第6話 圧倒的

 悠奈はるなさんの手料理は小さい頃からいただいている。


 何でも出来ちゃう素敵な悠奈さんの料理は、やはり絶品で。


 いつも、美味しい、美味しいと言って食べていた。


 今回も例に漏れず美味しい……はずなのに。


 あまり、味を感じなかった。


 いや、味わう余裕がなかった。


「ふー、ふー……少し熱々にし過ぎちゃったかしら?」


 料理中は結んでいた髪を今は下ろして、それを耳にかけて、カレーをふーふーしている仕草。


 ハッキリ言って、この世が終わるレベルで可愛いです。


 いや、大げさとかじゃなく、マジで。


 俺と同年代の、10代のキャッキャした女子たちよりも。


 どうしてこんなにも、可愛く、愛らしく見えて、思えてしまうのだろうか?


 おばさんって、もしかして……若いギャルよりも最強の種族だったりする?


「あむっ……うん、我ながら上出来だわ♪」


「…………」


 何それ、可愛すぎだろ。


 あれ、悠奈さんってこんな、ブリッコさんだっけ?


 いや、違う。


 悠奈さんは、そんないつもと変わらない。


 ただ、俺の見方が変わっている。


 いま、俺の目には、このアラフォーお姉さまが、今までの数百倍マシで可愛く見えている。


 もちろん、元から超美人で巨乳、さらに巨尻の素敵すぎる女性だったけど……


「いっくん」


「へっ?」


「大丈夫? さっきからお箸……いえ、スプーンが進んでいないみたいだけど?」


 悠奈さんは、俺を気遣うように言ってくれる。


「あ、すみません」


「もしかして、お口に合わなかったかしら?」


「いやいや、そんな……相変わらず、悠奈さんの手料理は美味いっす」


「本当に? それなら良かった。今日はたくさん作ったから、たくさんおかわりして欲しいな」


「ま、任せて下さい」


 と、言うものの、正直あまり自信がない。


 胃袋はまだ余裕があるはずなのに……


 胸がいっぱい過ぎて、それが胃袋を圧縮し、食が細くなっているのかもしれない。


 クソ、若くてよく食べること以外、俺には何の価値もないのに……


 いっそ、味変するか?


 いや、そんなことをしたら、悠奈さんに失礼だし、何より悲しませてしまう。


 よし、ここは覚悟を決めよう……


 俺はスプーンを構えると、勢い良くカレーをかき込む。


「あむっ、あむっ、あむっ」


 うん、美味い、ちゃんと美味いのだ。


「お、おかわり下さい」


「もう、そんなに慌てなくても大丈夫よ?」


「あはは……あまりにも美味しいので」


 本当は、勢いでかき込まないと、量を食えそうにないからなんだけど……


「はい、どうぞ」


「いただきます」


 俺はまたしても、カレーを一気にかき込む。


「ぷはっ……お、おかわりを」


「い、いっくん、大丈夫? 何か無理していない?」


「そ、そんなことは……うっぷ」


「大丈夫? お水飲む?」


 悠奈さんがサッと渡してくれる。


 俺はとっさに受け取って、ゴクゴクと飲み干す。


「……ごめんなさい」


「どうしたの?」


「悠奈さんのカレー、本当に美味しくて。若い男らしく、いっぱい食べたいのに……あまりにもきれいな悠奈さんが目の前にいるから、今までになく緊張して、胸がいっぱいで、食欲が……あまり湧かなくて」


「いっくん……」


 俺は情けなく、シュンと頭を下げる。


 けど直後、ふわっと柔らかい感触がした。


「良い子、良い子」


「は、悠奈さん?」


「そうやって、自分のことよりも、私のことを気遣ってくれて……嬉しいわ」


「いや、そんな……」


「けど、無茶はしちゃダメ。ちょっと、リビングのソファーで横になってちょうだい」


「じゃ、じゃあ……ちょっとだけ」


 フラフラとした足取りの俺に、悠奈さんは寄り添ってサポートしてくれる。


「ごめんなさい、少しだけ休憩します」


「ええ、どうぞ」


 俺はそのまま、ソファーに沈もうとする。


 けど、すぐにピタッと止まった。


 なぜなら、悠奈さんがソファーに腰を下ろしたからだ。


 スラッとしながらも、メリハリボディで。


 太ももはちゃんと引き締まっているのに……


 どうしてあんなにも、むっちり柔らかそうなんだろうか?


 悠奈さんは、その魅惑のふとももを軽く叩いて、


「おいで」


「はいっ?」


「せ、せっかくだから……ひざまくらをしてあげる」


 ……何のサービスですか、これ?


 ここって、いかがわしいお店ですか?


 いえ、もちろん、違います。


 幼なじみのご自宅ですけど……


「……いやいやいや、そんな……だ、大丈夫っすよ」


「ごめんなさい、出しゃばった真似をしてしまって……」


「そ、そんなことは……」


「でも、せっかくの恋人タイムで、2人きりだから……」


 悠奈さんは、どこか甘えるような目で、俺のことを見つめる。


 ああ、この人は、本当に……


「……じゃ、じゃあ、ちょっとだけ」


 俺が言うと、彼女は嬉しそうに微笑む。


「うん」


「し、失礼します」


 そして、俺はとうとう、悠奈さんの太ももに頭を乗せた。


「……うわ」


 何だこれ、やばい。


 湧き上がる背徳感。


 けどそんなのすぐに上書きしてしまう、圧倒的すぎる幸福感。


 な、何だこれ……気持ち良いけど、絶対に寝られないぞ、こんなマクラ!


「ど、どうかしら?」


「あ、えっと……気持ち良いです」


 って、この感想、問題ない? 大丈夫?


 俺は悠奈さんの表情を伺おうとするけど……


 ズーン、とそびえたつ二子山。


 でっけ……


 何コレ、絶景かな?


「わ、私ちょっと、こそばゆいかも」


「あ、じゃあ、すぐにどいて……」


「ううん、良いの……このままが」


「はっ……はい」


 そして、俺は再び、締まりながらも肉厚な悠奈さんの太ももに沈んで行く。


 これ、メッチャ興奮して、眠れないと思った。


 けど、意外にも、すぐに目がトローンとしてしまう。


「よしよし、良い子、良い子」


 と、なぜか悠奈さんが子供を相手にするみたいに、頭を撫でてくれる。


 さ、さすがにちょっと恥ずかしい、というか屈辱……


 でも、そんなのどうでも良くなるくらいの……


 圧倒的な母性。


 それに包まれて、俺は段々と、目がうつら、うつらとして……


 ガチャリッ。


「――たっだいま~!」


 突如として、リビングに響き渡る、元気の良い声。


 まどろみかけた俺の意識はすぐに覚醒する。


「あっ……」


「……えっ?」


 しっかりと、見られていた。


 キラッキラと輝く、陽キャの大きな瞳で、俺たちのことを。


「2人とも……何してんの?」


 俺の幼なじみで悠奈さんの娘、美帆は眉をひそめて言う。


 自分の母親が、幼なじみにひざまくらしているシーンを目撃しながら。


 あ、オワタ。




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