名談
意を決して中古のマンションを買ったんです。
一家の主たるもの自分の城を持ちたくて。
新築は無理ですよ、手が届きませんからね。
中古なので築年数はまあまあ経っていますが、部屋の中もリフォームされており、室内だけで見れば新築だって思うくらいにとても綺麗です。
広さも妻と息子と暮らすには十分過ぎるくらいで、良い物件を見つけたと満足していました。
部屋の引き渡しも無事に終え、入居当日。
引っ越しで運び込んできた荷物の片付けをしている時でした。
息子の部屋からメモが出てきたんです。
【オヤハシ】
――ペンで走り書きされているメモの切れ端。
途中で途切れている為、何のメモなのかは分かりません。
私の名前はオヤハシでは無いし、家族の誰もこのメモに心当たりが無いっていうんです。
引っ越しとかリフォームで業者が沢山出入りしてたので、誰かのメモが落ちたんだろうって事で捨てました。
そして荷物もあらかた片付けが終わり、室内のチェックをしている時、息子が気付いたんです。
リビングの壁紙、床に近いくらいに低い場所に小さく書かれてるんですよ。
【オヤハシ】
先程見つけたメモと同じ筆跡で。
もしかして業者が作業中に書きこんでいたものが消されてないんじゃないかって思いまして、すぐにリフォーム業者と引っ越し業者に連絡を入れましたよ。
そしたらどちらの業者も
「弊社にはオヤハシという社員はいません」
って言うんです。
「そもそも貼った壁紙や床板に何か記入することはありませんよ」
って。
とりあえず保証期間内だったので、リフォーム業者に来てもらい、部屋中を再確認してもらいました。
そしたら柱や天井にも所々に同じ様な書き込みがあったらしく、業者からも謝罪を頂きまして、再度部屋中綺麗にしてもらいました。
「んん、室内の最終確認はしたはずなんですけどね。申し訳ありません」
リフォーム業者の方は作業中ずっと訝しげな表情を浮かべていました。
これで終わりかと思うじゃないですか。
新居での生活にも慣れてきた頃、リビングにメモ帳やノートを置いていると、いつの間にか書き込まれる様になったんです。
【オヤハシ】
――って。
筆跡も全て同じ、走り書きで。
これは絶対に何かあるだろうって事で、再度リフォーム会社や引っ越し業者に色々聞いてみたり、前の住人を調べてみたり、近所の方々に色々聞いてみたりしたんですが、皆
【オヤハシ】
という人物は居ないし、知らないって言うんです。
どう繋がりを辿って探しても、居ないんです。
ローンもあるし、今はもう走り書きの文字を見つけても、気にしないように生活するしかないんですけど。
ふと、思うんですよね――そもそもこれ本当に人の名前なのかなって。
名前じゃないのなら、何を意味するメモなのかなって……。
もう、色々と疲れたし、あんまり深くは考えたくないですけどね。
──────
サイト【こわいはなしあつめました】のチャット欄を通してこのマンションを特定することができた。
このマンションの部屋は現在売りに出されていた。
私は早速この話を投稿した人物を探すべく、近所の方々に取材を試みたのだが、この話を投稿したであろう人物は既に亡くなっているという情報が入ってきた。
本当にこの出来事があったのか無かったのかは分らない。
ただ、亡くなっているのであればやはり何か良からぬ何かがあったのだろう、と私は取材を終えたのだが、後日驚きの話が耳に入ってきた。
あのマンションの主が今も生きているというのだ。
近所の人に聞き取りをしたり自身で調べたりしてもこのように間違う事がある。
まあ改めて再取材をすれば良いだけなので、私は早速マンションの主の連絡先を調べ上げ、気が付いた。
主の名前が【小谷橋】であったのだ。
とりあえず日程を調整し、小谷橋さんに話を聞くことができた。
以下、小谷橋さんが語った内容である。
────────────
どうも。驚きましたよ。はは。
勿論生きてます。幽霊じゃありませんよ。ピンピンしてるでしょ?
──で、怪談?怖い話集めてここへたどり着いたんですか?まいったな。はは。
その【名談】についてですね、えーと。
事実といえば事実ですかね。
その名前ですか。
【オヤハシ】
部屋中に書かれてたっていうそれ。そうですね…。私が書いたんですよ。そう、私。オヤハシが。
そんな驚かなくても。私がリフォームしたんですよ。あの部屋。だから書いたんです。
はい。そうなんです。私が驚いたのもそこなんです。
私がリフォームして私が住んでいて私が書いたんですよ。
誰がその話を広めたんですかね。はは。
それに書いた場所も当たっているんです。気持ち悪いですね正直。
しかも【オヤハシ】は存在しないって……。
私、結構長らく住んでいたんですけども。
どういうことなんでしょうか。
そうですね。今はもう売りに出しています。
リフォームした方が綺麗に売れるでしょう?
────────────
小谷橋さんからはこれだけの情報しか得ることが出来なかった。
そもそもこのマンションには今までに小谷橋さんしか住んでいない。
小谷橋さんは新築でこのマンションを購入したとの事だった。
再度近所の人々へ聞き込みをしてみると、皆以前とは違う回答ばかりだったのである。
「その話初めて聞いた」
そして皆、私から取材を受けることも初めてとのことであった。
────────────
以上が数年前にあった出来事である。
一度、小谷橋さんから『体調を悪くした』との連絡が入って以降、今現在に至るまで小谷橋さんとは全く連絡が取れなくなっている。
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