第50話
「というわけだ」
『ごめん、話聞いてなかった』
ネグロニカから私がいなくなった後のこの世界での出来事を聞いてみたものの、ちょっと理解できる範疇じゃなかった。
「だから、オレは隻眼のモールに一度殺されたのダ。その後はあいつが邪龍として君臨してる。根城は変わってないから、案内してやるって言ったんダ」
『にしても、どうしてモールが......』
「元々邪龍ネクロマンサーの異母兄弟なんダ。別に突拍子のないことではないだろう」
そう言うと、ネグロニカがこちらを向いてきた。そんな感じの事、言ってたかもしれないけどさぁ......。やっぱ、突拍子もないって。頭を掻きむしりながら、暗い森の中を歩いているとダンジョンへ通じるゲートが浮かんでいた。
『やっぱ、こっちの方にあったんだ......』
「戻るか?」
『さっき来たばかりだけど? まだ遠慮しておくわ』
ゲートから離れようとすると、そこから人影が出てくるのが見えた。
もしかして、私の世界から来た配信者?
「なに? 人間だと?」
『私の配信見てないのかしら......』
人影がゲートを抜けると、ゲートは消滅してしまった。
毎度のことだが、消滅の瞬間をしっかりとこの目で確認したのはこれが初めてかもしれない。 その人は、その体験が初めてのようで少し焦っているように見えた。
『大丈夫......?』
その人に声を掛けようとした瞬間、その人が瘴気に当てられたせいか苦しみ始めた。
「龍化か! おい、気をつけろ! 瘴気に当てられた人間は当たり所が悪ければ竜化する! そうなったらもう、そいつの意識はなくなって暴走するぞ!」
その言葉通りにゲートから出て来た人は肌の爛れたドラゴンへと変化していった。
さらに、そのドラゴンは私たちを見るなりその赤い瞳を輝かせて向かって来た。
どうやら私たちのことは敵と認識してしまったらしい。
『ごめんね。構ってる暇、ないんだよね......。 アイヴィ・バインド』
私は目の前のドラゴンを拘束魔法で縛り上げて、その場から逃げ出そうとした。
だが、そのドラゴンはすぐに私の拘束を解いてこちらを追いかけて来た。
「追いかけてくるぞ!」
『逃げるんだよ~!』
鬱蒼とする草木を掻き分け、さらに黒い霧の中へと入っていった。その中は、私達が触れ合わなければならないほどに視界が悪く、相手のドラゴンはこちらを視認できずに足音はかなり遠くへ消えていった。
『逃げ切ったみたいね』
「だとしてどうすル。こんな霧の中じゃ、闇雲に歩くことになるゾ!」
『どうにかしてみる。 ウィンド・トルネード!』
私は、風の魔法でまわりの霧を晴らしてみることにした。
すると、一瞬だが光と道が目の前に現れた。だが、同時にその一瞬現れた私たちに気付いて先ほどのドラゴンが私たちの前に現れた。そして、その口から火を噴き始めた。
『まじか!?』
私たちは飛んでから躱し、そのまま前に突っ込む形で向かった。
ネグロニカが地上から自身の鈎爪を立てて、火を噴き続けるドラゴンの下あごめがけて殴りつけた。私はそれに合わせて、落下と共に背中の剣をドラゴンの背中に突き立てる。
『おりゃああ!』
”ぐあああ”という叫び声と共に、そのドラゴンは黒い霧となっていった。さらにはアイテムとして黒い爪が落ちた。なんに使ったらいいんだろ......。
「まずまずと言ったところだな......」
『大きなお世話なんだけど。ま、いいけど』
黒い霧を抜けて、さらに進んでいくと視界が開けて大きな城が見えて来た。
その様相は漆黒で塗り固められた不気味な城で、そのまわりだけ天候が悪く雷雨が轟く。そのあまりにもな演出に引きつっていると、ネグロニカがため息交じりで語りだす。
「ひどい趣味だロ。ありゃ、オレの趣味じゃなくお兄様の趣味。つまり、あのモールが演出してるんだと思う。ほんと、形からしか悪になれない哀れなやつダ」
『あっそ......。どうでもいいし、先に進むよ。この世界を元通りにするのよ』
そう言って私たちが城に近づいていくと、その警備兵だろうドラゴンが私たちに近づいてきた。その顔は鉄仮面に覆われていて見えなかったものの、邪龍軍とは思えない黄色の肌と及び腰な姿勢になんとなく察しがついた。
『この子、もしかしてイェラ?』
「......。そうダ。だが、今はモールの右腕だ。にしてもなんでこうなったのやら」
「何の話をしている! 邪龍モール様の根城に、何の用だ!」
イェラと思わしき彼は、全力で怖くしようと低く声を作っているが彼の奥から湧き出てくる善性に負けてかわいくなっている。むしろ、可愛そうなくらいだ......。
『私達、そのモールに会いたいんだけど会えるように手筈整えてくれる? イェラ』
「いいよ! って、コラー! そんなわけないだろー!」
......。おもんな......。
『なにそのツッコミ......』
「え? なんか、ごめん......。でも、君たちをここから先を行かせれないってのは本当だよ。シオリ、いや勇者のなりそこない。君には、ここで死んでもらう」
そう言うと、仮面を外して素顔を見せた。やはり、イェラだ。その顔には悲しみが前面に出ていた。彼はそのまま付けていた仮面をつけ直し、レイピア型の剣をこちらに向けた。私も、自身の勇者の剣を彼に向けた。
『あなたと戦いたくない』
「よく言うよ。浅い仲にさ」
そう言うと、イェラはレイピアを正面に私に向かって突っ込んできた。
イェラの持つレイピアの先をぐいと私の剣で上に上げて、柄に沿って近づいて峰内でレイピアを振り払った。
「くぅっ!」
イェラがすかさず、拳を繰り出すもそれも私は受け止める。
『あなたに敵意を感じない。この弱い拳が、証拠よ』
「誰が弱いだって!?」
イェラのもう片方の拳が私の顔に近づく。だけど、私はまたも受け止める。
何度だって受け止める。私には、それくらいのことしかしてやれないから......。
『”戦いたくない。”その言葉は、あなた自身が一番思ってることじゃないの?』
「うるさい! 痴女服の分際で、僕の何が分かる! ただの人間に、この世界を救えるわけがない! ただダンジョンのためだけに来たような、ただ観光気分で来たような奴が、世界救えると思ってんのかぁ!?」
『救うよ。これから先も、ずっと。世界を回って、楽しく配信して......。それで、ちょっとした感覚で世界救ってさ。それで、いろんな人の心を救えるなら。私は迷わず進むよ』
だが、その言葉はイェラには届いていないようだ。彼の目つきは見えずとも闇を捉えてるのがわかる。彼は深い息を吐いたような思い口ぶりで語る。
「なんだよそれ......。簡単にそう言える、君が羨ましい......。そんな君が、嫌いだ」
『浅い仲だなんて言わないでよ。私、まだあなたの事嫌いになりたくない! これから友達になっていく子に、そんな言葉投げたくない!!』
「黙れ! 消えろ!!」
イェラの拳が私の顔に当たるも、その力はまったくなかった。
ぽすんと顔に当たるだけだった。私は、イェラの顔を撫でた。
『ここを通りたいの。お願い、どいて』
イェラは少し考えた後、横に捌けて静かに目を閉じた。
『いいの?』
「嫌なら、僕を殺せ。僕は死を受け入れる」
『なら、行くわ。......ありがとう』
イェラを背に、私たちは城へ向かっていった。
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