第24話

 山の反対側へ向かうと、奇妙な光景が見えた。遠くにあるあの駅ってきさらぎ駅だよね? それに、あの辺の古民家とか田んぼとかさっき通ってたような……。

あれ? 行く道、間違えた?


【袋】『道間違えてますよ?』

【酒バンバスピス】『ん? 妙だな......』

【おふとりさま】『????』


『ねえ。私達、山の向こう側に行ったのよね?』


「異界とはいえ、ここはダンジョンなのです。想定されていない領域への侵入はできないようにされているのです」


『なるほど? なら、きさらぎ駅の方へ戻るとしますか......』


山を下りていき、きさらぎ駅へと戻ってきた。周囲を見渡すも、怪異は見つからず時間が流れる一方だった。まあ、夕日がいつまで経っても落ちないから時間が経ってるのかすらわからないんだけど......。


『今度は線路沿いに行ってみようかしら......』


電車の音ひとつしない線路の上を歩いていくと、祭囃子の音が聞こえてきた。

なんだか、本物のきさらぎ駅の逸話っぽくなってきた。もしかして、こっちが正規ルートだった?


『ん? なにかいる??』


太鼓や笛の祭囃子は、線路のだいぶ向こう側から聞こえてくる。狂ったような拍子に、狂わせられながら音の方へ向かう。すると、そこには太鼓や笛を持って打ち鳴らす鬼がいた。


「なんなのですか、あれは」


『いや、私が知りたいんだけど?』


「オマエか、怪異を祓っているのは」


複数いた鬼の一匹がこちらに話しかけてきた。


『怪異? それがあんたらと何の関係があるってのよ』


私よりも背の低い鬼たちを見下ろして、ため息をついているとコマイヌが何かを思い出したようで私の肩を叩いてきた。


「......思い出したのです。この方たちは、これまで出会った怪異の元締めスクナの手下なのです」


『スクナ? もしかして、今話題の両面宿儺ってやつ?』


「手下じゃねえ! 俺達は怪災羅鬼きさらぎ! この駅に憑りつく立派な怪異だ!! おまえも、ここで死ぬ定めどぅあああ!!」


『いい加減うるさい......』


話が長くなって面倒になった私は、べらべら喋っていた鬼の一人をぶん殴ってしまった。こういう奴に限って、案外弱いのよね。睨みつけていると、怪災羅鬼たちは自分の持っていた楽器を置いてこちらへ襲い掛かってきた。だけど、こんな力の弱い敵にやられる私じゃない。


『手数で勝負しようなんて、100年早いのよ』


東京のダンジョンの群生モンスターはこいつらの比になく卑劣で、下劣だった。こいつらは、良くも悪くも統率がとれている。だからこそ、動きが読める。蹴りや拳でいなしつつ、魔力を温存する。正直、短剣だけでは数では分が悪いもののこちらも手数では負けていない。次々と鬼たちの腹部や喉元を切り割いていった。


「ぐはぁあああ!」


鬼が一匹、また一匹と倒れていく中きらりと光るものがこちらに飛んできた。


『ほえ? 勾玉じゃん。こんなやつも持ってたのか。ってことは、残り一つね』


残りの鬼を蹴散らし、さらに線路を進んでいくと右手に社が見えた。


「あそこなのです。あそこに、スクナがいるのです。スクナの勾玉さえ取り戻せば、ダンジョンに平和が取り戻せるのです!!」


『そう......。あんたとも、これで終わりってわけ。せいせいするわ』


「そういう割には、悲しそうなのです」


コマイヌに痛いところを突かれて、何も言えないまま私はその社へ向かった。

そこは、かなりさびれていて今にも崩れそうだった。中に入ると、外で見た以上に部屋が広く感じた。


『なんか、広くね......?』


「スクナの魔術なのです。気を付けてください。スクナはすぐれた魔術使いなのです」


気を引き締めて、私は奥へ進んだ。コメントもこっちの緊張感が伝わり、少し静まり返って見守っていた。


「待っていたぞ。探索者よ」


そこには、修学旅行で見た奈良の阿修羅像のように腕が6本、顔が3つある人間が立っていた。正面の顔は凛とした顔つきで、正眼な眼差しでこちらを見つめる。


『あんたが、勾玉を奪い去ろうとした張本人ってわけ?』


「きさらぎ駅を我が物とするため、力が必要だった。だが、勾玉を奪ってもなお、そのような無様ななりで生きていたとはな。封魔の」


スクナは、コマイヌに向けて話しているようだけど......。

どうやら、彼らには因縁があるっぽい。でも、それは私には関係ない。


『ようは、あんたの力を取り戻せばゲームクリアってことでしょ? コマイヌ』


「......巻き込んで、ごめんなさいなのです」


くーんと、声をあげる彼に私は頭を撫でてあげて外へ逃がした。

短剣を取り出して構えると、スクナは私に向かって一直線に走ってきた。

は、早い!!


『くっ! サンダー・クラッシュ!』


「アクア・バリケード」


私の雷の魔法を、水のバリアで受けきった!!

しかも、私の魔法詠唱より先に......。こいつ、読んでいたのか?


『ファイア・インパクト!』


「ストーム・インパクト!」


火球を放つも、スクナは風の魔法でそれを打ち消し、さらに私へ追撃していく。

風圧で、私の身体がのけぞっていく。あれ、コメントが聞こえない......。


『イヤホンは!? くそっ、今直してる暇ない!!』


ギリギリのところで躱すも、足には血が垂れていた。

これは、肉弾戦に持ち込むしかない!!


