第44話

 気が付くと、私は自分の家にいた。見慣れた汚部屋に、見慣れない剣が壁に立てかけてあった。私、こんな片手剣ダンジョンで買ったっけ?

そう思って私はその剣を手に取った。その瞬間、ヴィジョンが見えた。これから行くはずのダンジョンの景色。そして、そこで配信している私。さらには、勇者の剣を抜いた私......。これらがすべて、失くした記憶の断片だと言うことは一通り記憶を見終わった後に確信した。


「記憶を消されるって、ホントのことだったんだ......」


茫然としながら、テレビをつけた。すると、大阪ダンジョンと東京ダンジョンがリニューアルしたというニュースが流れて来た。


【大阪、東京のダンジョンを行き来できる専用のトラムが開通しました。その開通セレモニーがここ東京ダンジョン屋上で開かれております】


テレビの報道陣は、ダンジョンの屋上で運営の方々にインタビューをして回っていた。そして、その中にはこの間私の記憶を消した男。いや、正確には上級モンスターワームのアニマスが人間の姿で立っていた。


【それではここで、新しく管理者になられた魔鬼淵まきぶち和夢わむさんにお話を伺いましょう。魔鬼淵さん、今後のイベント予定があればぜひ!】


【もちろんご用意してありますよ。以前の管理者はイベントがなくつまらないダンジョンでした。ですが、私は管理者である前にエンターテイナーです。皆さんと共にこの最高のエンタメを盛り上げていきたい。よって本日よりシーズンを設けて、シーズンごとのトップランナーに賞金やレアアイテムをプレゼントする企画を計画しています。ロングプランですので、どうかお見逃しなく! では、今後もダンジョンをご贔屓に】


「あいつ、いけしゃあしゃあと......。ただ、私は影響ないんだよなぁ。やっぱり、この勇者の剣が影響してるのかな」


ふて寝しようとしていた時、普段鳴らない電話が鳴った。

スマホを持ち上げ、電話に出るとテレビで聞いた声が聞こえて来た。


『お久しぶりです、宇津呂木栞さん』


「アニマス、だったわよね。いつの間に私の携帯を?」


『覚えててくださり光栄です。......ところで、少しお話できませんか? 決して損はさせませんよ?』


「何の用よ。電話で言えないことなの? さっさと言いなさいよ」


『あなたに是非、我々運営公式の配信者になっていただきたい』


「は?」


それは本当に唐突な事だった。

正直、断ろうかとも思った。何度も命を狙われ記憶まで消そうとしてきた連中だ。

あまり信用できない。


『あなたの中で我々運営の信用が落ちていることは百も承知。ですが、聞いていただきたい。記憶処理は我々の利権のためなどではなく、ダンジョンを楽しむ配信者そして、この世界を守る手段であるということをご理解いただきたい。その事は聡明なあなたであればすでに分かっているはずです』


そうだったとしても、機密情報があればあるほど人は怪しんで真実を求めようとする。それを正義だと信じて......。私の仲間がそうだったように......。私だって、変に嘘や秘密がある人の下につくつもりはない。


「なら、どうやって私の信用を勝ち取ってみせるの? 記憶を消したり、刺客を仕向けたりしてきたあなたたちが......」


『だからこそ、仲間になってもらいたいのです。そして、知ってほしいのです。ダンジョンの運営の大変さを。そして、楽しさをもっと多くの人に知らせてほしいのです。ただの芸能事務所や配信者育成事務所にない旨味がこちらにあると我々は踏んでいます。どうでしょうか? 我々と、手を組みませんか?』


私は少し悩んだ。公式配信者となると、より多くの人に見てもらえる。私の装備も整うし、もっといい生活もできる。ただ、上級モンスターの支配下にいることだけが少し不安だ。まあ、あいつらの動向も知れるしここは利用するだけ利用してみるか......。


「その話、乗った。すぐに始めましょう? どうすればいい?」


『では、すぐに契約を。東京ダンジョンにお越し下さい。待っています』


そう言って、彼は電話を切った。

私はしばらく音の出なくなったスマホを見つめた。

上手い話だが、裏になにかありそうで怖い。


「乗りかかった船よ。やってやるわ。公式配信者!」


私はすぐに身支度を整えて、電車に乗って高輪へと乗り継いでいった。

ダンジョンの中に入り、受付嬢に電話の内容を伝えた。するとすぐに対応してくれた。専用エレベーターまで案内され、地下666階まで降りて来た。


「因縁の場所ってやつね」


「来てくれると思っていましたよ。栞さん」


そういうと、ダンジョンワームことアニマスがこちらに近づいてきた。彼は切れ長な目を細めて笑いかけた。


「そう警戒なさらずに......。ネクロマンサーの一件で、我々には大きな亀裂がある。だからこその歩み寄りなのです」


「面倒なことされるより、首輪つけておきたいってだけじゃないの?」


「それもあります。ですが、本当に私はあなたと仕事をしたいだけなのです。ダンジョンは恐ろしい存在でないことを世間にアピールしたいのです」


そう言って、研究室のような雰囲気のフロアを抜けてぽつんと置かれた机に椅子が二つ。そして、机の上に書類が一枚置かれていた。


「これが契約書?」


「ええ。ここに名前を書けば契約完了。満期なし。あなたが死ぬまで、もしくは人間の定年を迎えるまでは我々運営の配信者として活躍してもらいたく......。それで、文句はありませんね?」


「満期がないってのは、前の事務所よりかはいいかな。それでいいと思う。それともう一つ、私の配信は私が決めるから文句いわないでよね」


「もちろん。あなたが一番楽しめる状態が配信をより華やかにしますから。お好きにどうぞ」


私はその言葉を聞いて、契約書にサインを書いた。


「ありがとうございます! では、早速ですがアイデンティティのビキニアーマーを拝見」


すると、彼は私の持っていたビキニアーマーを魔法で引き出してきた。そして、彼の目でそれを精査しているようだった。


「......。なるほど。 公式配信者になったからには正式な装備をあつらえようとしたのですが、これは困った」


「どうしたの?」


「このアーマー以外の装備は使えないようです」


「え? どういうこと?」


「このビキニアーマー、使い込みすぎて外せなくなってます。おそらく、魔力の流し込みすぎによる魔力過剰が原因かと。魔力を過剰に装備に付与しすぎると、他の装備の効果を受け付けず、装備換装ができなくなるんですよね。このダンジョンの仕様なので私にもどうにもできません。あしからず......」


「てことは、一生ビキニアーマーってこと?」


「そうなりますね。ま、よかったじゃないですか。レベルカンストの装備なんてそうそう作れませんし、あなたのアイデンティティなのですから」



彼らの事務所に入って、ようやくビキニアーマーから解放されると思ってたのに......。私は一生、ダンジョンではビキニアーマーを着なくちゃダメってことじゃん......! だれか私のアーマーを脱がして~~~~!!!



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