くそう言って、美帆は去って行く。


 俺はその後ろ姿を見送って、踵を返して歩き出した。




      ◇




 もう何度もお邪魔しているのに、最近はインターホンを鳴らすだけで、心臓がバクバクしてしまう。


 全く、本当に自分の小心者さが嫌になるよ……


 ガチャリ。


「いっくん、いらっしゃい」


 まあ、そんなみじめで嫌な気持ちも、すぐに霧散する。


 この女神さまによって。


「悠奈さん、こんにちは」


「どうぞ、上がってちょうだい」


 心なしか、悠奈さんの頬が赤らんで見えるのは……気のせい、うぬぼれかな?


 俺はまだドキドキしながら、白井家にお邪魔する。


「そうだ、お弁当はあの子に届けてくれた?」


「それが、実は……」


「えっ、どうしたの?」


「ごめんなさい、悠奈さん」


「いっくん?」


「俺が……食べちゃいました」


「へっ?」


「俺のお弁当と、あいつのお弁当を交換する形で……」


 俺はカバンをごそごそして、取り出す。


「これ、お返しします……あっ、洗って返した方が良かったっすか?」


「ううん、大丈夫よ」


 弁当箱を受け取った悠奈さんは、それをジッと見つめる。


「ごめんなさい。変なことをしちゃって……」


「……平気だった?」


「はい?」


「あの子のリクエストで作ったヘルシーお弁当だから、物足りなかったでしょ?」


「いえ、その……正直、見た目はそう思ったんですけど……実際に食べると、ちゃんと悠奈さんの料理で……最高でした」


「そ、そう?」


「はい。けど……今晩は、がっつりしたのが食べたいです」


「うふ、いっくんってば」


 悠奈さんは、上品に微笑む。


「じゃあ、何でもリクエストを言って?」


「そ、そうですね」


「いま、何が食べたい?」


 そう言われて、俺の視線は悠奈さんの顔から、首から……胸元へとスライドする。


 腰とかちゃんとクビれているのに……何て大きなおっぱいなんだ。


 同級生に、あんなおっぱいの持ち主は……いない。


 あのおっぱい、美帆はちゃんと遺伝……していないだろうな。


 前にも言ったけど、あいつはきっと、父親似だ。


 ていうか、その父親、悠奈さんの元旦那は。


 あの極上のおっぱいを、いっぱい揉んで……ギリッ。


「いっくん? ど、どうしたの? そんな怖い顔をして……」


「……ハッ。す、すみません……ちょっと」


 俺は曖昧に言葉を濁す。


 悠奈さんは苦笑しつつ、余計な詮索はしないでくれた。


「……肉が食いたいです」


「お肉……唐揚げとかどうかしら?」


「良いですね。悠奈さんの唐揚げ、美味しいですから」


「ええ、そうね。自分でもよく食べるし。もちろん、ちゃんとお野菜も添えるわよ。キャベツの千切りを敷き詰めましょうかね」


「唐揚げ、キャベツ……」


 確か2つとも、胸の発育によく効くんだっけ?


 だから、悠奈さんは、こんなにも……


「いっくん」


「は、はい?」


「ちょっと、スーパーにお買い物に行くから……付き合ってくれる?」


「も、もちろんです。あっ、母さんに連絡しないと」


 パパッと、メッセを送ると、速攻で返事が来た。


『いや、マジで助かるわ~。今度、悠奈さんにお礼しないとね~♪』


 全く、我が母親ながら、お気楽だぜ。


 まあ、好都合だけど。


 って、好都合とか、何だよ。


「あ、母さんに連絡しときました」


「そう。じゃあ、行きましょうか」


「はい」


 外はまだ暑い。


 普通なら、出るのが億劫になる。


 けれども、今の俺は早く行きたかった。




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