「そう来たか」


『おりゃあああああ!』


短剣を振りかざしつつ、私は左足をわき腹方面へ繰り出す。だが、相手は腕が6本もある怪物だ。平気で腕一本で私を足を掴み、別の腕で薙ぎ払っていく。


『ぐああああ!』


「人間ってえのは、もっと手ごたえのあるもんだと思ってたぜ」


スクナの、左側の顔が突如話しだしたかと思うと、正面のとはまた違うキャラ感の口調だった。もしかして、顔それぞれに口調や性格が変わるパターン?


「よせ、阿形あぎょう。人間とは、脆弱。それが真理だ」


「だけどよ、禍形かぎょう。オレはもっと楽しみてえんだよ! こうも、張り合いがなきゃ興が冷めるってんだ。なあ、吽形んぎょう


左の阿形と呼ばれた顔が、これまで会話に参加していない3番目の顔に語り掛けるもそれは一言も話さずただ瞑想しているようだった。


「まーた、だんまりかよ」


「集中しろ、阿形」


私は彼らの会話の中、ひっそりと近づいていた。

だが、禍形はそれを見逃さず、対処していた。右腕の一本が私を捕らえる。


「懲りぬか。小娘」


「その根性は、悪くねえ。ただ、弱い」


『そうかしら?』


私は、スクナの3つある頭のうち真ん中の禍形の顔を手でつかんで見せた。


『食らえ! ファイア・バーン=インパクト!』


これまでにない、最上位魔法だ! 頭に食らったらひとたまりもないはずだ!


「ぐあああ!!」


足が振り落とされ、見事着地するとスクナは真ん中の顔に手を当てて悶え苦しんでいた。よかった、無敵じゃない......!


『いける! アイス・フロスト!』


社の鴬張りの床一面を氷で凍らせ、私は相手のふところへ滑り込んでいく。

短剣を、スクナの脚に切り込んでついでに転ばせていく。ダメージは少ないものの、あいつのあの高い鼻はへし折ってやれたはずだ。


「人間ごときが......。私を手玉に取ったと思うな!」


「面白え、面白え!! やっぱ、闘いってのはこうじゃなきゃあなあ!!」


「い......」



その時、一言も話さなかった3つ目の顔『吽形』が言葉を発した。瞬間、その場にいた誰もが口を紡いだ。


「い”た”い”い”い”い”い”!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


その叫びは、耳をつんざきさらには体に重くのしかかるような重圧だった。

スクナ自体も、耳を塞いでいた。


「大丈夫だ吽形。我々がこの小娘を倒す! 今は鎮まれ!」


「そうだぜ! せっかくおもしれえとこなのにお前が出てこられたらそれはそれで面倒なんだよぉ!!」


二つの顔の言葉空しく、スクナの身体は私の元へ駆け寄ってくる。

さっきの速さとはくらべものにならないくらいの速度で、しかも力も強い。

彼は私の頭を握って、上へとあげていく。フー、フーと荒息を立てながら......。


『ぐっ!! ううう!!』


「ううううう!!! ふーふーふーふー!! 殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!」


だが、その腕に反して、スクナの別の腕が止めに入っていく。


「すぐ殺したら面白くねえだろうが! お前はとっとと寝とけ!」


一瞬の隙が生まれた瞬間、私は彼らに攻撃を仕掛けた。


『殺されるのは、あんたらの方よ!! フレイム・バースト=メテオ!!』


両手で岩と炎の両方の魔法を組み合わせて、炎を纏った岩石をスクナ向けていくつもいくつも投げつけていく。それは、スクナの身体を吹き飛ばすほどの威力と速さで。



「ぐ、ぐわああああああああああ!!」


スクナは私の魔法の量に耐え切れず、大量の隕石に押しつぶされ爆発した。

その反動でか、古びた社が吹き飛んで瓦礫となってしまった。


『最悪。新調したビキニアーマーがもうこんなにボロボロ......。っていっても前ガチャで拾ったやつだから、どうせ大したもんじゃないんだろうけどね』


瓦礫やほこりでズタボロになったビキニアーマーを気にしている間に、勾玉の最後の一つが瓦礫の中から光り輝いて飛び出してきた。


「ようやくすべての勾玉を取り戻せたのです!」


『じゃあ、これであんたの力もこの世界も元に戻るのね』


そう言って、私がコマイヌに勾玉を返すと小さかったコマイヌが光りながら大きくなっていった。そして、巨大で黒々とした毛並みの角の生えた犬が目の前に現れた。


「感謝する。聡き探索者よ。見事、我が勾玉を取り戻してくれた。礼と言ってはなんだが、このクラフトバッジをやろう」


そういうと、彼は咆哮した。すると、天から小さなバッジが降ってきた。

それを手に取ると、普通の紙のバッジのようだ。え、これだけ?


「それはクラフトバッジ。受付に渡せば、上級の錬成魔法が使えるようになるぞ」


『いいじゃない。実は、持ってなかったのよね。ありがたくいただくわ。じゃあ、私はこれで。......少し、寂しくなるけど』


「私と離れたかったのではないのか?」


『そうだけど......。今となってはちょっと複雑ね。楽しかったし』


「私はこのダンジョンの主。離れることはできん。また他のものを案内せなばならないのだからな」


そう言うと、コマイヌは夕陽に向かって吠え出して山の方へ消えていった。

帰るか......。私はきさらぎ駅に止まるシャトルに乗り込んでダンジョン受付へと戻った。








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