第7話 マザコン

 例え交通事故や大病で死ぬことがなくても、人の人生は終わる。


 それが今この時だと、青二才ながらに俺は悟っていた。


「2人とも……何してんの?」


 想像してみて欲しい。


 自分の同級生が、自分の母親にひざまくらをしてもらっている様を。


 まあ、俺とこいつはただの同級生ではなく、小さい頃からの腐れ縁。


 つまりは、幼なじみな訳だけど……


「「…………」」


 気まずい沈黙が流れる。


 誰しもが、この状況で言葉を発することが出来ない。


 そんな中、美帆がスッと、スマホを取り出す。


 パシャッ。


「えっ?」


 俺が動揺している間に、さらにパシャ、パシャ、と。


「み、美帆さん……?」


「とりま、証拠写真ゲット」


「しょ、証拠写真って……」


「安心して、別に警察案件じゃないし。ただ、いざという時におど……交渉する材料になるからさ」


「お、お前……ひどいぞ」


 なんてもちろん、俺が言えた口ではない。


 もし、逆の立場なら、俺は怖気が差すだろう。


 だって、幼なじみの、しかも男子が、自分の母親に……ごろにゃんって具合に、甘えて……


 キモすぎだろ……あああああああぁ!


 めっちゃハズい~!


 これもう、確実に黒歴史やん!


 ついさっきまで、ひたすらに幸福だったのにぃ!


「み、美帆、ごめん……俺、その……」


「……ぷっ」


「へっ?」


「いやいや、そんな焦ることないから」


「マ、マジ?」


「どうせ、ママの絶品料理が美味し過ぎて食べ過ぎたあんたを、優しいママが介抱してあげていたんでしょ?」


「……そ、そうでーす」


「てか、これも一応、マザコンってことになるのかな? ママはもう、一平のママみたいなものでもあるしね」


「マ、マザコンは……勘弁してくれ」


「じゃあ、マダムキラー?」


「そ、そんなモテないし……俺は」


「知ってる」


「おい」


 そこでようやく、空気がほぐれた。


「てか、いつまでママの太ももに甘えてんねん!」


 ベシッ!と尻を叩かれる。


「ど、どくから」


 俺はそそくさと、悠奈さんの太ももから退却する。


「ママも、一平がだらしなくて母性本能が働くのは分かるけどさ~。もう高校生の男なんだから、甘やかしちゃダメだよ~?」


「え、ええ……そうね」


 珍しく、いつもダラしない美帆に注意されて、普段はしっかり者の悠奈さんが動揺した様子だ。


 ごめんなさい、俺のせいで……


「クンクン……これはカレーの匂いだ!」


「美帆も食べる? あ、お友達とごはん食べて来たんだっけ?」


「ううん、かれぴだよ~」


「そ、そう」


 悠奈さんは少し気まずそうに、俺に目配せをする。


 俺は苦笑しながら、頷き肩をすくめた。


「あー、どうしよう、ここで食べたら、太っちゃう~……けど」


 美帆はソソソ、とキッチンのカレー鍋に近寄る。


「うん、大丈夫! あたし、若いから! すぐにカロリー消費されるし!」


「うるさい言い訳だなぁ」


「何か言った? マザコンの一平く~ん?」


「それ絶対に学校で言うなよ」


「どうしようかな~?」


「ああ、分かったよ。何かおごるから」


「ほう? まあ一応、期待しておいてあげる」


「偉そうに……」


「何か言った?」


「いいえ、何も」


「よろしい」


 美帆はニヒッと笑うと、ルンルンとお尻を振りながらカレーをよそう。


 しかし、母娘おやこでもだいぶ違うな。


 美帆はキュッと上がって、引き締まった小さめのお尻だけど。


 悠奈さんは、むっちりボリューミーで……腰はちゃんとクビれているのに。


 ふと、そんな悠奈さんに目を向けると、何やら自分のお腹をつまんでいた。


「は……おばさん、どうしました?」


「ハッ……う、ううん、何でもないの」


 悠奈さんは何やら慌てた様子で言う。


 俺は首をかしげつつも、それ以上は詮索しないでおく。


「ねえ、ママ。とろけるチーズ無かったっけ~?」


「えっ? ああ、それなら冷蔵庫の上の段に……」


 悠奈さんは立ち上がって、そそくさと冷蔵庫に向かう。


 俺はふと、悠奈さんが座っていたソファーの箇所を眺める。


 それと彼女の後ろ姿を……もっと言うと、お尻とを……見比べてしまう。


「あ、ここか~♪」


 さらに、その娘である美帆のお尻とも……比べて。


 すごく興奮してしまう……けど、同時に罪悪感。


 複雑な感情に陥ってしまう。


「てか、一平はどうする?」


「へっ?」


「まだカレー食べるの? ママに甘えたら、少しはお腹が回復した?」


「いや、その……俺はそろそろ、お暇しようかな」


「ふぅ~ん? 今度は、ちゃんと自分のママに甘えるんだぞ☆」


「だから、もう勘弁してくれって……」


 いつもなら、容赦なく追撃して俺をおちょくる美帆だけど。


 ちょっと、俺が本当に参った様子なのを悟ったのか、


「じゃっ、またね」


 と、あっさり引いてくれた。


 俺はホッとしつつ、悠奈さんと目が合う。


 戸惑ったような目をしつつも……そっと微笑んで、小さく手を振ってくれた。


 胸の奥底が、キュンとなる。


 いやいや、何だよ、この気持ちは……




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