第8話 お弁当
我が幼なじみは底抜けに明るく、そして実際問題、色々と抜けている。
「ごめんね、いっくん。あの子ってば、お弁当を忘れちゃって」
「あ、良いっすよ。俺が渡しておくんで」
「ありがとう、助かるわ」
玄関先にて、俺に美帆の弁当箱が入った包みを渡す際、悠奈さんはなぜだか神妙な面持ちになった。
「どうかしました?」
「いえ、その……
「まあ、そうですね……今朝もパートで出かけたんで」
「そっか……お弁当は?」
「ああ、今日はさすがに作ってくれましたよ。夏休み前の、お弁当がいる最終日だから」
「うん、そうね……」
「悠奈さん?」
「……いっくんに、こうして玄関先で、いっくんのためのお弁当、渡したかったな」
「えっ……あっ……」
俺はダサくオロついてしまう。
「……って、ごめんなさい。遅刻しちゃうわね、お互いに」
「そ、そうっすね。悠奈さんも、これからパートですか?」
「ええ……じゃあ、気を付けてね」
「はい……悠奈さんも」
夏は朝から暑い。
けど、この体の火照りは、ただそれだけのせいじゃない。
左胸の奥底がうずいて仕方ない。
「じゃあ、行って来ます」
「いってらっしゃい」
優しい微笑みを浮かべてくれる悠奈さんに背を向けて、俺は熱されたアスファルトを歩き出す。
夏の朝の登校は本当に憂鬱、というかダルい。
汗をかいて水分が出る分、体は軽くなるはずなのに。
なぜだか、ひどく足取りは重いし。
けど、今この時は……歩調がとても軽やかだった。
◇
幼なじみは、親しい分、ついつい雑に扱ってしまいがちだ。
「でさ~、うちの一平がさ~、マザコンな訳よ(笑)」
「え~、うちのとか、彼氏なの?」
「いやいや、あんたも知っているっしょ? あたしにはもう、イケメンのかれぴがいること」
「知ってる、野中っちとか、うらやまだわ~」
「もうシュート決められた?」
「てか、ゴールされた?」
「あんたら、キモいから(笑)」
俺は1組で、あいつは3組。
違うクラスってのは、立ち入るのに少々の勇気がいる。
幼なじみがいるなら、そこまで気兼ねする必要はないと思うんだけど……
今はそいつのせいで二の足を踏んでしまう。
あの野郎ぉ~!
けど、優しい悠奈さんの顔を思い浮かべると、その娘であるあいつのために作ったお弁当を、無駄にするわけにはいかない。
俺は仕方なしに、あいつの下に向かう。
「おい、美帆」
「んっ? おっ、噂をすれば、マザコン一平!」
「殴るぞ」
「きゃー、怖い! このご時世に暴力ですか~?」
「お前……ウザいぞ」
「冗談だって。てか、どったの?」
「弁当、忘れてんぞ。は……おばさんに、頼まれた」
「おっと、いっけね。サンキュー♪」
「てか、お前のくせに、登校すんの早くね?」
「だって、秀太くんが朝練で登校が早いからさ~。おかげで、早起きしちゃいましたよ~♪」
幼なじみの幸福は素直に祝福するべきなのに……なんかすごいムカつく。
「おや、ムスッとしちゃって~。やっぱり、嫉妬している?」
「うぬぼれんな、バカ」
だって、俺にはもう、お前よりもずっと素敵な悠奈さんが……
「うぃーす」
と、背後から声がした。
「あ、秀太くん♡」
振り向けば、イケメンがいた。
汗をかいている。
ああ、サッカー部の朝練か。
ようやるよ。
てか、イケメンって、汗さえもファッションだな。
現に彼女であるバカ幼なじみ……いや、我が幼なじみ以外の友人も、周りの女子どもも、すっかり見惚れてやがる。
べ、別にうらやましくなんてないんだけどね…………ケッ。
「あれ、美帆の幼なじみの……」
「……柴田」
「一平です♪」
「ああ、そうそう。で、何でこっちのクラスいんの?」
「いや、こいつが弁当を忘れたから、届けに来たんだけど……」
「そっかぁ。良かったな、頼れる幼なじみがいて」
「いやいや、一平なんて、これっぽちも頼りにならないから。秀太くんの100分の1くらいしか頼りにならない男だよ」
「…………」
「って、一平? どしたの?」
「……今のご時世、暴言も暴力と同じでアウトだから」
「い、一平? ご、ごめんって……」
「だから……慰謝料をもらうわ」
「い、一体いくら請求するつもり?」
「金はいらねぇ」
「じゃ、じゃあ……あたしの体が欲しいってこと? い、一平、それは……」
「いらねーよ、お前の体なんて」
「あ?」
「いや、その……これ、もらうから」
「これって……お弁当?」
「そっ」
「え~、そしたらあたしのお弁当が無くなるじゃーん」
「大丈夫。代わりに、俺の弁当をやるから」
「ハッ、何それ? つまりは……お弁当の交換ってこと?」
「まあ、そうなるな」
「ふぅ~ん?」
美帆はその瞳で、俺のことをジッと見つめる。
「……まあ、良いよ」
「マジで?」
「君もご存じの通り、ママは料理上手だからさ。いつもお弁当も美味しいし。けど、たまには味変したくなるからね~」
「息子の俺が言うのもなんだけど、俺の母さんの料理スキルは……まあ、それなりだ。たぶん、は……おばさんには劣るかな」
「ひどっ、この男。いや、これもマザコンの裏返しか?」
「えっ、柴田って、マザコンなん?」
「ちげーよ、このバカが言っているだけだ」
「嘘じゃないもん。だって、一平ってば、あたしのママに……」
「おい」
「え、なになに?」
「な、何でもないから」
興味ありげに前のめりになる野中を、俺は必死になだめる。
「弁当、後で持って来るから」
「はいはい、マザコンくんはお行きなさい」
「お前、しばらくそのネタこするつもりだろ」
「さぁ、どうかしらね~?」
どこまでも挑発的な美帆の態度にイラつく。
けど、よく考えると、もうすぐ夏休みだから、ダメージは思ったよりも少なそうだな。
どうせ、このリア充どもは、夏のバカンスで俺がマザコンだっていうネタもすっかり忘れるだろう。
バカだからな!
「……じゃな」
俺は短くボソッと言って、幼なじみに背を向けた。
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